第48話:「彼が語らないこと」
朝。
レンはいつもと変わらない時間に家を出た。
ポケットの中には、昨日拾った古いメダルが入っている。
学校へ向かう途中、何度かそのことを思い出したが、結局、取り出して確認することはなかった。
今考えても、何かが変わるわけではない。
そう思い、レンは余計なことを考えるのをやめて、いつもの道を歩き続けた。
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教室に入ると、アイノはすでに自分の席に座っていた。
レンに気づくと、彼女は軽く手を振った。
「おはよう、レン」
「おはよう」
短く挨拶を交わし、レンは自分の席へ向かった。
いつもと変わらない朝。
けれど、レンを見たアイノは、少しだけ首を傾げた。
「何かあったの?」
「どうして?」
「ううん。ただ、今日はいつもと少し違う気がしたから」
レンは一瞬、返事に迷った。
自分では普段どおりにしているつもりだった。
「別に、何もないよ」
「そっか」
アイノはそれ以上、何も聞かなかった。
そのまま自分のノートに視線を戻す。
レンはもう少し質問されると思っていたため、彼女の反応に少し驚いた。
けれど、アイノは答えを無理に聞き出そうとも、しつこく尋ねようともしなかった。
彼女を見ながら、レンは昨日拾ったメダルのことを思い出した。
それでも、アイノに大丈夫かと聞かれたとき、ほんの一瞬だけ、正直に答えてみようかと考えた。
そんな自分に、レンは少し驚いていた。
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昼休み。
昼食を終えたレンは、自分の席に座り、窓の外を眺めていた。
しばらくすると、アイノが近づいてきた。
「ここ、いい?」
「もちろん」
アイノは椅子を引き、隣に座った。
しばらく二人の間に沈黙が続いた。
やがて、アイノが先に口を開いた。
「ねえ、レン……」
「レンって、あまり自分のことを話さないよね」
「そうかな?」
「うん。もちろん、私だってレンのことを全部知ってるわけじゃないけど」
アイノは少し考えてから、続けた。
「でも、話したくないことまで無理に聞こうとは思わないよ」
レンは彼女のほうを向いた。
「気にならないのか?」
「気になることはあるよ」
アイノは迷わず答えた。
「でも、気になるからって、何でも聞いていいわけじゃないでしょ?」
レンは何も答えなかった。
彼はこれまで、人が質問するときには、何かしらの答えを求めているものだと思っていた。
単なる好奇心からだったり、自分の目的を果たすためだったり。
けれど、アイノは違った。
彼女はレンに心を開くよう説得しようとはしなかった。説明を求めることも、いつかすべてを話すと約束させることもない。
ただ、決めるのはレン自身だと考えているようだった。
「もし、いつまでも話さなかったら?」
レンが尋ねると、アイノは少し考えた。
「それなら、無理に聞かないよ。レンが決めることだから」
まるで、それが当たり前であるかのように、彼女は答えた。
「私は、レンの秘密を知るために一緒にいるわけじゃないから」
レンは少しだけ彼女を見つめた。
「じゃあ、どうして?」
「レンと話すのが好きだから」
アイノは微笑んだ。
「それじゃ、駄目?」
レンは窓の外へ視線を戻した。
「……分からない」
「そっか。じゃあ、ゆっくり考えてみて」
アイノはそれ以上、話を続けなかった。
なぜか、そのことがかえってレンの心に残った。
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放課後。
レンとアイノは、ほぼ同じ時間に学校を出た。
帰り道、二人はその日の授業や宿題について話していた。
途中、アイノが朝に起きたちょっとした困りごとについて話すと、レンはそれを聞き、簡単な解決方法を提案した。
アイノは思わず笑った。
「ほらね。考えてみると、意外と簡単なことってあるんだよ」
「そういうこともあるな」
レンも短く答えた。
二人はそのまま歩き続けた。
やがて、別々の道へ分かれる交差点に着いた。
「じゃあ、また明日ね」
アイノが言った。
「ああ、また明日」
彼女が立ち去ろうとした、そのときだった。
「アイノ」
レンが呼び止めた。
彼女は振り返った。
「どうしたの?」
レンは少しの間、言葉を探した。
すべてを話すことはできない。
それでも、今の自分にも伝えられることが一つだけあった。
「俺は、自分の行動の理由をいつも説明できるわけじゃない」
アイノは黙って彼の話を聞いていた。
レンは続けた。
「話せない理由があるんだ。話したいと思っても、話せないことが」
彼は、何か質問されるかもしれないと思っていた。
驚かれたり、理由を問いただされたりする可能性も考えていた。
けれど、アイノはただ静かに頷いた。
「うん、分かった」
「それでも、気にならないのか?」
「少しは気になるよ」
アイノは正直に答えた。
「でも、何もかも説明しなきゃいけないとは思わないから」
レンは黙った。
「いつか話したくなったら、そのときに聞かせて。今は、今までどおりでいいよ」
そう言って、アイノは微笑み、帰っていった。
レンは数秒その場に立ち止まったあと、自分も家へ向かった。
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夜。
レンはポケットから古いメダルを取り出し、机の上に置いた。
裏側に刻まれた紋章は、昨日見つけたときと何も変わっていない。
レンはそれをしばらく眺めたあと、椅子の背にもたれ、今日の会話を思い返した。
久しぶりに、自分には話せない理由があるのだと、誰かに伝えた。
それでも、相手に何かを説明するための言い訳を考える必要はなかった。
レンはメダルに目を向けた。
簡単には言葉にできないことがある。
一言二言で説明できるほど単純ではなく、誰かに打ち明けるには、あまりにも多くのものが関わっている秘密もある。
レンが抱えている秘密も、まさにそういうものだった。
神々でさえ、その真実を簡単には受け入れられないだろう。
レン自身、それを理解していた。
だからこそ、誰かに自分のことを打ち明けるのを避けてきた。
レンはメダルをしまい、明かりを消した。




