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星のアスクレピオス  作者: 面沢銀
前半パート  星へと至る予選編
15/66

凡人が努力を重ねれば天才に勝てるかもしれないが、努力する天才には勝てない。努力する天才も本物の天才には勝てない。

 その12

  凡人が努力を重ねれば天才に勝てるかもしれないが、努力する天才には勝てない。努力する天才も本物の天才には勝てない。



 天童翼子てんどうつばさこ


 その天災の名前だ。

 誤字ではない、天才ではなく天災だ。

 彼女を表現するには才という字にはどうしてもおさまらない、天才でも異才でも偉才でも奇才でも鬼才でもない。


 天災だ。


 間違って世に産まれでた存在だ。

 僕達はそんな存在に、そこで出会ってしまった、幸運にもこのタイミングで出会ってしまった。

 最強の敵であり、最凶の敵であり、最狂の敵であり。

 最高の存在であり、最大の存在であり、最愛の存在だ。

 そのまま殺されてもおかしくない状況で、彼女と出会えたのは間違いなく不幸で、限りなく幸福だった。


「で、あんたら誰よ。あ、参加者ってのは知ってるよ。だってここにいるんだしね」


 首をコキコキと鳴らしながら、木田を打ち抜いた拳をちょっと痛そうにふりながら彼女はこちらに歩いてきた。


「えーっと、アタシは天童翼子。お天道様の『天』に子供の昔の言い方で童子ってあるじゃんその『童』。翼はそのまま翼ね。アタシのチャームポイントでシンボル、背中にタトゥー入れたんだよ、マジでかっこくない?」


 背中を見せるとうりうりと親指でそのタトゥーを指さす。

 ド派手に入れられたソレは確かに引き締まった背筋と白い肌と芸術的なくびれと相成って見事なものだった。


「でもさ、温泉とか入れなくてマジへこみ。でもさ、海外ではタトゥー入れてる外人なんか珍しくないわけじゃない?日本のオリエンタル文化に触れたいと思って旅行してきた人はちょっとガッカリすると思うのよね。そこら辺は理解を示してもいいと思うんだけどね」


