集束し収束し終息を始める人間関係。 前編
その13
集束し収束し終息を始める人間関係。 前編
「勝ち残った人間が願いを叶えられる。そんなくだらないおとぎ話に胸を躍らせているのなら、君達は幼稚園あたりからやり直した方がいい」
東一樹はそう言った。
「歴史は変わらない、時間は巻き戻らない、死んだ人間は生き返らない。当然の事だ、実にバカバカしい話だ。創作物ならそれでいい、七つの玉を集めて生き返らせる漫画があっただろう。もちろん私も大好きだが、おかげで主人公さえ最終的に命など尊くないと言わんばかりだ。命とはそういう物ではないだろう。とはいえ、自らが育てた豚を小中学生といった多感な頃に捌いてみせて命の授業などという独善的な物も同じくくだらない」
東一樹はそう言った。
「命は尊いものだが、かけがえのない高級品というものでもない。戦争の歴史がそうだろう、物事は一つの視点と先入観で見てはいけないものだ。戦争という例をあげたが、信じないという部分においては同じ事がいえる、人の歴史は戦争の歴史だ、それは起きた事だから間違いないが、その事実の記録は書面や口伝で伝わっているのだ。ならばどうしても伝える側の主観でしかない。ならばそれはもうファンタジーと言っていい」
東一樹はそう言った。
「例えばアーサー王が女であったと言われても、織田信長が女であったなどと言われても怒りはしないだろう。かえって面白いと発想だと思うかもしれない。私達は直接は目にしたわけでもないのだからな、伝承されている歴史そのものが間違っているかもしれない。人はそこにロマンを感じるのだ。考古学など最たる物だな、それは否定しない。リアルな空想ほど面白いものは無い、突拍子も無い嘘が信じられる事はないのと同じだな。しかし保証は無いのだから、間違いの可能性はあるのだから信じきってはいけないな。保証の無い事は総じて疑わなければならない」
東一樹はそう言った。
「このくだらない戦いのモチーフになっている星にも言えるな、冥王星は惑星ではなかったと知られるのは近年だ。それまではずっと冥王星も惑星だと言われ続け、信じ続け、疑う事さえしなかったという事など私からしてみれば、どうして違うかも知れないと今まで六十億人がガン首そろえて思わなかったかという事に絶望するよ。実は私は金星人などと言っても信じないだろう? 私の言葉を疑うだろう、だが私が金星人である可能性を現状の君達では判断できないだろう。もっとも私は金星人ではないがね」
東一樹はそう言った。
「直接経験した、体験した、学習した物事は否定されてはいけない。そうでなくてはならない、私達の周りに流れる時間は否定される物ではないからだ。さらに強く言えば否定させてはいけない。断然たる私達の思考という存在証明を何故に上から目線で否定されなければならないのか、操作されなければならないのか。仮に操作されたというのならまだいい、悪意を持って操作されておいて、戻してやると言われて喜々とするなど間抜けだとは思わないかい、どこの誰ともわからない者に得た経験を奪われてなるものかと思わないかね、瀬賀千鶴君?」
東一樹はそう言った。
「あやふやな物などを信じるとは愚かしい、そんな胡散臭い連中の口約束を信じるなんて実に浅はかというものだ。現実をみようじゃないか、そんな願いを叶えるなどという吐き気を催す甘い戯れ言など否定しようじゃないか、突っぱねてしまおうじゃないか。私はね、盛大に虚仮にしてやりたいのだよ、確かに存在する連中に唾を吐きかけてしまいちのだよ」
東一樹はそう言った。
さて、東一樹についてだけど。
俺はこの男の話をしたくない。
できる事ならば、この東に関しては存在しなかった事として振り返りたいところだがそうもいかない。
遅れて登場し、言うだけ言って直ぐに消えていった存在だ。
天童を最強、最凶、最狂、最高、最新、最愛と最もづくしで紹介した。
なんだったらいっそ天童の話を延々としてもいいくらいだ。
東、誰それ?
