第70話「ある出来事」
放課後、僕は家で使うものを買うため、学校の近くにある店へ立ち寄った。
買い物を済ませると、そのまま家に向かって歩き始めた。
帰り道、横断歩道の前まで来ると、信号が青に変わるのを待つ人たちが立っていた。
その近くには、六、七歳くらいの男の子と、十六歳くらいに見える姉がいた。
男の子は小さなボールで遊んでいたが、不意に手からボールが滑り落ち、道路へ向かって転がっていった。
「あっ! 僕のボール!」
男の子は声を上げると、ボールを追いかけて走り出した。
「待って! 走っちゃダメ!」
姉が慌てて叫んだ。
しかし、男の子はすでに道路へ飛び出してしまっていた。
そのとき、こちらに向かってくる車が目に入った。運転手も男の子に気づいたようだったが、車との距離はあまりにも近かった。
僕はすぐに駆け出し、男の子のところまで走ると、その体をつかんで歩道へ引き戻した。
次の瞬間、車がすぐそばを通り過ぎていった。
その場に、しばらく静けさが広がった。
姉はすぐに弟のもとへ駆け寄り、ぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫!? もう、こんなことしちゃダメだよ! 本当に心配したんだから!」
男の子は姉に抱きしめられたまま、怯えた様子で小さくうなずいた。
やがて、姉は僕のほうを向いた。
「本当にありがとうございます! あなたが助けてくれなかったら……」
「大丈夫だよ。二人とも、気をつけてね」
「ありがとうございます……本当に、ありがとうございました!」
僕は軽く微笑むと、道路に転がっていたボールを拾い、男の子に手渡した。
「はい。次からは気をつけるんだよ。ボールを追いかけて道路に飛び出しちゃダメだからね」
「うん……ありがとう、おじさん!」
その呼び方に少し驚いたが、僕は特に何も言わなかった。
姉はもう一度僕にお礼を言い、弟と一緒に帰っていった。
僕は二人の後ろ姿を見送ってから、再び家路についた。
歩道を歩きながら、僕はふと考えた。
人の一生は短く、予測できない出来事に満ちている。それでも、人は限られた時間の中で、数え切れないほどの感情を経験し、幸せを見つけ、大切なものを手にしていく。
もしかすると、そんな短い人生だからこそ、そこにはかけがえのない価値があるのかもしれない。




