恋心 Ⅲ
「……ふむ、なるほど。それでもう、シャルルはこの街から逃げ去ったということね」
目の前に立つ、この街の主にして特級魔術師。
そして私、マルシアの婚約者であるルクスにそう尋ねていた。
時間は私がアイラからの連絡を聞いて一時間もしない時だろうか。
「ああ。兄上は俺が特級魔術師であると知らなかったらしくてな、心底おびえた様子だった。これでさすがにまたこの街に来るなんてこともないだろうよ」
「……そう」
得意げにそう話す、ルクスを私はじっと見つめる。
そこにいるルクスは、数年前とは様変わりした姿だった。
その身体、顔つきは精悍なものになり、全身から溢れる自信は過去の身体はたくましくとも、影のあったルクスとは対照的だ。
その上で、中性的だった表情はそのまま成長しており、確かに世間で若き期待の特級魔術師として騒がれるのも理解できる。
……ただ、その表情にわずかな翳りがあることに私は気づいていた。
「本当に報告はそれだけ?」
「ああ」
私の言葉に間髪容れずにルクスは頷く。
……その様子に、私は問いつめても無駄かと理解した。
逞しくなったルクスを見ながら、私は呟く。
「その秘密主義は誰に似たのか」
「何のことやら。ただ、秘密主義では俺が足下にも及ばない人が一人いるぞ」
まっすぐこっちを見ながら、言ってくるルクスに私は無言で目をそらす。
……この街を作る当初、私が全てを抱え込んで無理をしていたことを、未だにルクスはこうからかってくるのだ。
本当に手強くなってしまって。
ただ、ルクスが厄介になったことはそれだけではなかった。
「ところで、どうして今回兄上が来たことを俺に報告しなかった?」
にっこりと美しい顔を笑顔に変えながら、ルクスが私の方に詰め寄ってくる。
その背後に隠す気もない怒りがにじんでいることに気づきながら、私は思う。
本当にこの子は手強くなってしまった。
「……時間がなかったのよ」
「そういえば、父上母上にも隠そうとしたんだって?」
この街の警護から戻ってすぐにこの部屋に来たはずなのに、どうしてそれを知っている?
そんな言葉が喉元まで出かけて、私は飲み込む。
そんな私へと、ルクスは身体を乗り出した。
「言っておくけど、俺は別に責めているわけじゃない。マルシアが俺達のことを考えてくれているのは知っている」
真剣な顔でそう告げるルクスの顔を見ながら、私はふと思う。
……ルクスが私のことを呼び捨てにし始めたのは、私を本当の婚約者のように扱い始めたのは一体いつからか。
「父上、母上に負担をかけたくない気持ちは分かるし、俺も同じだ。でも、俺は違うだろう?」
「……貴方は頼りにしているわ」
「そんなことないね。まだ、俺のことを弟だと思っている癖に」
そう言いながら、ルクスが私の髪を一房すくう。
「俺はマルシアの婚約者で、この街の次期当主だ。守られるべき弟じゃない」
そう言いながら、ルクスは私の髪に口づけを落とす。
「──マルシアは何をすれば、俺が男だと理解してくれる」
熱を宿した目が、私を射抜いていた。
心臓が早鐘のように打っている。
私は今、冷静ではない。
「そうね」
そう理解した上で、全てを胸の奥にしまい込み、私は笑った。
「せめて、隣に女の子を連れて来ているのを見せてくれたらかしら?」
瞬間、ルクスの動きは早かった。
一瞬で私から距離をとり、扉の方へと走り出す。
「これ、貴方に来た貴族令嬢から……」
「ごめん、マルシア! 用事を思い出した!」
私がルクスに届いたお見合いの申し込みの書類を取り出した時、すでにルクスはいなかった。
誰もいなくなった部屋の中、私はお見合いの手紙を見下ろす。
「……これはまだ効果あるわね」
年々手強くなるルクスだが、この手紙がある限りは私もまだ大丈夫だろう。
そうであって欲しい。
そんなことを思いながら、私は扉の外をのぞく。
そこにルクス含め、誰もいないことを確認し。
「はぁああ……」
私はしめた扉を背にして、座り込んだ。
誰にも見られていないのに、真っ赤になった顔を両手で隠しながら、私は呟く。
「──貴方のことを異性として意識しているから大変なんでしょう!」




