↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
6/73

第5話「最初の一ページ」


朝は、静かに始まった。


レンは目を開けると、数秒間ぼんやりと天井を見つめていた。


窓の外はすでに明るく、カーテンの隙間から差し込む朝日が、部屋の床を淡く照らしている。


レンはベッドから起き上がると、顔を洗い、制服に着替えた。


そして階下へ降り、朝食を済ませる。


荷物をまとめ、家を出た。


通学路には、すでに多くの生徒が行き交っていた。


友達と話しながら歩く者。


遅刻しないように急ぐ者。


まだ眠そうな顔で、ゆっくり歩いている者。


そんな生徒たちの横を、レンはいつも通り落ち着いた足取りで歩いていく。


しばらくすると、見慣れた校舎が見えてきた。


レンは校門をくぐり、校舎へ入る。


階段を上り、教室へ向かった。


一時間目。


授業はいつも通りだった。


二時間目。


三時間目。


特に変わったことはない。


レンは自分の席に座り、教師の話を静かに聞いていた。


大半の教科に対して、特別な興味があるわけではない。


ただ、一つだけ例外があった。


歴史。


中でも、日本史が好きだった。


レンが歴史に惹かれる理由は、単純に過去の出来事を知ることが好きだからというわけではない。


なぜ、人々はその決断をしたのか。


なぜ、ある者は戦争を始め、別の者は同盟を結んだのか。


なぜ、成功を収めた君主がいる一方で、すべてを失った者もいるのか。


出来事そのものよりも、その裏側にある人間の考えや選択。


レンは、そういったものを知るのが好きだった。


やがて、次の歴史の授業が始まった。


教師は教科書を開き、前回から続いている戦国時代の話を進めていく。


しばらくして、教師は本を閉じ、教室を見渡した。


「よし。じゃあ、少し難しい質問をしてみようか」


教室が静かになった。


「織田信長が戦国時代に、あれほど急速に勢力を拡大できた理由を説明できる人はいる? 少なくとも二つ挙げてみて」


何人かの生徒が考え込む。


その中で、レンが静かに手を挙げた。


「レン」


「織田信長は、単純に軍事力だけで勢力を広げたわけではないと思います」


レンは落ち着いた声で答えた。


「商業や流通に関する仕組みを変えたり、既存の勢力を弱めたり、それまでとは異なる戦い方を取り入れたりしたことも大きかったんじゃないでしょうか。そうした複数の要因が重なったことで、勢力を急速に拡大できたんだと思います」


教師は満足そうに頷いた。


「その通り。よく考えているね」


「ありがとうございます」


レンは手を下ろし、再び黒板へ視線を戻した。


レンにとっては、ごく普通の質問だった。


授業はそのまま続いていった。


やがて、最後のチャイムが鳴った。


生徒たちが一斉に帰り支度を始める。


すぐに帰る者もいれば、友達と話しながら教室に残る者もいる。


レンは少しだけ図書室に寄ってから帰ることにした。


教室を出て、廊下を歩いていく。


図書室まであと少しというところで、前方に一人の女子生徒が見えた。


両手いっぱいに本を抱えている。


かなりの量だった。


彼女は本を落とさないよう、慎重に歩いていた。


しかし――


一冊の本が、腕の隙間から滑り落ちた。


ドサッ。


鈍い音を立てて、本が床に落ちる。


女子生徒は足を止め、落ちた本を拾おうとした。


ところが、その拍子に残りの本まで次々と腕から滑り落ちていく。


数秒後には、何冊もの本が床に散らばっていた。


開いてしまった本もあり、何枚かのページは少しだけ折れ曲がっている。


レンは足を止めた。


数秒間、床に散らばった本を見つめる。


そして、静かに彼女のもとへ歩いていった。


レンはしゃがみ込み、何も言わずに本を拾い始める。


女子生徒も膝をつき、散らばった本を拾っていく。


二人はしばらく、無言のまま本を集めた。


やがて、レンは最後の一冊を拾い上げると、彼女へ差し出した。


彼女はそれを受け取り、レンを見る。


「……ありがとう」


「気にしなくていい」


それだけだった。


女子生徒は腕の中の本を抱え直す。


そして、二人はそれぞれ別の方向へ歩き出した。


レンも数歩進む。


しかし――


ふと、足を止めた。


……この子、俺のクラスメイトじゃないか。


レンは振り返り、彼女の後ろ姿を見つめた。


「……水原愛奈」


ようやく名前を思い出した。


同じクラスで一年近く過ごしている。


それなのに、今までほとんど話したことがない。


まともに関わったことすらなかった。


レンが知っているのは、ほんの少しだけだ。


クラスでも成績が良いほうで、ほとんどの教科で高い点数を取っている。


特に、国語や歴史などの文系科目が得意だったはずだ。


それくらいしか知らない。


レンはもう数秒だけ愛奈の後ろ姿を見つめた。


そして、小さく肩をすくめる。


まあ、いいか。


そう思い直し、再び歩き始めた。


数分後。


レンは図書室へ入った。


中は静かだった。


廊下とは違い、人の声もほとんど聞こえない。


レンは本棚の間を歩いていき、日本史の棚の前で足を止めた。


背表紙に指を滑らせながら、何冊かの本を眺める。


やがて一冊の本を手に取った。


表紙には、戦国時代について書かれている。


レンは本を開き、そのまま読み始めた。


そこに書かれている出来事は、ほとんど知っている。


なぜ起こったのか。


どのように進んだのか。


そして、どんな結果を迎えたのか。


レンにとっては、すでに知識として頭に入っていることばかりだった。


それでも、ページをめくる。


知識を得るためだけではない。


現代の作家たちが、昔の出来事をどのように描いているのか。


それを見るのも、レンにとっては面白かった。


時々、わずかな違和感を覚えることもある。


あるところでは出来事が簡略化されていたり、別のところでは同じ出来事が違った視点から描かれていたりする。


レンはページをめくりながら、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「……面白い解釈だな」


そして、また一ページをめくる。


静かな図書室の中で、レンはそのまま本を読み続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。