心の底から、腹の底からそうしたいのだ。
東を語る上でも最の字はついてまわる。
最低、最悪。
そう、最低最悪の味方だった。
天童達と出会った次の日、つまりヨアンナさんとの約束の日だった。
なんと、そのあさぎの協力者の家に直接来いという事だった。
ヨアンナさんの家でという話は突っぱねられた、それ自体はどうでもいいのだが。
ともかく場所は都内一等地のマンションの最上階。
あさぎはとにかくスペックを教えなかったが、とんでもない金持ちだという事はわかった。
あさぎの世界でも基本的に流通も、というか紙幣さえも変わらず使えるのだから土地の値段も変わらないだろう。
ネットで調べたら、このマンション家賃の月額が三百万だった。
桁違いって言葉があるけど、本当にそうだとちょっと引いてしまう。
引いてしまうという、というか実際に引いた出来事があった。
今回のアップデートで実装されたランキング表示により、残りの人数が確認できるようになったのだけど。
残りの人数が九十二人になっていた。
目減りしたのは八人なのだけど、果てさてどうしてそんなに早く数が減ったのか。
疑問に思っていたら、なんと天童からの着信がきたのだ。
「もしもしー千鶴ー? おっモー!ってか起きてた?」
「ええ、起きてました。ってか『おっモー』って何ですか?」
「おはようとグッドモーニングを組み合わせた、全く新しい朝の挨拶。私が考えたんだけど、特許とれるかな?」
「それで特許は難しいんじゃないですか、ってか何の用ですか?」
次に会う時は本戦で、何どという宿命のライバルのような存在感と威厳を見せつけてドラマチックに別れたというのに台無しだった。
確かに直接会ったわけではないけど、気さくに電話をかけて来られても対応に困る。
というか俺たちってそういう関係じゃない。
「いやーさー、それが聞いてよー。あの後に気分良く帰ったわけじゃない? で、オジキと別れて家の前についたらさ、言ってたじゃない。私は1位だから狙われるって。もう、早速よ。しかもそいつら何か前から私の事を狙ってたらしいのよ。なんか私が一番多く倒してるの知ってたらしくてさ、本戦に残られると危ないとかわけわかんねぇ事を思ってたらしいのよ」
「いや……至極当然の事を言ってるような気がします……」
「……マジで言ってんの? ……千鶴までそんな事を言っちゃうわけ?」
あれ、何か唐突に不機嫌になった。
ヤバイぞ、この人の事はまだよくわからないけど怒らせたらカタパルトで勢いつけて殴りに来そうだ。
大変、俺ってば死んじゃう。
「だって天童さんって綺麗でナイスバディで聡明で、しかも超強いじゃないですか。僕もそうやってちょっと嫉妬しちゃうくらいなんですよ。そいつらはきっとそんな天童さんの事が好き過ぎて、つい襲っちゃったんですよ!」
「あー! なるほどー! そういう事かー! そういう事なら手加減してやればよかったなー!」
この人、凄いけどバカなんじゃないかな……。
なんだかあさぎに通じるものがある。
「そうですよ天童さん!」
「何よ天童さんなんて他人行儀ね、翼子って呼び捨てで呼んでくれていいわよ」
「いえ、名前で呼ぶなんて恐れおおいので!」
「何よあさぎの事は名前で呼ぶのに、いいから翼子って呼んでみなさいよ」
「つ……翼子」
「ん、なんか思ってたのとは違うから天童さんでいいわ」
どうしろってんだよ!
「ってか天童さん?」
「何?」
「それで襲ってきた八人を全員倒したんですか?」
「うん、返り討ち。三位と四位の奴もいたんだけど大した事はなかったわ」
「そ、そうっすか……」
目減りした人数に気を取られてたけど、そんな順位変動にも貢献していたのかこの人は。
この人に関わってしまうと、それだけでいろんな意味でいろんな人の想いや計画が破綻する気がする。
「なんていうか本当に無敵ですね」
「そうでもないよ、戦って勝つって意味では当然だし負ける事はないけどさ」
言い切った。
「納得のいく勝負ができる相手、ってかできそうだなーって相手にはどうにも。何というか……思うところがある」
「はぁ」
「何だよ辛気くさい返事だなぁ。そういう意味では千鶴もあさぎもそうなのよ。上手くは言えないけど思うところがある」
