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星のアスクレピオス  作者: 面沢銀
後半パート  星まで届く本戦編
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優しい話は絵本の中にも無いんだよ。

 その3

 優しい話は絵本の中にも無いんだよ。


 UFCという格闘技の大会を知っているだろうか。

 立っての打撃、組んでの関節技、そのどちらで相手を倒しても良く、その条件の下で八角形のリングの中でで戦うというのが、実に百回を越えるその歴史ある大会である。


 この歴史があるからこそ、今のルールが出来上がっていくのだが、その源泉はそれはとんでも無いものだった。

 俺達が東に敗北を喫し、天童さんの下へ教えを請いに行った時に天童さんがまず最初に見せたのはその第一回の大会のビデオだった。


「え、ビデオを見るんですか?天童さんの事だからいきなりハードな実戦とかさせられるのかと……」


 動きやすいようにジャージの上下で行った俺は何とも肩すかしにあった感じだった。


「千鶴君、君は実に馬鹿だな」


「なんか青い国民的キャラクターみたいな台詞ですね」


「バーカバーカバーカ、千鶴のバーカ。馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!」


「今度はどこぞの吸血鬼みたいになった!? ってかそこまで言わなくても!!」


「馬鹿ァッ!」

「フィニッシュした!?」


「そして時は動きだす…」


 くだらないやり取のどさくさに紛れて天童さんはビデオの再生を押した。

 確かに時は動き出した。


「それで俺は何をこれで学習すればいいんです?」


「切り替えの早い子はお姉さん好きよ。どうせ殴りあいなんてした事の無い喧嘩童貞なんでしょ千鶴は?」


「どどどどど童貞ちゃ……。まぁ、それについては童貞ですけど」


「いきなり超能力バトルとか実感わかないでしょ、それに観た事があるといっても総合格闘技の試合とかでしょ?」


「そうですね」


「だったら、戦いの実感ってのがわからないと思うのよ。だから、これみてそういうのを学習して」


「そういうのって言われても、総合格闘技とこれと何が違うんですか?」


「私は総合やってて、しかもチャンピオンだから言えるけど、これは別物よ。アイドルのイメージビデオとアダルトビデオくらい違うわ」


「そういう意味じゃ違いは明確ですね」


「そうよ、どんなに過激でも似て否なる物。童貞は童貞らしくアダルトビデオを観て来るべき時にそなえないとね!」


「黙ってようと思ってましたけど、さっきから例えが最低です!」


 言われるがままにビデオを観始めたけど、確かにそれは見慣れた格闘技とは一線を隔していた。

 総合格闘技の黎明期。

 そもそも誕生の瞬間とも言っていいだろう。


 多種多様な格闘技が戦うに当たってルールの取り決めといったものが配備されきっていない状況。

 そこには左手にだけグローブをはめたボクサーがいたり、アメリカンケンポーなる謎の格闘技の使い手がいたり、柔術世界選手権ミドル級リオデジャネイロ大会優勝という良くわからない肩書きの猛者達が戦う、うさん臭さ満点の異次元空間だった。


