第35話「土曜日、そして最初の一投」
土曜日の午前十一時。
俺は約束通り、駅前に着いた。
すると、駅の入口にはすでに武雄が立っていた。
「お、レン!」
俺に気づいた武雄が手を上げる。
「今日はちゃんと時間通りだな」
「当たり前だろ! 今日はボウリングだからな!」
武雄は妙に張り切っていた。
今にもそのままボウリング場へ走り出しそうなくらいだ。
「でも、愛乃はお前が遅れるって言ってたぞ」
「失礼だな! 今日は絶対に遅れないって決めてたんだよ!」
そんな話をしていると、愛乃と美子がやってきた。
「お待たせ」
「おはよう」
「お、二人とも来たか!」
武雄が嬉しそうに手を上げる。
愛乃は武雄を見るなり、少し驚いた顔をした。
「本当に時間通りだ……」
「だから言っただろ!」
「珍しいね」
「おい!」
美子がくすっと笑う。
その少し後ろから、海斗もやってきた。
「ごめん、待った?」
「ううん、今来たところ」
「じゃあ、行こうか」
海斗が笑う。
俺たちはそのまま駅を出て、ボウリング場へ向かった。
ゲームセンターまでは歩いて数分。
中に入ると、すぐにボウリングの音が聞こえてきた。
ボールがレーンを転がる音。
ピンが倒れる音。
あちこちから聞こえてくる歓声や笑い声。
「うおお、やっぱテンション上がるな!」
武雄が目を輝かせる。
受付を済ませて、俺たちはボウリング用の靴に履き替えた。
そして自分たちのレーンへ向かう。
「よし、まずは俺からだ!」
武雄は真っ先にボール置き場へ向かった。
「まだ順番決めてないけど?」
愛乃が言う。
「細かいことはいいんだよ!」
武雄は並んでいるボールを見渡した。
そして――
一番重そうなボールを手に取った。
「見てろよ、みんな!」
「それ、重くない?」
愛乃が心配そうに言う。
「これくらい余裕だって!」
武雄は意気揚々とレーンへ向かった。
助走をつけて、大きく腕を振る。
「それっ!」
ボールは勢いよく転がっていった。
……が、途中で少しずつ右へそれていく。
そして最後には、そのままガターへ。
ピンは一本も倒れなかった。
「…………」
武雄が固まる。
愛乃が口元を押さえている。
「おい、笑うな!」
「だって……」
「今のは試し投げだ!」
「はいはい」
愛乃が笑いながら頷く。
「すごい試し投げだったね」
「だから違うって!」
次は海斗の番だった。
海斗は慌てることなくボールを選ぶと、レーンへ向かう。
そして、ゆっくりとボールを転がした。
ボールはほぼ真っすぐ中央を進み――
一気に八本のピンを倒した。
「おお! すげえ!」
武雄が海斗の肩を叩く。
「やるじゃん!」
「まあ、こんなもんかな」
海斗は笑いながら戻ってきた。
続いて愛乃が投げる。
結果は六本。
美子は五本だった。
そして、俺の番が来た。
俺はボール置き場の前で立ち止まった。
……どれを選べばいいんだ?
