第29話「放課後の尋問と、とんでもない拘束」
昨日、伝統料理研究部に勝利した翌日。
放課後、俺とアイノは教室に残って掃除をしていた。
俺が黒板を拭いていると、突然、教室のドアが開いた。
そこに立っていたのは、生徒会長のサユリだった。
その後ろには、運動部の男子が二人立っている。
二人とも、かなり真剣な顔をしていた。
サユリは眼鏡を直し、俺をまっすぐ見た。
「レンくん」
「何?」
「あなたに少し話があるの」
俺は手に持っていた雑巾を机の端に置いた。
「何の話?」
「昨日のケントとの勝負についてよ」
「ああ」
だいたい何の話なのか分かった。
サユリは腕を組む。
「普通の生徒であるあなたが、ケントに勝ったことを不思議だと思わない?」
「まあ、確かに変かもな」
「そうでしょう!」
サユリは一冊のファイルを取り出した。
「だから、生徒会としてあなたにいくつか質問があります」
「今から?」
「今からよ」
俺はアイノを見る。
アイノも少し驚いた顔をしていた。
「大丈夫だ」
俺はそう言った。
サユリが頷く。
「じゃあ、行きましょう」
俺は小さくため息をつき、サユリの後をついていった。
正直、言い争う気にもならなかった。
俺たちはほとんど人のいない廊下を歩いていく。
しばらくすると、校舎の古い区画へ入った。
「どこまで行くんだ?」
俺が聞く。
「誰にも邪魔されない場所よ」
「そうか」
やがて、俺たちは古い教室の前で足を止めた。
サユリがドアを開ける。
中は埃っぽく、薄暗かった。
どうやら、もうほとんど使われていない部屋らしい。
「入って」
俺は中へ入った。
後ろから二人の男子も入ってくる。
俺は部屋の中を見回した。
……本気なのか?
どうやら、生徒会は本格的な調査をするつもりらしい。
俺は椅子に座った。
男子の一人がサユリのために別の椅子を持ってくる。
サユリは俺の向かいに座り、机の上にファイルを置いた。
「それじゃあ、レンくん」
「うん?」
「まずは簡単な質問からいきましょう」
サユリがファイルを開く。
「どうやってケントに勝ったの?」
「さっきも言っただろ」
「何て?」
「レシピ通りに作っただけだ」
サユリが目を細める。
「普通のレシピ?」
「ああ」
「それで、本当に何の秘密もないと言うの?」
「ない」
サユリは数秒間、黙って俺を見つめた。
「信じられないわ」
「残念だな」
俺は肩をすくめた。
後ろにいた男子の一人が小さく咳払いをした。
サユリは話を続ける。
「ケントは何年も料理を続けている。彼の家は有名なレストランも経営しているし、伝統料理についても詳しい」
「うん」
「それなのに、あなたはレシピ通りに作っただけで勝った」
「そういうことだな」
「そんなのあり得ないわ!」
俺は肩をすくめた。
「たぶん、運がよかったんだろ」
サユリは明らかに納得していない顔をした。
そしてファイルを閉じる。
「分かったわ。では、次の質問にいきましょう」
俺はため息をついた。
……長くなりそうだな。
そのとき、サユリが俺のポケットに目を向けた。
「それは何?」
俺も自分のポケットを見る。
そこから青い袋が少しだけ見えていた。
「クッキー」
「クッキー?」
「そう」
サユリが手を伸ばす。
「見せて」
俺はポケットから袋を取り出し、机の上に置いた。
サユリはそれを手に取って、じっくりと眺める。
「普通のチョコチップクッキー……」
「言っただろ」
「でも、これがあなたの秘密という可能性もあるわ」
俺はサユリを見る。
「クッキーが?」
「そう。何か特別なクッキーかもしれない」
「それ、百五十円だけど」
サユリが固まった。
「……百五十円?」
「ああ」
サユリはもう一度、クッキーの袋を見る。
「……なるほど」
どうやら、彼女自身も何と言えばいいのか分からなくなったらしい。
「では、これは私が預かります」
俺はすぐにサユリを見る。
「ダメだ」
サユリが驚いたように眉を上げる。
「どうして?」
「夜に食べるつもりだったから」
数秒間、部屋が静まり返った。
後ろにいた男子の一人が、笑いをこらえるように顔をそむけた。
サユリは眉をひそめる。
「レンくん、今はクッキーのことを考えている場合じゃないでしょう」
「俺にとっては大事なことだ」
「これは証拠よ」
「俺のクッキーだ」
サユリは袋をしっかりと握った。
「没収します」
俺はサユリを見る。
ここで初めて、少しだけ気分が悪くなった。
別に、尋問が嫌なわけじゃない。
あの二人が怖いわけでもない。
問題は――
クッキーだった。
……本当に持っていくつもりなのか?
その瞬間。
部屋の温度が、急に下がった。
「……寒い」
サユリが小さく身震いする。
男子の一人も周囲を見回した。
「窓、開いてるのか?」
「いや」
もう一人が答える。
「閉まってる」
それでも、部屋の温度は下がり続けていた。
俺は何もしていない。
ただ、サユリの手にある青い袋を見ていた。
俺は、この尋問だって我慢している。
ここに座っていることだって、別に構わない。
でも……クッキーは……
俺はゆっくりと息を吐いた。
その瞬間、古い教室が妙に静かになった。
窓枠が、かすかに軋む。
サユリが手に持ったクッキーの袋を見る。
そして、初めてその表情が変わった。
「レンくん……」
「何?」
俺は静かにサユリを見る。
それでも、部屋の冷気は少しずつ強くなっていった。