 異次元だからこそ。

 怪しいからこそ。

 そこには観ているだけで引き込まれる不思議な緊張感が漂っていた。

 モニター越しに呑まれてしまった。

 そして、瞬時に理解する。

 今、現行している総合格闘技というのは総合格闘技というスポーツなのだと。

 それは別に今の現役選手を見下すわけではなく、天童さんの言う通り似て否なる別物なのだ。

 天童さんのいうイメージビデオとアダルトビデオのような分かりにくい例えではなく、もっと身近なものに置き換えるなら野球とソフトボールの違いである。


 似ているが、一見して違うとわかるものであり。だからこそ比較するものではない。

 大会の名前こそ同じだが、そういう物だった。

 ルールが配備されていないという事は選手を守る規約も保証も無いのだ。

 ボクサーは相手を殴れば拳が折れる、空手かは相手を蹴れば足の甲が砕ける。

 殴れば人の皮膚は簡単に裂けて血が吹き出るし、それは人は簡単に死ぬという事で、殺せてしまうという暗喩でもあった。

 観戦中は常にその緊張感が付きまとっている。


 よく『一発当たれば勝負が決まる』という表現を聞くが、それが全部の選手に言えてしまい、だからこそクリンチさえも意味をもたない。

 それでも選手の極限の緊張感は少しでも殴られないようにするためにクリンチにいかせる。

 だから結果としてはほとんどが泥試合だった。

 でも、一試合とて瞬きさえも許されない緊張感があった。

 この緊張感は総合格闘技では無いものだった。

 武術とはルールとは自分を守るためのものではなく、戦う相手も守るものだ。


 決勝は相手を殴り倒し自分も相手も怪我をおうことになった大柄な格闘家と、相手も自分も怪我をさせずに勝ちあがった小柄な柔術家だった。

 対照的な二人は戦い、そして小柄な柔術家が勝利を納めた。


「どうよ?」


 観終えて天童さんは聞く。


「凄い緊張感でしたね」


「そそそ、まさにそれを感じて欲しかったのよ。今まで千鶴が体験したのってアクション映画とかに近い緊張感だったっしょ」


「はい、今度のはわかり易いたとえですね」


「んん? 私って解りにくいたとえをした事あったっけ?」


「いや、何でもないです」


 この人は何でもできるんだけど、人に物を教えるのが絶対に下手だ。

 もっとも天童さんの基準で教えるのだから、天道さんからしてみれば教わる方のレベルも天童さん並である事を求めているのだろうか。

 天童さんレベルだったら天童さんの教え方でわかる。

 いや、そんなわけはないか。


「あとは格闘技なんてずーっとやってないと身に付かないし、ついたとしても結局は攻撃の役には立たないのもわかった?」


「観ている限り、蹴りとかは役に立ってましたけど」


「でも、結局は組み付かれてしまってたでしょ? 誰であれ、それこそ私だって殴り合いになれば嫌がって組み付くのよ。立った状態で一発でKOしたいなら蹴りじゃなくてパンチでいいしね。KOしたい蹴りなんて身につけるならそれこそ一朝一夕じゃできないでしょ」


「確かに」


「千鶴は戦い方を学びに来たんでしょ、なら自分がさっきのような状況になったら、さっきも言ったけど私でさえも同じような行動になるんだったらどうする? まずはそこから考える事よ。というか、今からだったら千鶴は考える事しかできないわよ。それは相手に戦うのを任せるのじゃなく、自分が戦う手段を考える事。あとは千鶴にできる事はね…………」


