第19話「放課後」
朝、俺はチャイムが鳴る少し前に学校へ着いた。
カイトはすでに自分の席に座っていた。
「おはよう、レン」
「おはよう」
「また俺より早いじゃん」
「みたいだな」
「レンって、遅刻したことあるの?」
「たまにはある」
「いつ?」
「覚えてない」
「……いい答えだな」
俺は教科書を開いた。
それから数分もしないうちに、教室にタケオが入ってきた。
「おはよう」
「おはよう」
カイトが答える。
タケオは俺の隣の席に座った。
「カイト、もうこの学校には慣れたか?」
「まあ、だいぶ」
「先生たちは?」
「普通かな」
「そっか。それならよかったな。中には誰も答えを知らないような問題を出してくる先生もいるからな」
「レンのことか?」
「もちろん」
俺はタケオを見る。
「なんでまた俺なんだよ」
「だってお前、何でも知ってそうな顔してるじゃん」
「ただ黒板を見てるだけだ」
「ほら、それだよ」
カイトが俺を見る。
「なあ、レンっていつもそんなに落ち着いてるのか?」
「そうじゃなきゃいけないのか?」
「いや……そういうわけじゃないけど。たまには驚いたりしてもいいんじゃないか?」
「驚くようなことがあればな」
「ほら、またそれだよ」
タケオが呆れたように言った。
そのとき、チャイムが鳴った。
授業が始まる。
* * *
休み時間になると、カイトが俺のところへやってきた。
「レン」
「何?」
「放課後って、何か予定ある?」
「ない」
「本当に?」
「いつも通りなら、家に帰る」
「そうなのか」
カイトは少し考えるように黙った。
「俺、まだこの辺りのことよく知らないんだ。どこか遊びに行けるような場所ってある?」
「学校から少し行ったところに公園がある」
「公園?」
「ああ」
「大きい?」
「それなりに」
「今度、案内してくれないか?」
「別にいいけど」
「よし。じゃあ決まりな」
そのとき、教室にタケオが戻ってきた。
「何の話してるんだ?」
「公園の話」
カイトが答える。
「ああ、あそこか。知ってるぞ。確か、運動できる場所もあったよな」
「じゃあ、今度みんなで行こうぜ」
「いいな」
カイトが笑った。
* * *
放課後。
授業が終わると、タケオが俺たちのところへやってきた。
「なあ、行くぞ」
「どこへ?」
カイトが聞き返す。
「何か食べに行こうぜ。腹減った」
「俺はいいよ」
カイトが答え、俺を見る。
「レンは?」
「いいぞ」
俺たちは学校を出て、近くにある小さな喫茶店へ向かった。
歩いている途中、タケオが部活の練習中にあった出来事を話し始めた。
「それでさ、コーチが言ったんだよ。『もう一回同じことやったら、十周走らせるからな』って」
「それで?」
カイトが聞く。
「何もしなかった」
「じゃあ、走らなかったのか?」
「走った」
「じゃあ、なんで聞くんだよ」
俺が言うと、タケオがこっちを振り返った。
「今、俺は話をしてるんだよ」
「そうか」
「たまにお前、わざと話を台無しにしてないか?」
「かもしれないな」
カイトが吹き出した。
「ははっ……レン、面白いな」
「そうか?」
「自覚ないのかよ」
タケオが呆れたように言った。
* * *
喫茶店に着くと、それぞれ食べたいものを注文した。
料理が運ばれてきて、しばらく話していると、カイトがふと思い出したように俺へ尋ねた。
「なあ、レンってタケオとは長い付き合いなのか?」
「高校に入ってからだな」
「へえ。じゃあ、ミコとは?」
「知り合ったのは最近だ」
「アイノは?」
少し考えてから答える。
「アイノも最近だ」
「そっか」
カイトは納得したように頷いた。
「レンって、意外と知り合い多いんだな」
「そうか?」
「俺、最初はほとんど誰とも話さないタイプだと思ってた」
「実際、あまり話さない」
「じゃあ、なんで俺とは話してくれるんだ?」
カイトが不思議そうに聞く。
俺は少し考えてから答えた。
「お前から話しかけてきたから」
カイトが一瞬、黙った。
「……なるほど」
タケオがグラスをテーブルに置く。
「だから言っただろ。レンは分かりやすいんだよ」
「どういう意味だ?」
カイトが聞く。
「レンは、話す必要がなければ話さない。逆に言えば、話しかけられたら普通に話す」
「なるほどな」
カイトが頷いた。
「確かに、その通りかもしれない」
* * *
食事を終えて店を出ると、外はもう少し暗くなっていた。
タケオが腕時計を見る。
「やべ。そろそろ行かないと。部活に遅れる」
「じゃあ、また明日な」
カイトが言う。
「おう。また明日」
タケオはそのまま走っていった。
その背中を見送ったあと、カイトが俺を見る。
「レンも帰るのか?」
「ああ」
「じゃあ、交差点まで一緒に行こうぜ」
「分かった」
俺たちは並んで歩き始めた。
しばらく無言で歩いたあと、カイトが口を開いた。
「なあ、レン」
「何?」
「明日の放課後、暇か?」
「たぶん」
「じゃあ、あの公園。案内してくれよ」
「いいぞ」
「約束な」
「ああ」
それから数分歩くと、前方に交差点が見えてきた。
カイトが足を止める。
「俺はこっちだ」
「じゃあ、また明日」
「また明日、レン」
「ああ。また明日」
カイトはそう言って、自分の帰り道へ歩いていった。
俺はその背中を少しだけ見送ってから、自分の家へ向かった。




