↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
33/71

第32話「完璧なカモフラージュと安いクッキー」

放課後、俺たち三人――俺とアイノとタケオは、料理部の部室にやって来た。


タケオは息を切らしながら、まるで俺だけが最後の希望だと言わんばかりの顔で俺を見ている。


「それで、レン。作ってくれるんだよな?」


タケオは両手を胸の前で合わせた。


「昨日、先生が言ってたやつ! あの『傑作』!」


俺は何も言わず、食材の入った棚へ向かった。


昨日のココアの一件は、俺が思っていた以上に大きな騒ぎになってしまった。


百円のココアが予想以上に美味しくなってしまったせいで、先生には色々と聞かれることになった。


このままではまずい。


俺は、どうしても証明しなければならなかった。


自分がどこにでもいる普通の高校生だということを。


だから、今回は完璧な作戦を考えていた。


今回は、とにかく普通のクッキーを作る。


誰が作っても、それなりにできるような、何の特徴もないクッキーを。


それをタケオに食べさせる。


「普通だな」と言わせる。


そして先生に伝えてもらう。


そうすれば、ようやく俺の料理に変な期待をする人もいなくなるはずだ。


俺は棚を開けた。


良い材料には目もくれない。


代わりに、一番安い小麦粉を取り出した。


さらに普通の砂糖と、バターではなくマーガリン。


これでいい。


むしろ、これがいい。


近くの椅子に座っていたアイノが、黙って俺の手元を見ている。


少し不思議そうな顔をしていたが、何も言わなかった。


「よし。始めるか」


俺はボウルを取り出した。


今回は計量器も使わない。


計量カップも使わない。


そんなことをしたら、あまりにも丁寧すぎる。


俺は小麦粉を適当に入れ、マーガリンをそのまま加え、砂糖も何となくの量を入れた。


そして、混ぜ始める。


わざと丁寧には混ぜなかった。


少しくらいダマが残っていても気にしない。


むしろ、そのほうがいい。


生地ができると、今度はクッキーの形を作る。


適当に生地をちぎって、そのまま天板に並べていく。


大きさも形もバラバラ。


丸いものもあれば、少し歪んでいるものもある。


俺は完成したクッキーを見た。


完璧だ。


形は悪い。見た目も地味。どこにでもありそうなクッキーだ。


これなら普通に見える。


俺は満足しながら天板をオーブンに入れた。


あとは待つだけだ。


二十分ほど経つと、部室に甘い香りが広がり始めた。


俺はオーブンを止め、天板を取り出す。


焼き上がったクッキーは、見た目だけなら本当に普通だった。


形は少し歪んでいる。


大きさも揃っていない。


飾りも何もない。


俺の作戦は成功した。


……見た目だけなら。


俺は一枚を取って、タケオに差し出した。


「できたぞ。食べてみろ」


俺は、せいぜい無難な感想が返ってくると思っていた。


「普通だな」とか。


「まあ、こんなもんか」とか。


その程度で十分だった。


タケオはクッキーを受け取る。


「おお……」


少し息を吹きかけてから、勢いよくかじった。


パキッ。


小さな音が部室に響いた。


その瞬間、タケオが固まった。


「……」


俺はタケオを見る。


しばらく何も言わない。


まさか……まずすぎて言葉が出ないのか?


そんな期待をした。


しかし。


タケオの顔が、徐々に変わっていく。


「レン……」


「何だ?」


「これ……」


タケオはもう一度クッキーを見た。


そして、大きく目を見開いた。


「めちゃくちゃ美味い!」


「……は?」


「何これ!?」


タケオはもう一口かじる。


「外はサクサクなのに、中はちゃんと柔らかい!」


「……」


「しかも甘さもちょうどいい!」


タケオは興奮したように俺を見る。


「レン、お前やっぱりすごいな!」


俺は無言で自分の手を見る。


どういうことだ?


俺はわざと適当に作ったんだぞ?


材料だって一番安いやつを選んだ。


それなのに、どうしてこうなる。


俺には理由が分からなかった。


ただ、マーガリンの量や生地の混ぜ方が偶然うまく噛み合って、焼き上がりが絶妙な食感になったのかもしれない。


……いや。


そんなことを考えている場合じゃない。


俺の完璧な作戦が、開始数分で崩壊している。


「ちょっと待って、レン」


アイノが立ち上がった。


「私も食べていい?」


「ああ」


アイノは一枚手に取る。


そして、一口。


「……」


アイノも固まった。


「どうした?」


俺が聞くと、アイノはゆっくり俺を見る。


「レン」


「ん?」


「これ……美味しい」


「そうか」


「いや、そうかじゃないでしょ」


アイノはクッキーを見つめる。


「レン、全然ちゃんと作ってなかったよね?」


「まあな」


「材料も適当に選んでたし」


「ああ」


「なのに、なんでこんなに美味しいの?」


俺は答えられなかった。


タケオはその横で、すでに二枚目を食べている。


「レン、これもう一枚もらっていい?」


「好きにしろ」


「やった!」


俺はため息をついた。


そのとき、部室のドアが開いた。


「まだここにいたのか?」


聞き慣れた声がして、俺は振り返った。


そこにはミコとカイトが立っていた。


「何してるの?」


ミコが部室の中を覗く。


カイトが鼻を動かす。


「……なんか、すごくいい匂いがするな」


「本当だ」


ミコも匂いに気づいたらしい。


タケオがすぐに答えた。


「レンがクッキー作ったんだ!」


「レンが?」


カイトが少し驚いた顔をする。


「食べてもいい?」


「ああ」


カイトが一枚取る。


そして一口。


「……」


カイトの動きが止まった。


その隣で、ミコもクッキーを一枚手に取る。


「じゃあ、私も」


一口。


「……え?」


ミコの目が大きくなる。


カイトとミコは顔を見合わせた。


そして、二人とももう一度クッキーを見る。


「美味しい……」


ミコが呟く。


「ああ。かなり美味い」


カイトも頷いた。


俺は頭を抱えたくなった。


どうしてだ。


どうして俺が適当に作ったクッキーまで、こんなことになるんだ?


ミコが俺を見る。


「レン、本当にこれ自分で作ったの?」


「ああ」


「普通の材料だけで?」


「ああ」


カイトが笑う。


「レンって、もしかして何か隠してないか?」


「何も隠してない」


「そうか」


カイトはそう言って、またクッキーを一枚取った。


「じゃあ、運が良かったんだな」


「……たぶんな」


俺はそう答えた。


テーブルの上には、まだたくさんのクッキーが残っている。


俺の完璧なカモフラージュ作戦。


普通の高校生に見せるために、わざと適当に作ったクッキー。


結果は――


またしても大失敗だった。


……どうやら、料理だけは普通にできないらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。