第59話:「修学旅行を前に」
いつもと変わらない、学校の朝。
始業のチャイムが鳴り、生徒たちが席に着くと、担任の教師が教室に入ってきた。
彼女はパンパンと手を叩き、生徒たちの注意を引いた。
「はい、みんな! 今週はいよいよ修学旅行です。行き先は京都ですよ!」
その瞬間、教室が一気に賑やかになった。
生徒たちは目を輝かせ、訪れたい観光地や食べたいものについて、さっそく楽しそうに話し始めた。
そんな中、レンは窓の外を眺めながら、ぼんやりと考え込んでいた。
京都か……。
あそこに行くのも、もう百年ぶりくらいになるな。今はどれくらい変わっているんだろう。
レンはしばらく昔の記憶を思い返した。
彼にとって、百年や二百年という時間は決して長いものではない。それでも、人間の暮らす街は時代とともに姿を変えていく。かつて見慣れていた景色が消え、新しい建物が並び、人々の生活も少しずつ変わっていく。
京都もきっと、昔とは違う街になっているのだろう。
まあ、今の京都がどんなふうになっているのか、見てみるのも悪くないか。
レンがそんなことを考えていると、タケオが身を乗り出し、興奮した様子で話しかけてきた。
「レン! 聞いたか!? 京都だぞ、京都! 絶対に同じ班になろうぜ! それに、ホテルでも最高の部屋を確保したいよな! 俺、もう行きたいアニメグッズの店まで調べてあるんだ!」
「タケオ、お前って本当に子供みたいだな」
カイトが呆れたように笑った。
「まだ出発もしてないのに、もう全部計画してるのかよ」
「私もそう思う」
ミコも苦笑しながら頷いた。
レンはふと思い出したように、アイノのほうを向いた。
「アイノ、お前も行くんだよな?」
「うん、もちろん」
アイノは柔らかく微笑んで答えた。
その後、教師はもう一度手を叩いて生徒たちを落ち着かせると、修学旅行の日程や注意事項が書かれた資料を配り始めた。
しかし、教室のざわめきはなかなか収まらなかった。生徒たちは配られた資料を眺めながら、三日間の予定について楽しそうに話し合っていた。
タケオはレンの手元にある資料を覗き込むと、勢いよく言った。
「アイノも行くなら、もう最高のメンバーじゃん! レン、カイト、ミコ、アイノ、それに俺! この五人で班を組もうぜ! 有名な寺も神社も回れるし、でっかい電気屋にも寄れるぞ!」
「タケオ、少し声を落とせよ。先生がこっちを見てるぞ」
カイトが冷静に注意した。
ミコは振り返り、少し目を細めた。
「そもそも、班分けは学級委員が先生と相談して決めるんでしょ? 全員が同じ班になれるとは限らないわよ。アイノはどう? この騒がしい連中と一緒でも平気?」
「えっと……うん、私は別に構わないよ」
アイノは少し困ったように笑った。
「誰と一緒でもいいけど、あまり慌ただしくならないといいな」
「よし、決まりだな!」
タケオが嬉しそうに声を上げた。
「いや、まだ何も決まってないからな」
カイトがすかさず突っ込む。
そんなやり取りをしながら、五人は修学旅行の計画について話し続けた。
やがて、最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
教師は教科書や出席簿をまとめると、教室を出る前に念を押した。
「それじゃあ、班の希望は木曜日までに学級委員に提出してくださいね。勝手に決めてしまわないように」
「はーい!」
何人かの生徒が返事をした。
教師が教室を出ると、クラスは再び賑やかになった。
生徒たちは机を動かしたり、教科書を鞄にしまったりしながら、それぞれの友人と修学旅行の計画について話し始めた。
タケオは待ってましたとばかりに立ち上がり、レンの机に両手をついた。
「よし、みんな! 今日のうちに行きたい場所をリストアップしようぜ! カイト、ペン持ってるか? ちゃんと書き出しておけば、学級委員も間違えないだろ!」
「はいはい、分かったよ」
カイトは鞄からノートを取り出し、空いているページを開いた。
「ただし、お前の行きたいアニメショップばかりじゃ駄目だからな。先生に提出する計画なんだから、歴史的な場所もちゃんと入れないと」
「分かってるって!」
タケオは軽く手を振った。
「まずは金閣寺だろ。それから、あの赤い鳥居がいっぱい並んでるところ……伏見稲荷大社! あそこも外せないよな。レン、お前はどう思う?」
「悪くないと思うぞ。どちらも見応えのある場所だしな。ただ、観光客は多いだろうな。特に伏見稲荷は、かなり混雑するはずだ」
レンは落ち着いた口調で答えた。
「うわ、それはありそうだな……」
タケオが少し考え込んだところで、ミコが会話に加わった。
「そこは私もレンに賛成。京都は観光客が多いし、人気のある寺社は特に混雑するからね。移動に時間がかかったり、長い列に並んだりしていたら、予定どおりに回れなくなっちゃうわ」
ミコは肩に鞄を掛けると、アイノに視線を向けた。
「そういえば、アイノはどこか行ってみたいところある?」
アイノは顔を上げ、柔らかく微笑んだ。
「そうだな……。私は祇園の古い町並みをゆっくり歩いてみたいかな。ああいう場所って、昔ながらの雰囲気が残っていて素敵だと思うから。特に行きたいお店があるわけじゃないけどね」
「いいね、それ!」
タケオがすぐに反応した。
「じゃあ、祇園も予定に入れようぜ!」
「お前、本当に何でも予定に入れるな……」
カイトは苦笑しながら、ノートにいくつかの候補を書き込んだ。
「まあ、いいか。とりあえず、これで候補は揃ったな。五人の名前も書いて、学級委員に提出してくるよ。他の連中に先を越される前にな」
カイトは名前を書き添えると、ノートから丁寧にページを切り離した。
「じゃあ、みんな。帰りながら残りの予定を考えようぜ!」
タケオが楽しそうに声を弾ませた。
こうして、五人は連れ立って教室を出た。
廊下は、修学旅行の話で盛り上がる生徒たちでいっぱいだった。どの班も行き先や予定について楽しそうに語り合っている。
普通の高校生にとって、三日間の修学旅行は勉強から少し離れ、友人たちと特別な時間を過ごせる貴重な機会だった。
そして、レンにとっても、それは決して無意味なものではなかった。
彼は長い年月の中で、数え切れないほどの景色を見てきた。国が生まれ、栄え、やがて滅びていく様子も、人々の暮らしが時代とともに変わっていく様子も、嫌というほど目にしてきた。
かつての彼なら、そんな変化をただ眺めていただけだったかもしれない。
だが、今は違う。
友人たちとくだらない話をし、行き先を相談し、何気ない時間を共有する。
以前の彼にとっては、取るに足らないことだった。
それでも今は、そんな日常の中にも少しずつ興味を覚え始めていた。
三日間、か……。
レンは前を歩くタケオたちを眺め、口元に小さな笑みを浮かべた。
まあ、たまにはこういうのも悪くない。
そう思いながら、彼は三人の後を追って歩き出した。




