第54話:「隠していた真実」
授業が終わったあと、俺とアイノはしばらく学校に残っていた。
ようやく外に出た頃には、すっかり夕方になっていた。
俺たちは一緒に帰りながら、他愛もない話をしていた。
いつもと変わらない帰り道。
そんな中、アイノがふと口を開いた。
「ねえ、レン。私、ずっと気になってたことがあるんだけど」
俺は彼女のほうを向いた。
「何だ?」
「レンって、何か隠してるような気がするんだよね。みんなには話してないことがあるんじゃないかなって」
「どうしてそう思うんだ?」
「うーん……なんとなく。レンって、いつもどこか謎めいてるし、考え込んでることも多いでしょ? 時々、すごく遠い何かを見つめてるみたいな顔をするから」
彼女は少しだけ間を置いてから、続けた。
「レンが何を隠してるのか、私にはわからない。でも、何か悩んでることがあるなら、話してくれてもいいんだよ。何でも一人で抱え込まなくていいんだから。私でよければ、ちゃんと話を聞くよ」
俺は数歩進んだところで立ち止まった。
「話を聞く、か……」
思わず、小さな声が漏れた。
そして、彼女に向き直る。
「……本当に、俺の知っていることを話してもいいのか?」
アイノはまっすぐ俺の目を見つめた。
「うん。ちゃんと聞くよ」
俺はしばらく黙っていた。
「……わかった。じゃあ、三十分後に公園で会おう」
「うん、わかった」
俺たちはそこで別れた。
そうだ。
この話をするために、少し心の準備が必要だ。
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三十分後、公園にやってきたアイノは、ベンチに座っている俺を見つけた。
「レン!」
俺は立ち上がった。
「ついてきてくれ」
「え? どこに行くの?」
「すぐにわかる」
俺たちは高い建物のほうへ向かった。
建物の前で足を止め、俺はアイノに向き直った。
「……ちょっと、抱きかかえるぞ」
「えっ!? な、何で!?」
アイノは顔を赤くし、戸惑った様子を見せた。
俺は彼女をそっと抱き上げた。
「れ、レン!?」
「しっかりつかまってろよ」
「ちょ、ちょっと待って! 何するつもり——」
アイノが言い終わる前に、俺たちの体は地面から離れた。
そのまま、勢いよく空へと舞い上がる。
「きゃあああっ!? れ、レン!? 飛んでるんだけど!?」
「そうだな」
「そうだな、じゃないよ! 私たち、本当に飛んでるじゃん!!」
数秒後、俺たちは建物の屋上にたどり着いた。
俺はアイノをそっと地面に下ろし、数歩離れた。
アイノは信じられないものを見るような目で、しばらく俺を見つめていた。
「レン……今の、どうやったの!?」
「全部説明するよ」
俺は手すりのそばまで歩き、夜の街を見下ろした。
少し落ち着きを取り戻したアイノも、俺の隣にやってきた。
「それで、どうしてこんなところに?」
俺はしばらく黙り、話すべきことを頭の中で整理した。
「アイノ。これから話すことは、きっと信じられないと思う」
「さっき空を飛んだところを見たばかりだし、もう多少のことじゃ驚かないと思うよ」
俺は小さく笑った。
「それはどうかな」
再び沈黙が訪れた。
「なあ、アイノ。普通の人間って、どれくらい生きられると思う?」
彼女は少し考えてから答えた。
「普通なら、八十歳か九十歳くらいかな。百歳まで生きる人もいるけど……それがどうしたの?」
俺は自分の手を見つめた。
「……もし俺が、三百億年も生きてきたと言ったら、信じるか?」
アイノがこちらを向いた。
「……え?」
「聞き間違いじゃない。三百億年だ」
彼女は俺の言葉を理解しようとするように、しばらく黙っていた。
「レン……冗談、だよね?」
「冗談じゃない」
俺は彼女の目を見つめた。
「俺は普通の人間じゃないんだ、アイノ。お前の知らない世界が生まれるよりも、ずっと昔から存在している」
俺は再び街へと目を向けた。
