第46話: 「一本の傘の下で」
終業のチャイムが鳴った。
俺たちは他の生徒たちと一緒に一階へ降り、下駄箱へ向かった。
ガラス張りの玄関の向こうでは、雨が勢いよく降っている。
昇降口には生徒たちが集まっていた。すでに傘を開いている生徒もいれば、傘を持ってきていなくて、雨が弱くなるのを待っている生徒もいる。
俺は自分の下駄箱を開け、靴を履き替えて折りたたみ傘を取り出した。
その隣には愛乃がいた。
愛乃は鞄の中を確認すると、小さくため息をついた。
「……忘れた」
どうやら傘を家に置いてきたらしい。
俺は傘を開いて出口へ向かった。
数歩進んだところで、まだ軒下に立っている愛乃に気づく。
「一緒に行こう。どうせ帰る方向は同じだし」
「え?」
「傘、入るだろ」
愛乃は少し迷ったあと、俺のところまで歩いてきた。
「……ありがと、蓮」
「気にするな」
俺たちは学校を出た。
傘はそれほど大きくない。
自然と距離が近くなり、愛乃は少し緊張した様子で、前だけを見て歩いている。
俺はいつも通り歩き続けた。
「蓮……」
「ん?」
「大丈夫?」
「何が?」
「その……歩きにくくない?」
「別に」
俺は傘を少し愛乃のほうへ傾けた。
「もう少しこっちに寄ってくれ。右肩が濡れる」
「う、うん……」
愛乃はさらに少し近づいた。
しばらくして、また口を開く。
「蓮って、いつもそんなに落ち着いてるの?」
「たぶん」
「……今も?」
「何か問題あるのか?」
愛乃は俺の顔を見て、返事に困ったように目を逸らした。
「……ないけど」
それからしばらく、二人とも黙って歩いた。
ふと愛乃が傘を見る。
「蓮、また傘をこっちに傾けてる」
「そっちのほうが濡れないだろ」
「でも、蓮が濡れるよ」
「これくらい平気だ」
愛乃は何も言わなくなった。
数分後、俺たちは愛乃の家に着いた。
門の前で愛乃が傘の下から出て、こちらを振り返る。
「送ってくれて、ありがと」
「気にするな。また明日」
「うん。またね!」
愛乃が家の中へ入るのを確認してから、俺は道路を渡って自宅へ向かった。
玄関を開けると、キッチンから母さんが顔を出した。
「蓮、帰ってきたの?」
「ああ」
母さんは俺を上から下まで見て、首を傾げる。
「肩、濡れてるわよ?」
制服を見ると、右肩が濡れていた。
「傘が小さかったから」
「ふーん」
母さんが少しだけ笑う。
「誰と帰ってきたの?」
「愛乃。傘を持ってなかったから」
「なるほどね」
母さんはそれ以上何も言わなかった。
「風邪ひく前に着替えてきなさい」
「分かった」
俺は自分の部屋へ上がり、制服を着替えた。
それから一階へ戻る。
テーブルの上には、母さんが淹れてくれた温かいお茶が置いてあった。
「ほら」
「ありがとう」
俺は椅子に座り、湯気の立つ湯呑みを両手で包んだ。
窓の外では、まだ雨の音がしていた。