「もんもん入れてる奴が堅気に理解してくれとか、情けねぇ話だな」


 校舎からゆっくりと現れたのは、白髪頭を短く刈り上げた着流しの老人だった。

 掘りの深い顔立ちに縁の無い丸眼鏡、キセルで煙草をふかしながらゆっくりとした足取りで近づいてくる老人は不機嫌そうな様子で天童に近づく。


「そりゃ喧嘩は派手なのがいいが、こりゃオメェやりすぎってもんだ。それに何だいあの様は、勢いばっかりでまるで華ってのが無ぇ」


「なんだよオジキ、勝ったんだからいいじゃねぇか」


「阿呆んだら、こんだけ醜態さらして負けてたら。それこそ地獄で閻魔に呆れられるぜ」


 カンとキセルの灰を捨てると、老人は手を差し出した。


「悪いな兄ちゃんに嬢ちゃん。俺ぁ、地蔵院源蔵じぞういんげんぞう。うちの阿呆が止しゃあいいのに、オタク等の喧嘩をかっさらっちまった」


「んだよ、オジキだってあいつ等がさ。アタシだけならともかくオジキだって馬鹿にするから」


「阿呆が、小便臭ぇガキのくだらねぇ挑発にいちいち乗ってたら逆に舐められちまうだろ。まぁ、それでも半分は間違っちゃいねぇな、潰す時は徹底的だ」


「さすがオジキ、わかってるな」


「俺の半分も生きてねぇガキが調子にのんじゃねぇよ、まぁいいや。それで兄ちゃんに嬢ちゃん、名前は?まさか木の股から生まれて名前が無ぇってわけじゃないんだろ?」


 天童とはまた違った風格を称える地蔵院、決して声を荒げているわけではないのに、その腹に響く低くて重い声は恐怖とはまた違った威圧感がとなって俺達を包んでいた。


「瀬賀千鶴です」


「防人あさぎです」


 端的にそう名前を告げると地蔵院さんはニヤリと笑う。


「良い名前じゃねぇか、息災を願う千鶴に良薬色のあさぎね。ハハッ、てぇしたもんだ。俺達と違って兄ちゃんに嬢ちゃんは誰かのために戦ってんだな」


 わずかに伸びている顎髭をしゃりしゃりと撫でる地蔵院さん。

 名前だけでいったい何がわかるというのか。

 それでも、間違っているわけではない。

 と、その時だった。

 端末が変な音を立てて震え出す。


「おっと、何だ何だ。オジキ、あたしの貸してくれ」


「おらよ」


 地蔵院が天童に端末を投げる。

 俺達も自分の端末の画面を確認すると、そこにはメールが送られてきており。

 そのメールには添付ファイルが一つあった。



件名

予選経過報告。


本文

参加者の皆様いかがお過ごしでしょうか。

先ほどの交戦において、残存参加者数が百名となりました。

本戦参加可能定員は六十四名となりますので、脱落者数はあと三十六名となっております。

先立てて、今後の予選進行を円滑に行うために情報ファイルの閲覧アップデートファイルを添付致しましたので、そちらで参加者様の現状把握と戦闘行為にお役だてください。

それでは今後の皆様の御健闘をお祈り致します。



 残り百人、脱落枠は三十六名。

 木田とあの女の子が脱落してその数に達したという事だろう。

 やはりヨアンナさんが言っていた通り、この戦いの予選は後半戦に差し掛かったという事になる。

 添付されたアップデートファイルを起動してみると、一つ項目が増えていた。

 それは能力値ランキング。

 詳細なデータこそは無いが、現状の最高レベルの参加者のランキングという事だろう。

 そして1位の名前は、知った名前だった。

 今、知った名前だった。

 

 1位 天童翼子

 2位 大和晴彦

 3位 桂木荘司

 4位 大倉笑美

 5位 三船千太郎


 上位5名。

 そして知っている名前。


 11位 水島麻里

 21位 ヨアンナ有村    

 23位 サバンナマスク

 25位 防人あさぎ

 34位 瀬賀千鶴

 99位 三ノ輪健太

100位 地蔵院源蔵



 天童が一位というのにもそれは驚いたが、何よりも驚いたのは水島さんが十一位という事だ。

 あさぎよりもサバンナマスクとヨアンナさんが上位っていうのもそれはそれで驚いた。

 そして驚くというよりも、どうしてって思うのは地蔵院の順位だ。

 天童が1位で地蔵院さんが最下位っていうのはパートナー関係として破綻しているのではないか。


「アハハハハ!オジキ最下位だぜ、カッコ悪いな。だから能力値を振り分けろって言ったのに」


「機械は苦手なんだよ、それに星座なんてハイカラなもんに興味は無ぇしな」


「え、どういう事ですか?」


 正直に、単刀直入にあさぎは聞いた。

 こいつのシンプルな思考回路は少し羨ましい。


「俺はこの遊びに興味が無ぇんだよ、願いを叶えるなんて人参ぶら下げて戦わせるって根性がまずイケ好かねぇ。だがよ、だからって黙って殺されてやるほど人間できちゃいねぇしな。そしたらよ、この蛮カラが一人でやらなきゃ喧嘩じゃねぇと抜かしやがる。俺はいたくソレが気に入ってね。このがらっぱちに全部任せてんだよ」


