第43話 「普通の買い物」
数分後、俺たちは路地を抜け、交差点まで来ていた。
「じゃあ、俺たちはこっちだから!」
タケオが手を上げる。
「また明日ね」
ミコも軽く手を振り、二人はそのまま自分たちの家がある方向へ歩いていった。
「俺もそろそろ帰るよ」
カイトもそう言って、別の道へと曲がっていく。
気づけば、俺とアイノだけが残っていた。
アイノは少しの間、何かを考えるように黙っていた。
そして、こちらを見る。
「……レン」
「ん?」
「これからスーパーに寄って、食材を買わないといけないんだけど……」
アイノは少しだけ言葉を濁した。
「よかったら、荷物を持つの手伝ってくれない?」
「もちろん」
「……本当に?」
「うん」
「ありがとう」
そう言って、アイノは小さく笑った。
俺たちは近くのスーパーへ向かった。
店内は明るく、夕方ということもあって、それなりに人が多い。
焼きたてのパンや野菜の匂いが混ざり合っていた。
俺は買い物かごを手に取り、アイノの後をついていく。
最初に向かったのは野菜売り場だった。
アイノは並んでいる野菜を一つずつ確認しながら、いくつか手に取っていく。
しばらくして、小さめのキャベツを二つ持ち上げた。
そして、俺を見る。
「レン、どっちがいいと思う?」
俺は二つを見比べた。
「こっち」
「どうして?」
「こっちのほうが新鮮そうだから」
「なるほど」
アイノは俺が選んだほうをかごに入れた。
そのまま、次の売り場へ向かう。
その後も、アイノは野菜や肉、調味料などを次々とかごに入れていった。
時々、俺に意見を求めてくる。
「レン、これは?」
「それでいいと思う」
「こっちは?」
「こっち」
「分かった」
やり取りは短い。
だが、アイノは特に気にする様子もなく、俺の答えを参考にして買う物を決めていった。
気づけば、かごはかなり重くなっていた。
「これで全部かな」
アイノがかごの中を確認する。
「たぶん大丈夫」
「じゃあ、レジに行こう」
俺たちは会計を済ませ、アイノが買ったものをいくつかの袋に詰めていく。
袋は思ったより多くなった。
俺は自然にそのうちのいくつかを手に取る。
「俺が持つよ」
「でも、結構あるよ?」
「大丈夫」
「……そう?」
アイノは少し心配そうに俺を見る。
「うん」
「じゃあ……お願い」
俺たちはスーパーを出て、アイノの家へ向かった。
両手に袋を提げて歩いていると、アイノが隣から何度かこちらを確認してくる。
「……本当に重くない?」
「重くない」
「本当に?」
「うん」
「そっか」
それ以上は何も言わず、アイノは俺の隣を歩いた。
数分後。
俺たちはアイノの家に到着した。
アイノが門を開ける。
「こっち」
俺も後に続いて敷地へ入る。
玄関の前まで来ると、アイノが振り返った。
「その袋、そこに置いてくれる?」
「ああ」
俺は言われた場所に買い物袋を置いた。
その時だった。
玄関のドアが開く。
「アイノ、おかえり」
家の中から女性が顔を出した。
そして、娘の隣に立つ俺を見て、少しだけ目を丸くする。
「あら、そちらは?」
「えっと……」
アイノが一瞬だけ言葉に詰まった。
「同じクラスのレンくん。今日、買い物を手伝ってもらったの」
「ああ、レンくんね」
母親は俺を見て、柔らかく笑った。
「前にアイノから話を聞いてたわ」
「お母さん……」
アイノの頬が少し赤くなる。
母親はそんな娘を見て、楽しそうに笑った。
「今日はありがとうね、レンくん。アイノ、助かったでしょう?」
「いえ、大したことではありません」
「そう? でも、家まで荷物を持ってきてくれたんだから、お礼くらいしないとね」
そう言って、母親は俺を見る。
「ところで、もう夕飯は食べた?」
「まだです」
「あら。だったら、よかったらうちで食べていかない?」
アイノがすぐに母親を見る。
「お母さん、急にそんな……」
「別に無理に誘ってるわけじゃないわよ」
母親は笑いながら続けた。
「予定がなければ、だけど」
俺は少し考えた。
特に断る理由はない。
「……では、お言葉に甘えて」
「ええ、どうぞ」
母親が玄関の中へ入るよう促す。
アイノは少し気まずそうに横へ避けた。
「……じゃあ、入って」
「うん」
俺は靴を脱いで、家の中へ上がった。
初めて入る、アイノの家。
「お母さん、買ってきたものは私が片付けるから」
「はいはい。じゃあ、お願いね」
母親は買い物袋を持ち上げながら笑った。
「レンくんは、アイノに任せておけばいいから」
「分かりました」
アイノが俺を見る。
「……こっち」
俺はその後についていく。
ただ買い物を手伝っただけのつもりだった。
それが、まさか夕飯までご馳走になることになるとは。
少しだけ、予想外の展開だった。




