第56話:「日常」
家に帰ったレンは着替えを済ませ、自分の部屋へ向かった。
ベッドに近づくと、そのまま仰向けに寝転がり、天井を見つめた。
しばらくの間、今日一日の出来事を思い返しながら、何も言わずに横になっていた。
とはいえ、いつまでも考え込んでいるつもりはなかった。
明日からまた学校だ。
* * *
月曜日の朝。
レンは授業が始まる少し前に教室へやって来た。
教室に入ると、すぐにタケオとミコが声をかけてきた。
「おはよう、レン!」
「おはよう」
二人に近づいたレンは、少し不思議そうに二人を見比べた。
「珍しいな。今日はまだ言い争ってないのか?」
「私たち、別に言い争ったりしてないけど?」
ミコがすかさず反論した。
「はいはい、そうだな」
「なんでそんな言い方するの!?」
「別に」
タケオが横でニヤニヤしていると、ミコがすぐにそちらを向いた。
「ちょっと、何笑ってるの?」
「いや、別に!」
「ならいいけど」
レンは呆れたように首を振ると、自分の席に向かった。
ほどなくして、アイノが教室に入ってきた。
レンの姿を見つけると、彼のところへ歩いてくる。
「おはよ、レン!」
「おはよう、アイノ」
「よく眠れた?」
「ああ。アイノは?」
「うん。今日はなぜか目覚ましが鳴る前に目が覚めちゃった」
「そういう日もあるだろ」
アイノは微笑むと、自分の席へ戻っていった。
しばらくすると、カイトも教室にやって来た。
「よっ、レン!」
「おはよう、カイト」
カイトはタケオとミコに目を向けた。
「二人とも、もう何か面白い話でもしてたのか?」
「いや、まだだな。でも、時間の問題だと思うぞ」
レンが答えると、タケオがすぐに反応した。
「おい、聞こえてるぞ!」
「聞こえてるなら、聞き返す必要もないな」
レンは平然と言った。
カイトは思わず笑い、ミコは呆れたように首を振った。
「二人とも、ほんと変わってるよね」
「なんで俺まで巻き込まれてるんだ!?」
タケオが声を上げたところで、始業のチャイムが鳴った。
みんな自分の席に戻り、ほどなくして先生が教室に入ってきた。
こうして、いつも通りの一週間が始まった。
* * *
午前中の授業は、特に何事もなく進んでいった。
休み時間になると、タケオがレンのほうを向いた。
「なあ、さっきの数学の問題、分かったか?」
「ああ。それがどうした?」
「どうやって解いたのか、教えてくれないか?」
レンはタケオの開いたノートに目を落とした。
「そもそも、問題文はちゃんと読んだのか?」
「もちろん!」
「最後まで?」
タケオは言葉に詰まった。
「……だいたいは」
レンは小さくため息をつき、ノートを引き寄せた。
「ここ、条件を一つ見落としてる。だから答えが合わないんだよ」
そう言って、レンは手短に解き方を説明した。
説明を聞き終えたタケオは、もう一度問題を見直した。
「ああ、なるほど! そういうことか!」
「それはよかったな」
「助かったよ、レン!」
「次からは問題文を最後まで読めよ」
「分かった、分かった!」
その様子を隣の席から見ていたミコが口を挟んだ。
「タケオ、昨日は授業中にもっと集中するって言ってたよね?」
「ちゃんと集中してたぞ!」
「じゃあ、なんで問題が解けなかったの?」
「問題が難しかったからだよ!」
「本当にそれだけ?」
「ミコ!」
レンはノートを閉じ、自分の席に戻った。
どうやら、二人の言い合いはまだ終わりそうになかった。
* * *
昼休みになると、レンたちは揃って食堂へ向かった。
食堂はいつもより混雑していて、空いている席を見つけるまで少し時間がかかった。
それぞれ昼食を受け取ったあと、ようやく空いているテーブルに座った。