 楽しそうに笑いながら地蔵院はキセル煙草に火をつける。


「俺は手出しをしねぇし、コイツがやられて殺されても文句は言わねぇ」


「アタシはやられねぇし、文句は言わせねぇよ。なんてったってアタシは無敵で素敵で完璧だからな」


「自分で言うならそこに厚顔、凛然、突っ慳貪も足しておきな。何にせよ1位ってんならてぇしたもんだ。俺の隣に置いておくのは十分過ぎる」


 無敵で素敵で完璧という部分を地蔵院は否定しない。

 それが嬉しかったのか、天童はカラカラと笑っていた。

 数値だけで見るなら最強と再弱のコンビ。

 わかっていたが、それでも数値が低いからといって足を引っ張るわけではない。

 天童の絶対的な自分への自信と、地蔵院の絶対的な天童への信頼。

 異色ながらも、この二人の組み合わせも噛み合っていた。


「あさぎが二十五位で千鶴が三十四位か。中の上ってとこなんだな。ん、何だこのあさぎのちょっと上のサバンナマスクって? こんなのもいるのか? 十五位のヌルハチっての気になるな、外人か?」


 端末をいじりながら楽しそうに笑う天童。

 まさか、知り合いとは言えないな。


「で、る?」


 いい笑顔で天童はこちらへ振り向いた。


「やりません!」

 あさぎがストレートに突っぱねた。

 ある意味潔いってか、すげぇ!


「んだよーいけずー、アタシってば折角いいテンションなんだしさー、戦ろうぜー!」


 そんなにライトなノリで殺し合いを要求されても困る。

 というか、話してて感じるのは天童は気持ち良い人だ。

 子供というか、無邪気というか。

 いい加減なようでいて違う、単純に生きる事に正直な人だ。

 誠実過ぎる故に、正し過ぎる故に、残酷にさえ見えてしまう。

 木田とあの少女を倒した時などはまさにそう思ったが、こんなに楽しそうにしている天童を見ていると違うのだと確信する。

 殺し合いだろうが何だろうが、やるからには徹底的に、それでいて自分の美学は一切曲げずに楽しむ。

 自分が楽しむためなら人の感情など事情など一切合切挟まない、気持ちの良いほどの傍若無人。

 この戦いにおいて、いや人生においてそれを徹底できるのならば。

 確かに、疑問の余地もなく無敵だ。


「だって今の私達じゃあなたに勝てないもん」


「ん、随分と正直に言うなあさぎ。うんうん、お姉さんは正直者は好きだぞ。でも、今はって言ったね? 後でならアタシに勝てるの?」


「勝つさ! 勝ってみせる!」


「うんうん、イイネイイネ。震えてるのに強がっちゃうところとかマジでお姉さんの好み!このままどっかに遊びに行かない? ラーメンでも食べてからカラオケにでも行こうぜ!」


 底知れない女だった。

 あさぎの頭を撫でると、天童は大きく背伸びをする。


「少年マンガ的に言うと本戦で会おう!ってとこかな。負けるんじゃないわよ!」


 っと天童はウィンクをしてみせる。


「じゃあ、ちょっとハンデあげる。ハンデっていうかちゃんと答えを教えてあげるナゾナゾ。私の星座は何でしょうかっ!?」


 唐突にクイズが始まった。

 相変わらず異様なテンションだった。


「えー、難しいなぁ。それは普段私達が目にしているものですか?」


 ええっ!?

 あさぎも何だかんだで楽しんでる!

 え、何で?

 あんなの見せられてビビってないのかよ?

