第21話「兄」
次の日、放課後。
俺は買い物をするために、近くの店へ寄ることにした。
特に大したものが必要だったわけじゃない。
家の食料がほとんどなくなっていたから、夕飯に何か買って帰ろうと思っただけだ。
店に近づいたところで、見覚えのある姿が目に入った。
アイノだった。
店の前で、知らない男と話している。
俺は最初、その男が誰なのか分からなかった。
俺たちより明らかに年上で、背が高い。
落ち着いた雰囲気で、少し真面目そうな顔をしていた。
俺は二人に近づいた。
「アイノ」
アイノが振り向く。
「あ、レン? レンもここに来たの?」
「ああ。ちょっと買いたいものがあって」
「そうなんだ」
俺はアイノの隣にいる男へ視線を向けた。
向こうも俺を見る。
数秒、俺たちは無言で見つめ合った。
やがて、その男が口を開いた。
「アイノ、この子は?」
「あ、レン。私のクラスメイト」
「クラスメイト?」
「うん」
男はもう一度、俺を見る。
「じゃあ、君がレンか?」
「ああ」
アイノが少し眉をひそめる。
「二人とも、もう知り合いなの?」
「いや」
「じゃあ、なんでそんな言い方したの?」
男は答えなかった。
代わりにアイノを見る。
「君から話は聞いてる」
「えっ!?」
アイノの顔が少し赤くなる。
「な、何も変なこと言ってないからね!」
「言ってたよ」
「いつ!?」
「昨日」
「新しい転校生が来たって言っただけ!」
「それと、変なやつだって」
アイノが黙った。
俺はアイノを見る。
「変なやつ?」
「気にしないで!」
男が少し笑った。
「俺はユウト。アイノの兄だ」
そう言って、手を差し出してくる。
俺はその手を握った。
「レン」
「知ってる」
「さっきも聞いた」
「確認しただけだ」
「何を?」
ユウトは答えなかった。
アイノを見て、それからもう一度俺を見る。
「レン。ちょっとこっちに来てくれるか?」
アイノがすぐに口を挟む。
「何するの?」
「別に、大したことじゃない」
「ユウト……」
「大丈夫だ」
俺はアイノを見る。
少し心配そうな顔をしていた。
でも、ユウトはすでに数メートル離れていた。
俺もその後をついていく。
店の入口から少し離れたところで、俺たちは立ち止まった。
ユウトが腕を組む。
「お前がレンか」
「ああ」
「アイノとは仲がいいのか?」
「たぶん」
「『たぶん』?」
「話はする」
ユウトは数秒黙った。
そして、真剣な声で言った。
「俺はアイノの兄だ」
「さっき聞いた」
「分かってる」
少し間を置いて、ユウトは続けた。
「だから、一つ言っておきたい」
「何?」
ユウトが俺の目を見る。
「もし、いつかアイノを傷つけるようなことがあったら……」
そこで、わざとらしく間を置いた。
「覚悟しておけ」
俺は少し考えた。
「分かった」
ユウトが目を瞬かせる。
「……それだけ?」
「他に何かある?」
「普通、こういうことを言われたら少しくらい怖がるだろ」
「怖がったほうがいいのか?」
「まあ……」
ユウトは少し考えた。
「一応、礼儀として」
「なるほど」
俺は頷いた。
「じゃあ、怖がっておく」
ユウトが真顔で俺を見る。
「お前、ふざけてるだろ」
「少し」
ユウトは大きくため息をついた。
「なるほどな。アイノが変なやつだって言ってた理由が分かった」
「本当に言ってたのか?」
「忘れろ」
俺たちはアイノのところへ戻った。
アイノはすぐに兄を見る。
「何を言ったの?」
「何も」
「嘘」
「ただ、お前の友達と話してただけだ」
「それで?」
ユウトが俺を見る。
「普通のやつだ」
「本当?」
「ああ」
アイノがほっとしたように息を吐く。
「じゃあ、それだけ?」
「それだけだ」
そのとき、ユウトのスマホが振動した。
「ん?」
ユウトがスマホを取り出して、画面を見る。
「母さん?」
メッセージを開き、素早く目を通す。
「どうしたの?」とアイノが聞いた。
「母さんから。ちょっと買ってきてほしいものがあるらしい」
「何?」
「テレビのケーブル」
ユウトはもう一度メッセージを読み返した。
「それから、家電量販店に寄って買ってきてほしいって」
「今から?」
「みたいだな」
ユウトはスマホをポケットにしまった。
「さっき全部買ったと思ったんだけどな」
「お母さんって、たまに急に追加の買い物を頼んでくるからね」
「そうみたいだ」
ユウトはアイノの足元にある袋を見る。
「そういえば、お前、全部買ったのか?」
「たぶん」
ユウトは袋の数を見た。
「……結構あるな」
「大丈夫。私が持つから」
「まあ、持てるだろうけど」
ユウトが俺を見る。
「レン」
「何?」
「アイノの荷物、家まで持つのを手伝ってくれないか?」
アイノがすぐに口を挟んだ。
「ユウト、私一人で持てるよ」
「分かってる」
ユウトは俺を見る。
「もし、迷惑じゃなければ」
俺は頷いた。
「俺もここで買い物するつもりだったから、別にいい」
「それなら助かる」
ユウトは袋を一つ持ち上げた。
「残りは二人で頼む」
「ちょっと、待って……」
「もう行かないと間に合わない」
ユウトはアイノを見る。
「じゃあ、家でな」
「うん」
ユウトはもう一度、俺を見る。
「さっき言ったこと、忘れるなよ」
「妹を傷つけるなって?」
「そうだ」
「覚えてる」
ユウトは頷くと、そのまま道の向こうへ歩いていった。
アイノはユウトの後ろ姿を見送る。
「お兄ちゃん、いつもあんな感じなんだ」
「そうみたいだな」
「たまに真面目すぎるんだよね」
「それは分かった」
アイノはため息をつき、いくつかの袋を持ち上げた。
「じゃあ、行こっか」
「ああ」
俺たちは店の中へ入った。
俺も食料を買う必要があったので、必要なものを手早くカゴに入れていく。
数分後、俺は店の外へ出た。
アイノは入口で袋を持って待っていた。
「終わった?」
「ああ」
「じゃあ、行こう」
俺たちはアイノの家へ向かった。
アイノが隣を歩きながら、ふと思い出したように口を開く。
「ねえ、レン」
「ん?」
「さっきユウトが言ってたこと、気にしないでね」
「なんで?」
「私が誰かと仲良くなると、いつもあんな感じなの」
「そうなのか」
「そのうち、どこに住んでるのかまで聞いてくるかも」
「何のために?」
「さあ」
アイノは大きくため息をついた。
「たまに心配しすぎなんじゃないかって思う」
「普通じゃないか?」
「そう思う?」
「ああ」
アイノは少し黙った。
「……そうかもね」
俺たちはそのまま歩き続けた。
数分後、前方にアイノの家が見えてきた。
アイノが玄関の前で立ち止まる。
「ありがとう、レン」
「別に」
「じゃあ、また明日」
「ああ。また明日」