「それはどうもありがとうございます」
「というか今回の電話はそういう部分が伝えたかったんだよね。ほら、オジキの前じゃ話難いしさ。オジキの前で仲良しこよししたらオジキ嫉妬しちゃうし」
「え、そうなの?」
「そうよ、ああ見えてね。まぁ、露骨に態度とか声にでたりはしないけどさ。前の時のアイツで学習したのよ」
「アイツっていうと?」
「思えば会う事もあるかもしれないわよね、名前を教えておくわ。っとー、今のランキングで十三位、東一樹」
「天童さんがそうまで言うなら凄い人なんでしょうね」
「凄いってかズルイってか、なんつーかさ。将棋で勝負してたらいつのまにかカバディで勝負やらされてたって感じ。こっちはルールもよくわからんっての、何が嫌かっていうとそれでも私は勝つけど、いや多分、誰でもあの男に何かしらで勝てるけど勝ったと思えないのよ。勝ってるはずなのにどこかで負けさせられてる。引き分けっていうか一勝一敗っていうか、イーブンにさせられる」
誰でも勝てるけど、勝ったと思えない。
常に引き分け。
そんな奴が本当にいるのなら、そいつと戦う事に意味さえないんじゃないのか。
「それともう一人、東がそうだな……苦手な相手というのならこっちは嫌いな相手。できればもう顔も見たくない」
「それもそれで凄いですね」
「とにかく気持ち悪い相手よ、無抵抗主義なら面白気持ちよくボコボコにできるけど、あれは死体を殴るようなもんだわ」
「いまいち表現がわかりません」
そもそも無抵抗に徹する人を容赦無く殴れるのか。
しかもそれが面白気持ち良いのか、無抵抗など意味がないと怒った拳王よりタチが悪いじゃねぇか。
「それがランキング九位の水島麻里、コイツには会わない方がいい、少なくても私は二度と会いたくない」
そう忠告された。
俺は何も言わなかった。
既にその水島とは会っていて、しかも交戦までしているとは。
そして会いたいかと言われれば、確かに答えは会いたくないだ。
「おっモー」
協力者との約束の時間の少し前、あさぎと待ち合わせ。
先にやってきていたあさぎはとんでもない挨拶で俺を迎えてくれた。
「……まさか天童さん?」
「あ、そっちも連絡いったんだ。いろんな意味でバサ子さんは凄いよね」
「バサ子さん!?」
「ああ、話してたら意気投合しちゃってさ。あだ名がバサ子さん」
「焼いたパンとか投げてきそうだな……、というかすっげぇ仲良くなってるな……」
「ちなみに私はネギって呼ばれてるよ」
「何でさ!?」
「いや、あさぎって葱色って意味なのよ。だからネギ」
「へー」
いらない無駄知識だった。
「しかし、何でそんな微妙な色の名前をつけられたんだよ」
「人の名前の由来に微妙ってマジ酷い言いぐさじゃない? まぁ、平仮名であさぎってのは悪いとは思わないけど締まらないわよね。私は気に入ってるけどね。ああ、ごめん話がそれた。えっと地蔵院さんが言ってたように葱って良薬なのよ。だから人にとって良い者であるようにって事」
「へぇ、深いじゃん」
「そんな事を言ったら千鶴って女の名前じゃないの?」
「千鶴が男の名前で何が悪い!」
「そんな最終回で精神崩壊起こすような主人公みたいにキレられても! ごめんなさ……待てよ!? 私も名前をバカにされたんだから謝らないわよ」
「チッ!」
「チッじゃないから」
楽しい会話だった。
一ヶ月もの間、ほぼ毎日会話をしていればあさぎの人柄はさすがにわかる。
そういう風に組み合わせがなされているのかもしれないが、波長が合う。
感覚としては天童との会話も楽しいし、ノリは同じなのだけど肩の力が入らないのだ。
自然体というか何というか。
そもそも天童は敵であるわけだし、圧倒的な力の差もあるし、そもそも単純に年上なのだから仕方ないのかもしれない。
あさぎと違って遠慮なくグイグイ来るし。
「天童さんだけどさ」
急に真面目な様子であさぎが切り出す。
「なんていうかさ……私って絶対に勝つぞって気持ちでこの戦いに臨んでるし、その気持ちは今も変わりないんだけどさ。あの人を見てると自信を無くしそうになるよ」
弱音?
いや、そうではない。
迷い?