 それが最初の教え。

 結局のところ右フックとあと一つしか天童さんから教わらなかったけど、俺にはそれで十分過ぎた。

 十分というか、天童さんの言う通り俺がすぐに戦うために使える武器になるのはそれしかなかった。

 俺には考える事しか武器がないのだ。

 が、それだけでも武器はあるのだ。



「行くぞ千鶴君!」


 サバンナが俺に向かって走る。

 俺は逃げた。


「「「何っ!?」」」


 三人の声がユニゾンする。

 そりゃそうだろう、あんんだけ大見得を切っておいて。

 自惚れするくらいカッコつけておいて、取った行動は逃げの一手だ。

 だが勘違いしないで欲しい、俺は別に怖くなって逃げたわけじゃない。


 それでもそう映るだろう。

 そうでなくては困る。

 だから卑怯にも、卑屈にも、我ながら最低だと思うけど俺には逃げる事をするしかなかった。

 逃げることしかできなかったではない、逃げる事をするだ。

 最初の相手が知り合いで良かった。

 思った通り、サバンナマスクは怒ったようだった。

 この流れで正々堂々と戦わない俺を捕まえたいと思うだろう。


 真面目だからこそ、愚直だからこそ、与えられた役を全うするプロレスラーだからこそ。

 予定調和を重んじる、ドラマを作って湧かせようとするプロレスラーだからこそ。

 この局面でタッチなんて芝居がかった事をしてしまうのだ、戦いをエンターテイメントとして考えてしますのだ。


 だから俺も乗ってやった、この戦いがエンターテイメントの延長上なのだと錯覚させた。

 さっき子供の喧嘩に親が出るを比喩して表現したけど、これは喧嘩じゃないのだ。

 大人も子供も無い潰し合いなのだ。

 殺し合いなのだ。

 僕は走った足を止め、今度はそのばにまるまるように伏せた。

 怒りに任せて追ってきたサバンナマスクにとっては足下に不意に障害物が現れた事になる。

 ロープに振られて返ってくるでもなく、ラリアットを振ってくるでもなく、ただしゃがまれるという行動はサバンナマスクには想定外だろう。

 それは事前に打ち合わせがあって初めて対応できる。

 プロレスラーである事が仇になってしまう。


 ほどなく俺の尻につっかえてサバンナマスクは転んだ。

 こうなってしまうと、高くした能力がかえって仇になる。

 能力で上昇させたスピードはバランスを失い自分に攻撃力となって跳ね返ってくる。

 しかし、そこはプロレスラーだった。

 頭から地面に突き刺さるような状況だったのにもかかわらず、とっさに体を丸めて転がるように受け身を取る。

 それくらいの事をサバンナマスクがやってのけるであろう事は予想できた。

 欲しかったのは今の俺にサバンナマスクが背中を向けている状だ、この状況ならば俺でもサバンナマスクを封殺できる算段がある。

 背中を向けたサバンナマスクの膝に俺は野球のヘッドスライディングの要領で飛びかかり、がっしりとその足を抱え込む。


「うぉっ!?」


「今だあさぎ!」


 あさぎはチャンスを逃さず襲いかかる。

 サバンナマスクではなく健太君の方にだ。

 この本戦は二人のうちどちらかがヤられれば、死亡すれば決着だ。

 それならば、強い相手よりも弱い相手を狙った方がいい。

 タッグマッチのような振りをして、その実は今のこの状況は対戦相手を変更してのツーマッチメイクだ。


 嘘をついて、騙して、不意をつく。

 俺だって自分で誉められた戦いをしているとは思えない、潔く無い、美しさの欠片も無い。

 この舞台にあがる時に俺はこの戦いが物語だとしたらとてもじゃないが主人公じゃないと感じた。

 そうだろう、こんな卑怯な戦い方をする主人公がどこにいる。

 一人だけ思いついたのは金髪とトンガリ頭のコンビを描いた一昔前の不良漫画の主人公。

 彼だって強さに裏打ちされての卑怯だった、俺はただ卑怯なだけだ。


 それでも。

 それでも、自分を無理矢理正当化するならば。

 それでも、汚い自分に心が折れないように言い訳をするならば。


 サバンナマスクよ、プロレスだって五カウント以内の反則ならば許されるだろう?


 あさぎを勝たせるならば、自分の願いを叶えるためならば俺はそれでいい。

 それで十分過ぎる。

 真っ直に、多くを語らずとも健太君に向かっていくあさぎを見てそう思う。

 叶わぬ恋慕のために、恥ずべき自分を払拭するために、ブレずに戦うあさぎを見てそう感じる。

 これだと決めて、真っ直ぐにそれを貫く事がどんなに難しい事か。

 憧れる、その潔い生き方に憧れてしまう。

 その姿勢と信念は感じた通り、漫画の主人公のようなかっこ良さがある。

 それは俺がそう思うだけで、客観的にみれば卑怯な男と無情な女が子供を殺すために罠をかけたようにしか見えないんだろう。

 本当はこんな事したくないなんて言うまい。


 だから。

 他人のためにと取り繕って、自分の勝手な想いのために少年に対して鬼の形相で殴りかかる彼女に正義があるはずがない。

 汚れた正義なんて言葉があるけど、汚れた時点で正義じゃないのだ、だから主人公であって良い要素など無い。

 だけどそれでいい、それこそがいい。

 理解なんていらない、理解なんて求めない、もとよりこれは、そんな二人ぼっちの戦いだ!


