第41話: 「スポーツテストと正確無比な計算」
二時間目が終わると、クラス全員が体操服に着替え、学校のグラウンドへと集められた。
こうした体育の記録測定は、毎年決まって秋に行われる。
男子の最初の種目は、百メートル走だった。
ストップウォッチを手にした体育教師がスタートラインまで歩いていき、最初の三人の名前を呼ぶ。
「レン、カイト、タケオ! 第一組、準備!」
「おおおっ! よし、今回は絶対に一番になるぞ!」
タケオはその場でぴょんぴょん跳ねながら、勢いよく膝を動かして準備運動を始めた。
「この日のために週末はプロの短距離走まで見て研究したんだ! スタートの姿勢は――」
「タケオ、うるさい!」
体育教師が鋭い声を飛ばす。
「学校の体力測定だ。オリンピックじゃない。いいから普通に立て」
「はいっ!」
タケオはびくっと背筋を伸ばすと、すぐに黙って自分のレーンへ向かった。
カイトはいつも通り落ち着いた様子でスタート地点へ歩き、ジャージの襟を軽く直す。
そして、柔らかな笑みを浮かべた。
「タケオ、気合いを入れすぎてスタートで転ばないようにな」
「なっ! 俺のスタートは完璧だぞ!」
タケオはすぐさま反論した。
そして、こちらを振り返る。
「なあ、レン。お前は準備できてるか?」
「ああ」
短く答え、俺も自分のレーンにつく。
三人並んでスタートブロックに足をかけた。
俺は目の前のトラックへ視線を落とした。
――目立たない結果を出す必要がある。
問題は、どの程度が「普通」なのかということだった。
俺はこれまでに得た現代の学校生活に関する知識を、頭の中ですばやく整理する。
平均値だけを基準にするのは適切ではない。
学校によっても、生徒によっても、運動能力には当然ばらつきがある。
ならば、必要なのは「平均的な記録」ではない。
俺が求めるべきなのは――安全な記録だ。
遅すぎて運動が苦手だと思われるのは避ける。
速すぎて注目を集めるのも避ける。
そして、クラスの運動能力が高い生徒と比較されるほどの記録にもならないようにする。
条件を整理し、最適な数値を算出する。
計算に要した時間は、一瞬だった。
――13秒46。
これなら問題ない。
速すぎず、遅すぎない。
特に目立つこともないだろう。
教師がスタートピストルを持ち上げる。
「位置について……」
三人が身構える。
「よーい……」
乾いた発砲音がグラウンドに響いた。
「うおおおおっ!」
タケオが雄叫びを上げながら、一気に飛び出した。
対するカイトは、無駄のない滑らかなフォームで走り出す。
俺は意図的に、ほんの一瞬だけスタートを遅らせた。
一般的な人間らしい反応速度を再現するためだ。
そして走り出す。
もちろん、本気ではない。
速度を細かく調整しながら、一歩一歩を進めていく。
これは思った以上に神経を使う作業だった。
速く走ることなど簡単だ。
問題は、速く走れる身体を使って、あえて速く走らないことだった。
一歩ごとに速度を微調整し、無意識のうちに本来の力が出ないよう制御する。
――まったく、妙なものだ。
三百億年もの間、俺は軍勢の動きを計算し、天体の軌道を読み、文明の命運を左右する戦いの行方すら予測してきた。
それなのに今は。
十五歳の少年として不自然に見えないように、百メートルをどれだけ遅く走るべきかを計算している。
少しだけ可笑しくなった。
中盤に差しかかると、タケオが「はぁ、はぁ」と激しく息を切らし始める。
徐々に速度も落ちてきた。
一方、カイトは最後まで安定したペースを崩さない。
そして、そのまま一着でゴールを駆け抜けた。
俺は歩数を確認しながら、最後の数歩を調整する。
そして――三着でゴールラインを越えた。
計算通り。
ほぼ誤差なし。
体育教師がストップウォッチを確認し、結果を読み上げる。
「カイト、12秒1! タケオ、13秒9! レン、13秒46!」
俺はすぐに両手を膝につき、わざと肩を上下させた。
「はぁ……はぁ……」
少し息を荒くする。
隣では、本当に限界まで走ったタケオが激しく息を切らしていた。
それを見れば、俺の演技も自然に見える。
そこへ、ほとんど疲れた様子のないカイトが歩いてきた。
「お、レン。ちょうどいいタイムじゃん」
カイトがタオルを差し出してくる。
「まるで時計みたいに、ぴったり走ったな」
「たまたまだよ」
俺は受け取ったタオルで顔を拭きながら、何事もなかったように答えた。
カイトはいつものように明るく笑うと、俺の肩を軽く叩いた。
その表情には、疑いの欠片もない。
――完璧だ。
俺の計算は、今回も間違っていなかった。
俺たちはそのまま、クラスメイトが待つベンチへ戻っていく。
そこでは女子たちが次の種目を待ちながら休んでいた。
「タケオ、何その息! 百メートル走っただけなのに、まるでマラソンでも走ってきたみたいじゃん!」
近づいてきたミコが、からかうように笑った。
「ほら、レンのほうがよっぽど平気そうじゃん」
「なにぃ!?」
タケオが勢いよく顔を上げる。
「俺は本気で走ったんだよ! 分かってるのか!?」
「はいはい」
「はいはいじゃない!」
タケオが両手を振り回しながら騒ぎ始める。
そのおかげで、クラスの視線は完全に彼へ集まった。
俺はそんな騒ぎを横目に見ながら、ベンチへ視線を向ける。
そこにはアイノが座っていた。
彼女はタブレットを手にして、成績表の整理に集中している。
こちらには特に興味を示していない。
俺は静かにタオルで顔を拭いた。
13秒46。
目立たず、弱くも見えない。
今の俺には、これくらいがちょうどいい。
どうやら、人間の体育測定というものも――なかなか面白いものらしい。