「三百億年の間、俺は数え切れないほどの文明が生まれ、滅びていくのを見てきた。世界そのものが終わりを迎えるところも見てきた。時代は移り変わり、永遠に続くと思われたものも、いつかは消えていった」
俺は少しだけ言葉を切った。
「かつて、俺は『血の皇帝』と呼ばれていた」
アイノは何も言わなかった。
「俺は絶大な力を持っていた。その名は、一つの世界にとどまらず、はるか遠くまで知られていた。けど、いつからか……そんなものはどうでもよくなった」
「……どうして?」
アイノが静かに尋ねた。
俺は視線を落とした。
「力があっても、どうにもならないことがあるからだ」
風が吹き、俺の髪を揺らした。
「大切な人たちが死んでいくのを見てきた。喜びも悲しみも分かち合った人たちが、少しずつ俺の人生からいなくなっていくのをな」
俺は手すりを握りしめた。
「最初は、いつか慣れると思っていた。時間が経てば、悲しみも薄れていくと思っていた。でも、何年も、何百年も、何千年も過ぎていくうちに……結局、同じことが繰り返されると気づいた」
俺はアイノを見た。
「誰かと出会う。親しくなる。その人が自分の人生に欠かせない存在になっていく。そして、いつかその人は死んでしまう」
俺は少しだけ黙った。
「……それでも、俺だけは生き続ける」
アイノは黙って話を聞いていた。
「顔も、声も、一緒に過ごした時間も、全部覚えている。それなのに、何一つ変えられない。時間を止めることも、その人の命を延ばすこともできない」
俺は視線をそらした。
「そして、何よりつらいのは……これが一度きりじゃないとわかっていることだ。また同じことが起きる。何度も、何度もな」
俺の声は、次第に小さくなっていった。
「愛する人たちが死んでいくのを、ただ見ていることしかできない。俺は、あの人たちと一緒に逝くことすらできないんだ。みんなが先に逝って、俺だけが残される。いつだって、そうだった」
俺は一瞬、目を閉じた。
「三百億年だ、アイノ。……その間に、俺がどれだけ同じ別れを経験してきたと思う?」
アイノは何も言わなかった。
「だから、俺は昔の人生を捨てた。皇帝でいることも、終わりのない戦いも、権力も、周りから崇められることも……もう、何もいらなかった。ただ、普通の人間として生きてみたかったんだ」
俺は彼女に向き直った。
「けど、過去が消えたわけじゃない。俺が本当は何者なのかも、変わってはいない」
アイノは、信じられない話を聞いたというような表情で俺を見つめていた。
「……じゃあ、今までずっと、一人で抱えてきたの?」
「……ああ」
アイノはうつむき、俺の話を考えるように黙り込んだ。
しばらくの間、俺たちは何も話さなかった。
やがて、アイノが静かに口を開いた。
「……だから、時々あんなに悲しそうな顔をしてたんだね」
俺は何も答えなかった。
彼女は俺を見上げた。
「レン……三百億年も生きるなんて、私には想像もできないよ。もし自分がレンと同じ立場だったら、どうなっていたのかもわからない」
アイノは少し黙ってから、微笑んだ。
「でも……話してくれてありがとう。私を信じてくれたんだね」
俺は彼女を見つめた。
「レンはレンだよ。今までと何も変わらない。ただ、レンのことを前より少しだけ知ることができた。それだけだよ」
俺は再び街へと目を向けた。
「……そうか」
「ねえ、レン?」
「何だ?」
「これからまたつらいことがあったら、一人で抱え込まなくてもいいからね。私に話してくれてもいいんだよ」
俺は彼女を見て、静かにうなずいた。
「……ああ。ありがとう、アイノ」
彼女は微笑んだ。
俺たちはそのまま、しばらく屋上から夜の街を眺めていた。
久しぶりに、少しだけ心が軽くなった気がした。
少なくとも今は、過去の一部を彼女に隠さずに済む。
「……あ、そうだ、レン!」
突然、アイノがこちらを振り向いた。
「ん?」
「次からは、いきなり抱きかかえて屋上まで飛ぶのは禁止だからね! せめて先に言ってよ!」
「……努力する」
「レン!」
俺は小さく笑った。
どうやら、変わらないものもあるらしい。