「やっと落ち着いて食べられるな」
タケオがほっとした様子で言った。
「並んでる間も食べるときも、別に変わらないだろ」
カイトがそう返す。
「いや、あれだけ人が多いと落ち着かないんだよ」
「それで?」
ミコが首を傾げた。
「……いや、別に。そう思っただけだよ」
レンは二人のやり取りを聞きながら、昼食を食べ始めた。
隣に座っていたアイノは、しばらく黙って食べていたが、やがてみんなに尋ねた。
「そういえば、みんなは今度の週末、何か予定ある?」
「まだ決めてないな。どうして?」
カイトが答えると、アイノは軽く首を振った。
「ううん、ちょっと気になっただけ」
「俺はたぶん家にいるかな。やっておきたいことがあるし」
タケオがそう言うと、ミコが疑わしそうに彼を見た。
「宿題?」
「それだけじゃない!」
「じゃあ、宿題もあるんだ」
「なんでそうなるんだよ!」
「いつも後回しにしてるからでしょ」
「いつもじゃない!」
「ほとんど毎回だろ」
カイトまで口を挟んだ。
タケオは意外そうにカイトを見た。
「お前までそっち側なのかよ……」
「別にどっち側でもないだろ」
レンが淡々と答えた。
「ただ、二人の言ってることが合ってるだけだ」
アイノは小さく笑った。
「じゃあ、これ以上は聞かないでおくね」
「そうしてくれ……」
タケオはそうつぶやくと、再び昼食に集中した。
その後、話題は自然と別のことに移った。
カイトが最近観た映画の話をすると、ミコはその結末について興味を示した。
タケオも会話に加わったが、どうやらその映画自体はまだ観ていないらしい。
レンは基本的に聞き役に回り、ときどき話を振られると答えていた。
友人たちと過ごしていると、時間はあっという間に過ぎていく。
* * *
昼休みが終わり、午後の授業が始まった。
最後の授業が近づく頃には、タケオもすっかり疲れた様子で、何度かこっそり時計を確認していた。
レンも気づいていたが、特に何も言わなかった。
やがて、終業のチャイムが鳴った。
「やっと終わったー!」
タケオはほっとした声を上げながら、教科書をカバンにしまった。
「明日も学校だけどな」
カイトがそう言うと、タケオはすぐに顔をしかめた。
「今その話はするなよ……」
ミコは荷物をまとめて立ち上がった。
「じゃあ、私は帰るね。また明日!」
「うん、またね」
アイノが答えた。
カイトもみんなに挨拶をして、先に教室を出ていった。
タケオはレンの席のそばで足を止めた。
「レン、お前もこのまま帰るのか?」
「ああ。どうかしたのか?」
「いや、別に。じゃあ、また明日な!」
「また明日」
タケオも教室を出ていった。
残ったレンが帰り支度をしていると、アイノがカバンを閉じて彼のところへやって来た。
「レン、一緒に帰らない?」
「もちろん」
二人は連れ立って教室を出て、校舎の出口へ向かった。
外に出ると、暖かな空気が二人を包んだ。
帰り道、アイノは今日の授業について話したり、次の授業に向けて復習しておこうと思っていることを話したりしていた。
レンは彼女の話に耳を傾け、ときどき言葉を返した。
やがて、二人が別々の道へ進む場所に着いた。
アイノは足を止め、レンに向き直った。
「じゃあ、また明日ね!」
「ああ、また明日」
アイノは少しだけ間を置いてから、笑顔で言った。
「遅刻しないでよ?」
「俺は遅刻なんてしないぞ」
「じゃあ、これからもその調子でね!」
そう言って、アイノは手を振りながら帰っていった。
レンは彼女の後ろ姿をしばらく見送ったあと、自分も帰路についた。
何の変哲もない一日だった。
けれど、レンはそんな日常が、案外気に入っていた。




