未来は誰かの手の中。
その1
ミライは誰かの手の中
「ここですバサ子さん」
「何だよ看板がモスグリーンって、どういうセンスだ!怪しさ爆発だけどそんなに美味しいのか?」
本戦開始まであと三日と迫ったところで、『暇』という理由で電話をかけてきた天童さんと雑談していたら、流れで大気軒の話があがり、そんなに美味しいなら連れて行けという話になってこの状況である。
そして天童さんを持ってしても、このモスグリーンの看板は無いという事らしい。
「味は僕も保証します」
狼狽える天童さんをなだめすかして暖簾をくぐると、カウンターに見知った顔が居た。
健太君である。
「あれっ?健太君だ」
「あ、あさぎさん。それに……天童翼子!」
「呼ばれて飛び出て天童さんです!ってか知り合い?」
「知り合いも何も……」
健太君と天童さんをお互いに紹介して、相席してラーメンを待つ。
「僕が言うのも何だけど、健太君はここのラーメン屋によく来るの?」
「はい、自分の世界にはないし。あまり自分の世界に戻りたくないし」
「ふーん」
健太君の言葉に興味が無いように天童さんがその言葉を流してしまう。
俺としてはチャンスだからそこはもうちょっと詳しく聞きたかったのだけど。
「まぁ、勝ち残ったんだから私達の敵の一人なわけだ、そのサバンナマスクってプロレスラーはともかく。君にはまるで何も思うところがないな」
天童さんは容赦も無く、初対面の健太君をそうハッキリと切って落とした。
「天童さん健太君はまだ子供で」
「だから何だよ?」
あからさまに不機嫌な様子で天童さんは続ける。
「子供だから戦わなくていいなんて話はいつだってない、アンタ達二人だって私から見れば子供だし、オジキから見れば私だって子供だよ。必要なのは戦う覚悟だろ、何であれ守ろうって意志があるんだ。だから戦えるし、それを汲むから私だって本気だ。容赦なんてしたら失礼だ、前にも言ったろ」
その天童さんの言葉が正しくて。
正しすぎて、俺もあさぎも何も言えなくなってしまう。
俺とあさぎは、あやふやではあったが協力関係を築いていたという点で、健太君に甘さに似た想いを持っていたのは間違いない。
西村と天童さんが戦った時、西村と組んでいた小学生女子だって健太君と同じくらいの年齢だったし。
あの子も明確に戦いに参加していた。
だから、天童さんは容赦の欠片も無くあの子を蹂躙したのだ。
これからの本戦。
生き残り戦ではなく勝ち残り戦になるのだから、さらに強く意識しなければならない部分だろう。
空気が重くなる。
重々しくなる。
誰とも無く、言葉を失っているとその沈黙を破るようにガラリと店のドアが開いた。
入店してきたのはアイドルだった。
アイドルのような格好と言った方がいいのかもしれない。
いや、もしかしたら本当にアイドルだという可能性も否定できない。
最近のアイドルは数が増えすぎて一般の目からは目立つ人以外は覚えきれないのが普通だ。
世界が違えども、この天童さんだって芸能人である事には違いないだろうし。
「全く何なのかしらね、本当にウザぁイわぁ。世間で広く知られている格好をしているはずなのに、基準と価値感が解らないわ。もう、いっそ裸でいようかしら?」
凄い事を言う女だった。
……ところで、どこかでこの声というか口調を聞いた事があるような気がする。
それに隣の黒ずくめの、間違ったビジュアル系の男もどこかで見た気がする。
「大丈夫よ、そこまではしないわ。本気にしないでよ、冗談の通じない面白くない男ね。本気にしなかったとしても私の言葉に耳を傾けない面白くない男だと思うだけなんだけど」
どっちにしたってビジュアル系の彼は面白くない男のレッテルが張られるんじゃねぇか!
なんというか、他人事ながら気の毒な男だ。
「素直に私の言う事を聞くなんて、自分の意見を持たないで生きれられるなんて犬のようね。いちいち疑ってこられても、頭の弱い馬鹿な犬と思うでしょうけど」
この男の評価はどっちにしたって犬じゃねぇかよ!