 それで、何でどこぞの元プロ野球選手のようにさりげなくヒントを聞こうとしてるんだよ。


 というか、答えは出ていた。

 ちゃんと聞いていて、予備知識を持ってさえいればすぐわかる。

 この戦いはそういう物であり、そしてこんな豪傑たる天童にふさわしい星座だった。

 神の不貞より産まれ落ち、自身の凶行を贖罪するために数多の難業を乗り越えた不屈の英雄。

 その胸に輝く星は、ひざまずいた人の頭を意味するラス・アルゲティ。

 戦いと勝利と、輝かしい栄誉に満ちた、ソレを目の前にしたらひれ伏すしかないその星座は。


「ヘラクレス座」


「ぴんぽんぴんぽんピンポーン! 千鶴ってばはっくしきー! 賢い! チヅル・ザ・賢いって名乗るといいよ!」


「そんな完璧超人の首領の相棒みたいな……」


「ま、完璧なのは私だけどね。ってかさ、さっきの二人って海蛇座と蟹座なのよ。海蛇座ってあのヒドラのもとでヘラクレスに退治されるんだからさ、伝説通りよね。そのとばっちりでやられちゃう蟹座とかも同じ。あーあ、あの子は可愛いかったから倒す気はなかったんだけどな。なんか蟹って神話からして不遇よね、漫画でも蟹は卑怯者だったり、特撮でも一番最初に脱落したりとかさ。いつか蟹座が最強の作品とか見てみたいわよね。ってかそうそう、あなた達ってあの二人と戦いに来たの?」


「そうですけど」


 なんとも楽しそうに話す天童に俺は思わず相づちを打つ。

 ってかよくしゃべるなこの人。


「あ、ごめんねー。いや、昼間にさあの海蛇座の奴が喧嘩売ってきてさ。で、なんか陰険っていうか根性がネジ曲がってるっていうかさ。回りくどいというか、素直じゃないってか。まぁー本当は人の良さそうな奴だろうなって思ったんだけどさ。売られた喧嘩はすぐ買わないと腐るってのが私の持論でね。いやね、ちゃんと気を使って戦っても大丈夫って聞いたんだけどね。そん時に嘗めた口を利くから私も頭に血が昇ってさ」


「よく言うぜ、あのお嬢ちゃんとは俺がほとんど話したんじゃねぇか。事情はどうあれ、目上に対する口のききかたじゃなかったがな。親の教育が知れるぜ、哀れな嬢ちゃんだった」


 地蔵院さんが天童の話に割って入る、意外とちゃんと話は聞いているらしい。

 それに哀れんでいるようだった。

 ただ、それは天童によって剛殺された事ではなく、木田の性格とその性格に至ってしまった経緯に対してのようだった。

 名前で俺たちの事を見透かしたりと、この地蔵院も何か不思議な感じを受ける。


「んだよ~オジキ、相棒なんだから一蓮托生っていうかどっちがやったかって話なんて些細な事にしておいてよ。なんというか、そんなわけで千鶴とあさぎには悪いことしちゃった」


「いいよ天童さん。その天童さんをいつか倒せば帳消しでしょ?」


 媚びるでもなく、喧嘩を売るでもなく。

 何か、特別な感情を込めてあさぎはそう言った。


「でも、頑張って強くならないと本戦に間に合わないわよ。そろそろ徒党を組んで戦う奴を二チームお姉さんは相手しないといけないから」


「二チームですか?」


 天童の言葉に俺は思わず聞き返す。


「そうそう、こういうランキングがでたからね。一組は大勢で一位を潰そうとする冷める連中と、大勢で最下位から潰していこうっていうしょうもない連中。合わせて十人くらいじゃない?それくらいはアタシが減らしちゃうから残りの実質脱落枠は二十人ちょっとってところよ」


 天童は弾けるような笑顔で快活にそう言った。 

 あの悪鬼羅刹のような戦いを目にしたうえで、そこまで自信満々に言ってのけられると、この人ならそれくらいやりかねないと本気で思ってしまう。


 これが天道と地蔵院との邂逅の顛末であり。

 うやむやになってしまっ當間君と西村さんの敵討ちのいきさつであり。

 木田に対する恨みや憎しみがあやふやになってしまった結末だった。

 一度その場に現れたならば原因も経過も結末も、有象無象の区別なく、感情も意志さえも遠慮なく、勝手気ままに落着させる。


 天才の中の天災、天童翼子。

 この戦いの鬼札といえるそんな天童の生き様を楽しんでいるように地蔵院はゲラゲラと笑うと、二人は去っていった。

 


 戦闘結果

 天童翼子   ヘラクレス座 現状1位 最強

 地蔵院源蔵  星座不明 現状100位 最弱


 木田成美       海蛇座 死亡

 小学生女子(名称不明) 蟹座 死亡 

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