闇討ち Ⅲ (シャルル視点)
「ルクス……?」
名前を呼んだ私に、その男は。
私の弟のルクスはにっこりと笑った。
その表情に私は理解する。
目の前の男が本当にルクスであること。
……そう確信できたからこそ、私は理解できなかった。
ルクスは無能で、魔術なんて使えなかったはずの弟だった。
なのになぜ、そのルクスが特級魔術師などと呼ばれている?
そもそも、私はルクスとの喧嘩で負けたことがなかったはずなのに、なぜ今こうして見下ろされている?
「帰ってきたなら、言ってくれればよかったのに。兄上」
困惑を隠せない私に対し、ルクスはいつも通り。
……私が出て行く前と同じように口を開く。
「どうせ、兄上のことだ、特級魔術師なら自分を認めてくれる、そんなことを考えて探していたんでしょう? 相変わらず浅はかなんだから」
しかし、私は気づく。
口調は以前のルクスと同じでも、決定的に違うところがあると。
「兄上、もしかしてまだ自分は神童だなんて思っています?」
「……何を」
「やっぱり。まだそんな勘違いしているんだ。マルシアも、父上達も優しいからな。まだこんな勘違いをさせてしまったんだろうな」
ルクスは私の目を見て、にっこりと笑う。
その瞬間、私はルクスの違和感に気づく。
……今までのルクスと違うのは、敵意の有無だと。
「──俺のところに来ていたら、そんな勘違いなんてしないように丁寧に教えてやったのに」
「っ!」
敵意を、威圧を隠すことなくこちらに笑いかけてくるルクス。
その姿に、私は内心で叫ぶ。
……一体何があった? どうしてルクスがこんなにも変貌している? と。
「あんたのせいだよ、兄上」
にっこりと笑ってルクスが告げる。
それは私を蔑むのを隠さない笑顔だった。
その瞬間、私の中の驚愕が同じ大きさのまま、怒りに変わった。
「私を見下すな!」
私の魔術が、膨れ上がる。
次の瞬間、ルクスの身体に様々な魔術が襲いかかる。
しかし、無駄だった。
ルクスの魔刀が縦横無尽にきらめき、全ての火球を切り落とす。
「見下すよ。だって兄上は逃げたのだから」
火球を切り落としながら、ゆっくりとルクスが近づいてくる。
「……マルシア、そして父上と母上から」
ゆっくりと、けれど確実に迫ってくる姿。
それはまるで死に神の鎌が首に迫ってくるような光景。
その光景に、私は心から叫ぶ。
「くるなぁ!」
恐怖が、憎悪が、驚愕が私の中の何かを壊した。
瞬間、私の魔力があふれる。
普段なら扱い切れないその魔力を、私は魔術として構築する。
──次の瞬間、夜の街を巨大な炎の剣が朱色に染めた。
熱で周囲の温度が上がり、空気が焼け焦げる臭いを感じながら、私は一種の興奮の中にあった。
分かる。
皮肉なことに、今自分は最高の状態にある。
紅蓮の魔術師として、ぎりぎりの戦いを強いられたことは何度もあった。
その度に様々な技術を私は磨いてきたからこそ、分かる。
今の自分は今までと違う段階に至ったと。
魔術師としての今までの人生が確信していた。
この魔術の剣は、いくらルクスの魔刀でも喰えないと。
「死ね、ルクス!」
その瞬間、確かに私とルクスの目があった。
どうしようもなく、悲しげな色を持つ黒い目を私はとらえる。
そこには一切の恐怖も、興奮もなく。
ただ、私への憐れみだけがあった。
「解放しろ、魔切」
その時、確かに私は魔術師として一つの壁を越えていたのだろう。
だが、その時に私は気づくべきだった。
──ルクスはその私より、何枚も向こうに立っていると。
強大な剣を、魔刀から生み出された龍が喰らう。
「はは、綺麗だ」
その龍の赤い瞳と、目があった。
それが、私がみた最後の景色だった。
◇◆◇
目の前は真っ黒だった。
いや、視界だけじゃない。
身体の感覚もない。
「……聞こえてる? 兄上」
そんな中、私の聴覚だけは生きていた。
「聞こえるかは知らないけど言っておく。マルシアと父上、母上には兄上は別の国に逃げたと言っておく」
一方的なルクスの声。
……そこに蔑みだけではない、悔やむような感情があることに今になって私は気づいた。
「いくら兄上がマルシアを殺そうとするような外道でも、マルシアも父上も、母上も悲しむだろうから」
ルクスの声を聞きながら思う。
……私はどこで間違えたのだろうかと。
「──自分の為に悲しんでくれる人達を、貴方は裏切った」
私に答えを突きつけるルクスの声は、どうしようもなく冷静だった。
「兄上がここまでしなければ、俺も兄殺しなんてしなくて済んだのに」
私に責任を押しつけるように笑いながら、けれどそこには確かな覚悟があった。
自分の責任から目をそらさない覚悟。
……そうか、私に足りなかったのはそれなのか。
私の意識が遠のいていく。
「最後になりますが兄上。俺はあんたが嫌いです」
ルクスの声がどこか遠くで響く。
「……ただ、この街を発展させようと必死に頑張っていた時の貴方は、尊敬していたし感謝していました」
最後を知りながら私は思う。
……もっと前に、この言葉に向き合うべきだったと。