しかも同じ犬にしても、言い方が鋭利すぎる。
男も男で終始無言だけど、何か言い返せよ。
「……容赦のねぇ女が世の中にはいるんだな」
天童さん、アンタが言うなよ。
方向性が違うとはいえ、アンタの容赦の無さもちょっと正気じゃないレベルだよ。
それでも、この戦いだけで見れば正しいのだろうけど。
「その点はアイツは上手くやったみたいね、上手くやりすぎて目をつけられたみたいだけど。鳴呼、怖い怖い。でも、このウザぁイ状況もそろそろ終わりね。これからはアナタにもちゃぁんと働いてもらうわよ。私が上であなたが底辺だとしても、喜びと悲しみはお互いが対等でないと一緒にいる意味なんてないでしょう。あ、おじさんこの天空チャーシュー麺を二つくださる?片方は大盛りで」
彼女の言葉と態度から対等なんて聞かされても、こっちとしては理解不能なのだけど。
それでも俺としては身に摘まされる思いだった、自分で手にかけて。
人を殺してやっと立てる目線がある。
本当に同じ立場で戦ったっと、同じ心で立つ事ができる。
喜びと悲しみを本当に共有できる。
そこだけは理解できた。
ラーメンが運ばれてきた。
「んまぁぁぁぁぁぁぁぁい!」
天童さんが絶叫した。
「……対等」
健太君が呟いた。
ラーメンを食べ終えて解散となった矢先。
すぐに健太君から、もう一度会いたいという旨の連絡が来た。
何かと思って行ってみると、俺だけじゃなくあさぎも呼び出されていたようだった。
神妙な面もちで。
決意した表情で。
覚悟を決めた顔をして。
三ノ輪健太がそこにはいた。
三ノ輪健太、サバンナマスクのパートナー。
と、呼ぶには彼は何もしていなかった。
正確に言うならサバンナマスクが何も彼にさせなかった。
年齢的に頼る頼られるという関係を築けないというサバンナマスクの判断なのだろう。
それに聞いたサバンナマスクの過去や健太君の事情もサバンナマスクが健太君をを戦いから遠ざける要因にしていた。
サバンナマスクの気持ちも事情も、愛情も理解できる。
それは俺達だけではなく、健太君もそうだった。
この子は賢く、優しいから、だからそんなサバンナマスクに何も言わなかった。
憧れだから、着いて行った。
だけど、不満にもなっていた。
それはパートナーという関係ではない、それが健太君には辛かった。
与えるだけの過剰な愛情は負担になってしまっていたのだ。
予選は終わった。
今までは俺達という、不安ながらも後ろ盾があったから我慢できる部分があったが、これからは違う。
戦わなくても状況が変化していたこれからと違い、勝ち残るではなく、勝ち続けなければならない局面に達したのだ。
言葉としては似ているようで、大きく、全く異なる状況。
二人しかいない状況。
くすぶっていた健太君の思いが、とうとう爆発したのだ。
場所は健太君の家。
それなりに年数が経っているアパートの二階の部屋。
部屋の中は至って質素だった。
質素というより簡素であり、まるで生活感が感じられなかった。
これならまだ最近の病室の方が充実している。
「すいません、いきなり呼び出して」
あまり会話する事が無かったが、健太君は子供とは思えないほど大人びた丁寧な話し方をする。
丁寧というより、へりくだったような。
サバンナの見た目の異様に気を取られていたが、この子もこうして単独で接してみると十分にどこか常識とズレている。
「それはいいんだけど…本当にここに住んでるの?」
ベッドに机、他にある家具は小さなタンスくらいしかない。
あとは台所に申し訳程度の大きさの冷蔵庫と電子レンジがあるくらいだ。
必要最低限の家具は揃っているものの、あくまで必要最低限しかない。
さらにおかしな事にその生活レベルはあくまで一人暮らしとしてである。
俺も一目でおかしいと感じたが、やはりあさぎもおかしいと感じたようで、そして健太君の回答は一言はい、だけだった。
「お父さんとお母さんは?」
「いますけど、いません」
それだけでは理解できない回答を健太君はすると、こっちの質問を遮るように続けた。
「僕に戦い方を教えてください!」
懇願するように健太君は僕達に詰め寄った。
「これから本戦が始まるなら、僕も戦わないと。僕はまだ自分の星座さえわからないんです」
「いやいやいや」
あさぎがあからさまな拒絶を見せるも健太君は止まらない。
「お願いします、サバンナは教えてくれないんです。僕が戦う事も駄目だって言うんです。でも、それはイヤだ!」
必死だった。
健気だった。
だからこそ痛々しかった。
「何があったの?」
耐えかねてあさぎが健太君と向き合う。
あの様子じゃあさぎがそうしなくても、俺が折れていただろう。
こうまで取り乱しているのだ、せめてこの部屋の事といい事情が知りたい。
