第13章:霧の向こうから来る最終便
突如、鼓膜を激しく震わせる無機質な警笛が山あいの闇を切り裂き、駅を囲む断崖の間に鋭く木霊した。その容赦のない響きは、日和の弱々しい嗚咽を強制的に掻き消し、ホームに漂っていた停滞を乱暴に打ち砕いた。
鉄路の最果て、視界を塞ぐ白い霧の障壁の奥から、双眸のような二条の黄色い前照灯がゆっくりと這い出てくる。この断絶された空間から日常へと帰還するための、文字通り最後で絶対的な切符――最終列車が、ついにその姿を現したのだ。鉄輪がレールを噛む悲鳴のような摩擦音を響かせ、数両の無機質な鉄の塊が、二人の座る長椅子の真ん前で完全にその息を止めた。
プシュー、バタン。
重々しい排気音とともに、鉄の扉が左右に割れる。車内から溢れ出した眩い灯りは、凍てつくコンクリートの床に温かな四角い光の影を落とした。乗客の姿はどこにもない。がらんどうの空間は静まり返っていたが、外界の営みへと繋がる確かな避難所としての実在感を放っていた。
直哉は即座に立ち上がった。左の脇に玲の追悼集をしっかりと抱え込み、右手を真下へと伸ばす。床に崩れ落ちたままの、日和の細い身体を引き揚げるための手。
「おい、これに乗るんだ。最後の電車だぞ」
直哉の声は、床下から響くモーターの重低音に抗うように響いた。
「これを見送ったら、俺たちはもう二度と帰れなくなる」
しかし、日和はその手を取ろうとはしなかった。
彼女は怯えたように身をのけぞらせ、冷たい床の上を這うようにして、長椅子の脚に背中がぶつかるまで後退した。涙に濡れた双眸が、開かれた車両の入り口を凝視している。その瞳に宿っているのは、純粋な恐怖だった。車内から溢れる温かな光は、彼女にとって救いなどではなかった。それは彼女の目を眩ませ、東京という名の、生存競争を強いる怪物の元へと強引に引きずり戻そうとする脅迫そのものだった。
日和は激しく首を横に振り、血の気を失った頬を新たな涙が伝い落ちていく。
「嫌……乗りたくない」
日和の声は、喉の奥でかろうじて形を成すほどの細い震えだった。自己嫌悪と、敗北への恐怖が、再び彼女の脳内を完全に支配していく。
「怖い。戻ったって、何も変わらない。私はまた、誰にも見出されないまま磨り潰されて、競争に負けるだけ。あの息苦しくて騒がしい現実のなかに、私の居場所なんてどこにもないの!」
その瞬間、扉の上部にある表示灯が激しく明滅を始め、閉鎖を予告する短い電子音がプラットホームに鳴り響いた。猶予はもう、一秒たりとも残されていない。山あいの冷気が霧を巻き上げて二人の周囲を狂ったように対流する。それはまるで、直哉に対して「一人で乗って自分だけを救うか」、それとも「すべてを諦めた少女と共にこの闇に埋れて死ぬか」という残酷な二択を迫る、巨大な針の刻みのようだった。