並んでいるボールを見比べてみる。
色や大きさは違うけど、どれを選べばいいのかはさっぱり分からない。
適当に一つ取ろうとしたところで、海斗が近づいてきた。
「レン、初めてならこれがいいと思う」
海斗が少し軽そうなボールを取って、俺に渡してくる。
「これ?」
「うん。こっちのほうが投げやすいよ」
俺はボールを受け取った。
「それと、指はこう入れるんだ」
海斗が自分の手で持ち方を見せてくれる。
俺も同じように指を入れてみた。
「なるほど」
「狙いは真ん中くらいでいい。あとは力を入れすぎず、ゆっくり転がせば大丈夫」
「分かった。ありがとう」
「いいって。頑張れよ」
俺はボールを持ってレーンへ向かった。
立ち位置を確認して、海斗に言われた通りに投げる。
ボールはゆっくりとレーンを進んでいく。
少し左右に揺れながら、なんとか最後まで転がり――
端のピンに当たった。
カタン。
一本だけ倒れる。
残りの九本はそのままだった。
俺はスコアを確認した。
「おー!」
武雄が声を上げる。
「レン、ちゃんと一本倒したじゃん!」
「お前はゼロだったけどな」
「俺はたまたまだよ!」
「はいはい」
愛乃が笑う。
海斗も頷いた。
「初めてなら十分だよ。ちゃんと当たってたし」
「そうか?」
「うん。次はもう少し倒せると思う」
俺はみんなのところへ戻った。
すると、愛乃が少し横にずれて、隣のスペースを空けてくれた。
「お疲れ。ここ座れば?」
「ありがとう」
俺が座ると、愛乃がこちらを見る。
「初めてにしては、結構上手だったよ」
「一本だけだけど」
「それでも一本は一本でしょ」
愛乃は小さく笑った。
「私はもっとひどいことになると思ってた」
「海斗に教えてもらったからな」
「そっか」
愛乃は一瞬だけ海斗のほうを見る。
それから、また俺に視線を戻した。
「でも、ちゃんとできてたよ」
「そうか」
俺が頷くと、愛乃は少しだけ嬉しそうに笑った。
そして、二ゲーム目が始まった。
「今度こそ!」
武雄が再びボール置き場へ向かう。
またしても一番重そうなボールを選んだ。
「お前、またそれ?」
愛乃が呆れたように言う。
「これが俺の相棒なんだよ!」
「さっきガターだったけど」
「次は違う!」
武雄は気合いを入れて構える。
慎重に狙いを定め――
ボールを転がした。
今度はレーンの端まで行かず、ちゃんとピンの近くまで進んだ。
結果は二本。
「…………」
武雄が画面を見つめる。
「なんでだよ!」
「二本倒れたじゃん」
愛乃が笑う。
「そういう問題じゃねえ!」
武雄は頭を抱えながら戻ってきた。
「このレーン、絶対おかしいだろ!」
「レーンのせいにするの?」
愛乃が笑う。
「じゃあ何のせいだよ!」
「さあ?」
美子も笑っている。
その次は海斗の番だった。
海斗はボールを投げる。
そして――
十本すべてのピンが倒れた。
「ストライク!」
画面に表示された文字を見て、武雄が頭を抱える。
「なんで海斗は普通にできるんだよ!」
「たまたまだって」
「俺にもそのたまたまをくれよ!」
海斗が笑う。
そして、二回目の俺の番が来た。
海斗がこちらを見て、親指を立てる。
「レン、次もいこうぜ」
「どうすればいい?」
「さっきと同じで大丈夫。今度は少しだけ強めに転がしてみて」
「分かった」
俺はさっきと同じボールを手に取った。
今度は少しだけ力を込めて転がす。
ボールは前より速く進んだ。
途中で少し横へそれたものの、端に残っていたピンを二本倒した。
「おっ、二本!」
海斗が笑顔で手を上げる。
「ナイス!」
俺も手を上げて、海斗と軽く手を合わせた。
「さっきより増えたな」
「そうだな」
愛乃も嬉しそうに拍手する。
「すごいじゃん、レン!」
「二本だけどな」
「それでも前より上手くなってるよ!」
「そうか?」
「うん!」
愛乃が笑う。
その様子を見ていた美子が、愛乃のほうをちらっと見る。
そして、少しだけ口元を緩めた。
「……何?」
愛乃が気づく。
「別に?」
「絶対なんか言いたそうだったでしょ」
「何も言ってないよ」
美子は笑いながら視線をスコア画面へ戻した。
愛乃は少しだけ不思議そうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。
俺はソファに座り、みんなの様子を眺める。
その横では、武雄がまだ海斗に文句を言っていた。
「だから、このボールがおかしいんだって!」
「ボールじゃなくて、投げ方じゃないか?」
「絶対違う!」
「じゃあ、次は別のボールにしてみれば?」
「……いや、こいつを信じる!」
「なんでそこまで気に入ってるんだよ」
武雄と海斗のやり取りを見て、俺は思わず笑った。
愛乃と美子も笑っている。
そんな中、ゲームはまだまだ続いていった。