「何もないです、何もないのが問題なんです。僕はサバンナに助けて貰って、ここまでして貰って、今までも一人で戦ってきて、もう何もしないのが、何もできないのが耐えられないんですよ」
「それは、この部屋と関係があるの?」
健太君の口から語られた悲劇はありふれた物だ。
遊び人の母の下に産まれた彼は、父親では無い一緒の男と暮らし。
母は彼を想わず、男もまた彼を想わず。
愛を知る事もなく、痛みだけは必要以上に教えられた。
口を聞く事も許されず、満足に物を食べる事を許されず、そもそも存在さえも許されない。
何も持たないからこそ、何も持てない。
共通の話題の無いのだから友人の作りようもなく、いなくなる事さえ問題となって母とは言いがたい存在に迷惑がかかるから出来なかった。
問題を持ち込んではいけない、母をわずらさせてはいけない、苦痛を伴う躾。
躾というより飼育。
飼育というより家畜。
それ以下。
生きる事に意味を持てず、生きる事に意味は無く、さりとて死ぬという事は母に迷惑をかける。
母の教育はその点だけならば成功だったと言えなくもない。
希望は無かったが、その生活から救ったのは戦いに選ばれるという絶望だった。
ある時、ドアが開かれた。
覆面の大男は事情を察し、共感し、少年の痛みを返すように男を殴りつけ、母を叱りつけ、そして少年を保護した。
少年に彼が与えられるだけ与えた。
それは俺の目には最低限と映っていた物だが、少年にとっては自由というかけがえのない物だった。
顔色を伺うように、歳相応とは思えない性格も一人で生きる上では非常に役にたった。
覆面の大男は少年に幸せになってほしいと願った。
彼もまた、同じような少年時代を歩んだそうだ。
どこかの有名な覆面レスラーが歩んだ人生を、そのままなぞるような人生だったそうだ。
だからこそ、過剰に少年を想った。
だからこそ、少年を戦わせなかった。
だからこそ、少年は傷ついていた。
恩人に、全てを与えてくれた恩人の役に少しでも経ちたかった。
与えられる事に慣れていなかった、少年にとって与え続けられる事はこれまでの不当な扱いよりも心苦しいものとなっていた。
だからこそ、思い出してみれば。
幸福を受け入れられない女、不幸でなければ生きていけない女。
水島麻里に共感できたのだろう、その生き方を否定できなかったのだろう。
それが不幸なのか、幸福なのかはわからない。
ただ、その熱意に負けて俺達は健太君に端末の使い方を教えた。
彼の星座は確かにサバンナマスクの覆面である獅子と縁の深い物だったが、このサバンナの意志と反目した想いを考えると皮肉以外の何物でもなかった。
サバンナの知らない間に、俺達の手によって健太君も戦いの舞台に立ち。
翌日、召集のメールが届いた。
件名 本戦第一回戦
本文 明日、午後七時より本戦一回戦を開始致します。
一回戦突破者はその後、懇親会に出席していただきます。
今後の日程は5日置きに同時刻に本戦を進行しいくものとします。
これで、舞台は整い。
そして時間は今に追いつく。
始まりは俺の部屋から、そしてこれから始まる事もまた俺の部屋から。
準備も覚悟も十分した。
予選で出会った人たちの無事を祈ってはやれないが、最期に幸福である事を祈ろう。
彼らにも彼女らにも、やはり負けられない戦いがあり。負けられない想いがあったのだと。
今だからこそ思う。
となりのあさぎもそう思っているだろう。
元から負けられない。
そしてここまで来るのに負けられない物を背負った。
あの時にドアは開いたのだ。
そしてここまで来たのだ。
よくある戦いへの葛藤とか、何のために戦うのかわからないといった苦悩や、本当は戦いたくないんだ。
なんていう甘っちょろい事など一片も無かった、少なくても俺達は目にしなかった。
あったとしてもそんな巻き込まれただけの共感型の現代風の主人公ではとてもじゃないが生き残れなかったであろう血生臭い戦いの終着点だ。
泣こうが騒ごうが、黙ろうが茶化そうが、祈ろうが唾を吐きかけようが、ここから先は終わりへと至る戦いだ。
終わりの始まりだ。
祭りの時間だ。
いつもと違う強制的な場面転換。
七時になると同時に、視界が白い空間へと変わる。
大理石的な気品のある白、直径50メートルくらいの円形な空間はローマのコロッセオのように塀に囲まれ、その上に雛壇状の客席が設けられていた。
もちろん客席に人影などありはしないが。
この空間に存在するのは俺とあさぎと。
そして獅子の面をした巨体を誇る男と、彼に守られるどころか隣に堂々と凛として並び立つ少年の姿だった。
悪い夢のような戦いの中で、これほどショックだった事は無い。
悪趣味としか言いようが無い。
本戦第一回戦
瀬賀千鶴&防人あさぎ組
VS
サバンナマスク&三ノ輪健太
開始




