第42話「高架下の歪み」
放課後、俺たちは五人で学校から帰っていた。
帰り道は、線路の高架下にある古い路地を通っていた。普段から人通りはほとんどない。
タケオはいつものように、ミコと大声で言い合っていた。
「だから、次の持久走では絶対に一位になるって言ってるだろ!」
「前も同じこと言ってたよね」
「今度は違う!」
そのときだった。
前方の空気が、わずかに重くなった。
高架を支えるコンクリートの柱の間。
その空間が、ほんの少しだけ揺らいだ。
俺は何気なくそちらへ目を向けた。
暗がりの中で、何かが蠢いている。
低級の存在。
盲目の寄生体。
俺自身の存在によって生まれたものだった。
俺の本来の力は、この地球の空間には大きすぎる。
力を抑えている今でも、その余波が周囲の現実をわずかに歪め、時々こういう存在を引き寄せたり、生み出したりすることがある。
普通の人間には、この歪みを見ることはできない。
彼らにとっては、ただの何もない路地だ。
その化け物が、音もなく身を低くした。
そして突然、影から飛び出した。
長く伸びた骨のような爪が、前を歩いていたタケオの背中へ向かう。
「……俺のせいか」
仕方ない。
俺は一瞬でタケオの前に出た。
そして、爪を腕で受け止める。
鈍い音がした。
鋼鉄の板すら貫けるはずの鋭い爪が、俺の皮膚に触れた瞬間、あっけなく折れた。
俺の体には傷一つない。
俺自身も、まったく動かなかった。
化け物は動きを止め、自分の折れた爪を呆然と見つめている。
俺は迷わず拳を握った。
そして、その体の中心へ短く拳を打ち込む。
力は極限まで抑えた。
ここで力を出しすぎれば、高架ごと吹き飛ばしてしまう。
それでも十分だった。
化け物の体が内側から崩れ、その存在そのものが一瞬で消滅する。
黒い灰だけが空中に舞い、すぐに消えていった。
すべて、一秒にも満たない出来事だった。
タケオはまだ振り返っていない。
「おい、レン。何してるんだ?」
ようやくタケオが振り返った。
俺の上げた腕を見て、不思議そうな顔をする。
「何かあったのか?」
俺はゆっくりと腕を下ろした。
「野良犬が角から飛び出してきただけだ」
「犬?」
タケオは頭をかいた。
「それにしても、すごい反応だったな」
「反射的に動いただけだ」
「まあいいか。早く行こうぜ。もうすぐ電車が通る時間だろ? ここ、うるさくなるぞ」
「そうだな」
アイノはミコの隣を歩きながら、いつも通りバッグを持っていた。
暗がりのほうには一度も目を向けない。
二人はそのまま話を続けていた。
俺もみんなの後を歩く。
普通の人間として過ごす毎日の中には、こういう隠れた危険もある。
しかも、その原因の一つは俺自身だ。
それでも、今のところ俺の「普通の人間」という偽装は、うまく機能している。
それなら、それで十分だった。




