↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
8/69

第7話「とんだ誤解」

レンは、約束を守った。


タケオが歴史の勉強についていけていないと知ってから、レンは彼の勉強を手伝うようになった。


とはいえ、最初から順調だったわけではない。


むしろ――かなり大変だった。


「待て……これって、戦争の前だっけ? それとも後?」


タケオは困ったような顔で、開いた教科書を見つめていた。


レンは数秒間、黙って彼を見つめる。


「……後だ」


「ああ、なるほど……」


タケオは真剣に考え込む。


「じゃあ、この戦争は何の前なんだ?」


「その戦争の前だ」


「…………」


レンは片手で顔を覆った。


時々、本気で思う。


――銀河帝国を統治していた頃のほうが、よほど楽だった。


それでも、タケオは少しずつ理解できるようになっていった。


レンは難しい専門用語を並べたりはしなかった。


一つ一つの出来事を簡単に分解し、なぜそれが起きたのか、そしてその結果どうなったのか。


それを誰にでも分かるような言葉で説明した。


数日もすると、目に見えて変化が現れ始めた。


「おお……」


タケオは自分の教科書を見つめた。


「なんか……やっと分かった気がする」


「それはよかったな」


「……これだけ?」


「大まかに言えば、それで十分だ」


タケオはしばらく黙り込んだ。


そして、レンを見る。


「なあ……なんで先生は、こういうふうに教えてくれないんだ?」


「さあな。時間がないんじゃないか?」


レンは肩をすくめた。


タケオは疑うような目を向ける。


「……お前、本当に普通の高校生か?」


レンは何事もなかったようにノートへ文字を書き続けた。


「もちろん」


「…………」


タケオは、まだ完全には信じていなかった。


だが、とりあえず今は余計なことを聞かないことにした。


*


そんなある日のことだった。


レンは、また綾乃の姿を見かけた。


彼女は少し離れた場所で、友達と話していた。


相変わらず、表情は落ち着いている。


いや――どちらかといえば、冷たい。


綾乃が笑うところを、レンはほとんど見たことがなかった。


もっとも、数人の親しい友達と話している時だけは、ほんの少し表情が柔らかくなる。


レンはすでに気づいていた。


綾乃は、学校内でもかなり人気がある。


特に女子からの人気は高い。


しかし――


男子とは、ほとんど話さない。


正確には。


男子のほうから近づいていっても、綾乃自身が遠ざけているのだ。


その時、タケオも綾乃に気づいた。


そして、レンの耳元へ顔を近づけると、小声で言った。


「……あいつ、氷みたいに冷たいぞ。男子なんて一瞬で振られるからな」


レンは綾乃へ視線を向ける。


「なるほど」


少し考えたあと、レンは呟いた。


「それなら、どうして男子に対してあんなに冷たいのかも納得できるな」


「だろ?」


タケオは頷いた。


「学校じゃ男子にも女子にも人気があるんだ。女子とは普通に話すし、友達もいる。でも男子とは、本当にほとんど話さない」


「……お前、どうして彼女が男子に対してそういう態度を取るのか知らないのか?」


「知らないな」


タケオはあっさり答えた。


「今まで考えたこともなかった。女の子って、そういうものだと思ってたし」


「……そうか」


レンは再び綾乃を見る。


そして、少しだけ考え込んだ。


なぜだろう。


妙に気になった。


*


放課後。


レンは靴を履き替えて帰宅するため、自分の下駄箱へ向かった。


廊下には、まだ何人かの生徒が残っている。


だが、大半はすでに帰ったようだった。


レンは自分の下駄箱の前まで来る。


そして――


足を止めた。


そこには、綾乃がいた。


彼女も帰るために靴を履き替えているところだった。


レンは特に気にすることもなく、自分の下駄箱を開けた。


しばらくの間、二人の間に会話はなかった。


――だが。


突然、綾乃が口を開いた。


「……あなた、私のこと尾行してるの?」


レンの動きが止まった。


ゆっくりと彼女を見る。


「……してない」


レンは落ち着いた声で答えた。


綾乃は疑うような目でレンを見る。


「じゃあ、どうして最近こんなによく私の前に現れるの?」


レンは再び、一秒ほど黙った。


何か答えようとした。


しかし――


口を開くより先に、綾乃が言った。


「別に答えなくていい」


彼女は視線を逸らす。


「もう分かったから」


レンは眉をひそめた。


――何が分かったんだ?


「一応、これからのために忠告しておくけど」


綾乃はレンを見る。


「人を尾行するの、あなた本当に下手だから」


「……」


レンは言葉を失った。


「いや、俺は――」


「それと」


綾乃はレンの言葉を遮る。


「私に近づいて信用を得ようとするのもやめて」


声が、さらに冷たくなる。


「そういうの、やめて」


カチャリ。


綾乃は下駄箱を閉めた。


そして、それ以上何も言わずに歩き去っていった。


「…………」


レンは、その場に立ち尽くしていた。


しばらくの間、何もできなかった。


――何が起きた?


頭の中で、無数の可能性が浮かんでは消えていく。


これまで綾乃と接触した場面。


教室。


廊下。


食堂。


階段。


校庭。


確かに、何度か彼女と顔を合わせている。


だが――


「……尾行なんてしてないだろ」


そもそも、そんなことをしようと考えたことすらない。


レンは自分の行動を一つ一つ思い返した。


それでも、原因が分からない。


以前の人生では、こんな状況に遭遇したことなど一度もなかった。


いや。


三百億年近い人生の中で、こんなことで本気で困ったことなど、一度もない。


かつてのレンなら。


宇宙規模の問題ですら、ほんの一瞬で答えを導き出せた。


無数の世界の可能性を計算し、未来を読み、文明の行く末すら見通すことができた。


そんな彼が――


たった一人の女子高校生の言葉に、完全に困惑していた。


「…………」


レンは小さく息を吐く。


「……どうすればいいんだ?」


答えは出なかった。


彼は靴を履き替えると、そのまま学校を後にした。


帰り道も、頭の中には綾乃の言葉が何度も浮かんでいた。


――『あなた、私のこと尾行してるの?』


――『人を尾行するの、あなた本当に下手だから』


――『私に近づいて信用を得ようとするのもやめて』


レンは眉間に皺を寄せる。


「……でも、本当に何もしてないんだけどな」


夕暮れの東京。


大勢の人々が行き交う街の中で、レンは一人、途方に暮れていた。


かつて神々すら恐れた男が。


数え切れないほどの世界を支配した存在が。


今では――


一人の少女との誤解を解く方法すら分からない。


レンは深くため息をついた。


「……普通の人間って、難しいな」


そう呟きながら、レンは家へと歩いていった。


完全な困惑と戸惑いを抱えたまま。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。