「っだらああああああ!」


 振りかぶるあさぎの拳、その拳に健太君は向かっていった。

 避けれたはずだ。

 だけどそれをしなかった。

 それどころうか、あろう事かあさぎに向かって殴りかかった。

 当然のように、その拳は届かない。

 後の先などは達人でないととれるはずがない。

 そもそもリーチが文字通り大人と子供なのだから届かないどころか、自分からカウンターになりに行く形になってしまっている。


「健太!」


「わぁぁぁぁあ!!!」


 サバンナマスクの悲痛な叫びに対して力で答えるように健太君は叫びをかえした。

 あさぎに頬を拳でうちぬかれてなおも前に出る。

 近距離だった間合いが超近距離になる。

 見た目通り、大人と子供の戦いであるけれど、大人と子供の力の差は能力値のおかげで無くなっているのだ。

 大人である事のアドバンテージはリーチの差しかないのだ。

 だから痛みに耐えて前に出る。

 ゆえに痛みを堪えて前に出た。

 苦痛を、苦難を、難行に耐えた、彼の星座の守護であるヘラクレスのように。

 彼は前進し、そしてたどり着いたのだ。


「ラス・アルゲティ!」


 健太君は自身をさらに強化する。

 この超近距離ではあさぎは腕を伸ばす事ができない。

 身を引くという行動を挟む必要がある以上、健太君の拳が先にあさぎに届く。

 健太君の攻撃力の数値は知っている、だからそこに技術は必要無い。

 思い切りあさぎに当てるだけだ。

 それだけだ。


「あさぎ!!」


 今度は俺が悲痛な叫びをあげる。

 しかし、拳は届かない。

 健太君の拳は届かない。

 健太君の拳を体の捻りで交わしたあさぎは、その体の捻りで生じた隙間を使って。

 腕を振りおろす間合いを作る。

 その隙間を通すように。

 腕を振りおろす。

 打ち降ろしの右ストレート。

 痛烈すぎるカウンター。

 大人と子供の差、それは体格だけでなく経験値もなのだ。

 健太君がいかにサバンナマスクに憧れて見取り稽古のような事をしていても。

 見惚れ稽古をしていて、それを行える力を持っていたとしてもやはり実戦でいきなり結果を出せるかと言えばそうではない。


「おおおおおおおおお!!!」


 それは俺もそうだった。

 それが通用するならば、格闘技者は全員練習などしないで試合のビデオだけ観ていればいいのだ。

 だから、俺の付け焼き刃だって通用しない。

 むしろ一瞬でも通用していたのが奇跡なのだ。

 この両足を抱えてしがみつくという俺の行為は勝つという目的ではなく時間を稼ぐという目的だった。

 今の状況を結果としてみるならば、それは上々の成果だった。

 ただそれは成果であって結果ではない。

 サバンナマスクはうつ伏せから仰向けに体を入れ替えると体操の按摩のように体をVに起こすような姿勢になって足にしがみついた俺を持ち上げる。

 あさぎと健太君に大人と子供の体格差があるというのなら、俺とサバンナマスクにだって同じく差がある。

 それ以上に差がある。

 サバンナマスクは足の力だけで俺を持ち上げて地面に叩きつける。

 まるで車にはねられたような全身に響く衝撃。

 それでも一度は離すものかと足にしがみついていたが、二度目で手の力が抜けてしまい、三度目でついに手を離してしまった。


「あさぎィ!」


 サバンナが吼える。

 怒りに身を任せた獅子は、ついにその力を解放したかのようだった。

 あさぎは無言で構える。

 タッグ戦からツーマッチに、さながらプロレスのように臨機応変にアバウトにその形を変えてきたこの一回戦。

 だが、それもこれで終局だ。

 下馬評通りの予定調和、なるべくして訪れた最終マッチメイク。

 もう全身の痛みで俺も頭が回らない。 

 気の利いた事は思いつかないが、それでもこの一戦に枕詞をつけるならこれか。



 ダークヒーロー 防人あさぎ VS ヒールレスラー サバンナマスク



 最初からそんなものはありはしないけど。

 善玉の居ない、プロレスで言うならベビーフェイス不在の戦いのゴングが鳴った気がした。

 

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