恋心 Ⅱ (ルクス視点)
シャルルの魔術を喰らい、満足げに光る魔刀へと俺は目を下ろす。
この魔刀がなければ、魔力のない俺がこうして特級魔術師になることはなかっただろう。
……だが、それでもこの魔刀は手放しに感謝できるたぐいの何かではなかった。
この魔刀と契約するに当たって、俺は殺されかけているのだから。
俺の手にある魔刀は使う人間に試練を課す。
その試練から生き延びた人間のみが、魔刀を扱う資格を得る。
その時の記憶は俺の頭の中に刻み込まれている。
何せ、こうして生きているのが不思議な状況だったのだから。
──そして、マルシアが俺の前で初めて泣いたのはその時だった。
俺の前で、マルシアは声を押し殺して泣いていた。
初めて見た思い人の涙に、俺はただ無言で抱きしめることしかできなかった。
何時間も抱きしめながら、俺はマルシアの苦しみをまざまざと見せつけられた。
……そして、その苦しみからマルシアを解放する言葉を俺は知っていた。
けれど、その一言を俺は言うことができなかった。
──マルシアにこの街を捨てて逃げろ、そう告げることができなかった。
知っていた。
この街の存在がマルシアを苦しめていることを。
その苦しみから解放する為には、マルシアにここから逃げろと言うしかない。
そう俺は理解していた。
なのに言えなかった。
……好きな人に、自分の前から消えてほしくなかったから。
今でも思う。
あの時の俺は、なんて自分勝手だったのだろうと。
救うどころか寄りかかることしかできず、それでも相手をはなせない。
その言葉の醜悪さには、数年経った今でも反吐が出そうになる。
だから、その時。
マルシアを解放できなかった時、俺は決めた。
俺の婚約者であったことを絶対に後悔させないと。
そして、決めたことはもう一つある。
マルシアには絶対に恩を返す。
この街でいてよかった、そう言わせてみせる。
その時か、マルシアが俺を好きになったその時以外に、俺は自分の気持ちをマルシアに伝えないと。
「……まあ、どっちも今のところ遠い話だがな」
この数年間、特級魔術師になるなり、俺も様々なことをしてこの街に貢献してきた自負はある。
その上で、俺はよく理解していた。
それでもマルシアがいなければこの街が魔法の街として成功することはなかった。
馬車馬のように働くマルシアの代わりになろうと、俺は今まで必死に頑張ってきた。
実際、魔刀を扱えるようになり、特級魔術師となった俺はこの街の代表と見られている。
俺を令嬢が誘惑する度に、こんなに街を発展させた理由を聞かれるのだ。
周囲は間違いなくそう見ているのだろう。
実体はまるで違うのに。
──あんな年増、別れてしまえばいいのに。
かつて、俺と面と向かってそんなことを言ってきた令嬢を思い出す。
彼女の実家には思い知って貰ったが、当の本人は今でも気づいていないだろう。
彼女が罵倒した本人こそが、この街の立役者で、俺はこの街の主でも何でもないことを。
この街の構想を作り、様々な職人に会い、この街にいる宮廷魔術師と様々なつてを作ったマルシア。
その数年の必死な働きを見て、自分の方が働いているなど言えるほど俺は恥知らずではなかった。
「……本当にずっと勝てない」
そして、恋の戦いにおいても自分がまるでマルシアにかなわないことを俺は理解していた。
この数年、俺はずっとマルシアにアプローチを続けている。
俺の気持ちにマルシアも気づいているだろう。
それでもなお、マルシアの態度は変わらない。
ずっと変わらずに、俺をあしらい、申し込まれた縁談を俺に勧めてくる。
……もっと、外を見ろ、そう暗に告げるように。
そのことは思い出せば思い出す程、あしらわれているとしか言えない話だ。
必死にアプローチしていた最近になって縁談を進める回数は減ったが、それでもなくならないことがマルシアの本心を物語っている。
俺の心変わりするだろうという。
「教えてやるよ、マルシア」
それを理解して俺は笑った。
俺の気持ちがどれだけ重く、ずっと前からのものか。
それを絶対にいつか教えてやろうと。
「そのために、俺はこの街の真の当主にならないとな」
そう言いながら、俺は理解していた。
……本当はマルシアを俺に惚れさせると意気込むべきなのだろうと。
「マルシアが俺を好きになるのは、告白してからじっくり待っていてやろう」
少々バツが悪い表情をしながら、俺はゆっくりと歩き出す。
その背には、かつての弱々しい少年はなかった。