いや、それでもない。
「あの人に勝ちたい。でも、勝てるビジョンが浮かばないっていうのかな。なんていうか、あの人の生き方っていうかあり方は見てて気持ちいい。自分に正直で、何でも笑い飛ばす感じ。どうしてもあの姿に憧れちゃう。憧れには勝てないよ、どうしても惹かれちゃう」
あさぎの気持ちは羨望だった。
そしてあさぎは水島にも羨望ではないが羨ましいと思う事があった。
圧倒的強さに憧れて、絶望的な弱さにも憧れる。
何でもないようで、それでいて何か大変な話のような感じを俺は受けていた。
「でも、やっぱり最終的には勝つしかないわけじゃない。現状で……違うな、どうしたらバサ子さんに勝てるようになるか千鶴は思いつく?」
あさぎはブレていなかった。
それでも戦う事を諦めていない、具体的に勝つ方法を模索している。
俺もあのあまりにも圧倒的な様子を見てなお、あまりにも人懐っこい様子を受けてなお、天童を敵として認識している。
それもそれで、天童の不思議な魅力でもある。
「疑問に思った事があってさ」
「ほうほう、聞かせてくれたまえよ」
聞く側だというのにあさぎは何故か上から目線だった。
「俺もあさぎも能力値は振り分けてるから、数値の上では一緒なわけだ。でも、このランキングには差がある」
「そういえば確かにそうだ」
「だから、このランキングって数値以外のところ。隠しパラメーターっていうかさ、その人自身の戦闘能力っていうか技術も加味されていて。その上でランキングになってるんじゃないかと思うんだ」
数値だけなら確かに俺とあさぎは同じなのだ。
ちょこちょこと強化を繰り返し、あさぎに至っては攻撃力なら既にBランクのカンストまでいっている。
俺は攻撃力は捨てたがあとは平均的な伸び、数字だけなら同じだけどランクは10位以上は差がある。
「あとはアレじゃない、倒した参加者の人数とか。だって水島さんとか絶対に戦わないと思うのに私たちより上よ?」
「それもあるかも、水島さんの新しい相棒が強い人だったら水島さんも強制的に強くなるし。そういう意味では厳密な数値と隠しパラメーターの兼ね合いとかがあるのかも」
「思ったんだけど、私としてはAが最高で。あったとしてもSかなーって思ったんだけど。もしかしたらSSとかSSSとかあるのかな?」
何気ないあさぎの言葉だったけど、俺はドキリとした。
俺も有ってもSが最高だと思っていたから、Bでもまだ悠長にしていたがそこまでランク分けがあれば作戦でカバーできなくなる。
そこは確かめておきたかった。
……確かめるにはアノ人に聞くしかなった。
すげぇ大事な情報だけど、きっと気さくに教えてくれるだろうな。
気が引けながらも、俺は端末を取り出した。
「もしもし」
「はいはーい、どったん千鶴?」
相変わらずのテンションで天童さんはツーコール目で端末に出た。
あまりにもすぐ出たけど、思えばこの人はこんな性格とテンションとキャラクターで普段はどんな生活をしているのだろう。
猫でもかぶっているのだろうか、大人しくしている天童さんがまるで想像できない。
「ちょっと聞きたい事があるんですけど……」
「何、アタシの下着の色? でも、いまお風呂入ってるから全裸なんだよね」
いらない情報だった。
無駄知識でさえなかった。
「あ! 千鶴ったらアタシの裸を想像したんでしょ! やーらしぃー! でも、仕方ないよね年頃の男子だもんね。それに私ってばわがままボディだし」
「してませんから」
それは嘘だった。
少し想像してしまった。
わがままボディ発言も否定する気はない。
「じゃあ、サービスで昔ながらのイメクラ気分を味あわせてあげる!『……やぁ…大好き…千鶴…あっ…。ん…っ……くぅん…っ…はっ…イクっ……もっと…思いっきり……はぁっ…!』」
「もう切っていいですか?」
冗談抜きで切りたかった。
話の流れがサッパリわからなかった、それにやったらエロいし、こんなん速攻で前かがみになるわ。
というか少し音漏れしてるから、隣であさぎがとんでもねぇ顔でこっちを見ていた。
俺は全く悪くないのに。
冗談抜きで切りたくなかった。
「ごーめん、ってか用があったんじゃないの。そっちからかけてきておいて切ってどうするのよ」
まともな突っ込みだった。
「あの、天童さんって能力値のランクってどうなってますす?」
「ん、全部ランクSでカンスト。オール百二十点満点」
どうやら二十刻みで進むのは変わらず、百からSで百二十が数値の上での最高値らしい。
ともすればランクBの最高値である60のあるあさぎの現状と比べても単純に倍の差がある。
というか防御力も百二十なのだからこっちの攻撃が果たして通用するのかわからないレベルだ。
ここまで極端な例は天童さんだけだろう。
そう考えると恐ろしい、天童さんだけでなく地蔵院さんもきちんと能力値を振り分けてちゃんと戦う事いだしたならば、もうこの二人を止める事など誰にもできないだろう。
「ありがとうございました」
「良くわからないけど、気にしないで。ネギちゃんにもよろっしくねー。ちなみにさっきまで履いてた下着の色は赤だよー!」
背中に冷たい物を感じながら俺は電話を切った。
それは天童さんの圧倒的な戦力もそうだが、あさぎの汚い物を見るジト目もそうだった。
俺は悪くない。
っていうか、男性なら当然の生理現象だ。
そこは勘弁してほしい。




