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駆け落ちした婚約者のその後〜今更戻ってきてもいりません〜  作者: 影茸


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闇討ち Ⅱ (シャルル視点)

 紅蓮の魔術師、私の通り名たるその名前が付けられたのは私の扱う魔術。


 大火力の炎の魔術が要因だった。


「死ねえ!」


 そして今、私は衛兵の男に対し、手加減なしの大火力の魔術を発動していた。

 目立つ、過剰火力。

 その全てが私にとってどうでも良かった。

 頭にあったのは一つ。

 今までに溜まった鬱憤を晴らしてやりたいという思い。


「あぶねぇな」


 ──その瞬間、衛兵の持つ剣が私の魔術を切り裂いた。


「は、は?」


 いつ抜いたかも分からぬ衛兵の剣は、確かに私が構築した魔術を霧散させていた。


 不気味に赤く光る刀身を見ながら、私は何が起きたのか理解できなかった。

 物理法則が通用しない魔術が剣で切れることなどない。

 しかし、そうとしか思えぬ光景が目の前で行われていた。


「貴様! 誰だと思っている! 私に剣を向けているのか!」


 次の瞬間、私は自分でも何を言っているのか分からぬまま、後ろに飛んでいた。

 同時に複数の魔術を同時に構築する。

 出現するのは、複数の小さな火球。

 それこそ、私が神童と称された理由たる技術、並列魔術構築。

 先ほどの魔術より威力は低くとも、速度は雲泥の差がある魔術が衛兵に向かっていく。


「こんな街中で炎はやめてくれない?」


 しかし、無駄だった。

 私の放った全力の魔力を、衛兵はあっさりと切り払う。

 その時になって、もう私は現実から目をそらすことはできなくなっていた。

 目の前の男は、間違いなく手に持った剣で私の攻撃を切り払っていると。


「……馬鹿な」


 私の口から漏れた声は、どうしようもなく枯れていた。

 この家から飛び出して数年。

 私も様々な人間と戦ってきた。

 けれど、その戦いの中でもこんな芸当ができる人間と戦いになったのは初めてだった。


「くそ! くそ、くそが!」


 背中に嫌な汗が流れている。

 今になって、私ははっきりと理解した。

 今から始まるのは一方的な嬲り合いではない。


 ……命の取り合いなのだ。


 命の取り合いを忌避して逃げてきたというのに、なぜこんなことになっている?

 そんな問いが頭に浮かび、けれどすぐに私は頭からぬぐい去った。

 今、迷いがあれば致命的な隙になると知っているが故に。


「私を本気にさせたこと、後悔させてやる」


 大丈夫だ。

 相手に魔力がないのは明らかだ。

 魔剣のたぐいを持っているのだろうが、それさえ注意を払えば問題ない。

 私も数々の剣士と戦ってきて、戦い方は知っている。

 そう自分に言い聞かせながら、私は魔術を構築する。

 私が生み出した最高の魔術を。

 次の瞬間、私の手に炎の剣が生み出される。


「ほお」


 私の手に持つ剣を見て、楽しげに衛兵が笑う。

 しかし今、明らかに空気は変わっていた。

 私は男へと笑いかける。


「強がりか? それとも、この剣の恐ろしさも理解できていないのか?」


 剣の炎が揺れる。

 夜の冷えた空気が今、汗ばんだ空気に変わっている。

 その中、私と剣士は向き合っていた。

 剣を手にした私を前にしてもなお、余裕の表情が消えない剣士。

 その姿を見ながら、私もまた笑みを浮かべた。


「この剣がどういうものかも理解できていないのか」


 この数年間、私は何度も凄腕の剣士と戦ってきた。

 もちろん、距離さえあればいかに凄腕の剣士であれ、私にかなう人間はいなかった。

 だが、距離が縮まれば話は変わる。


 そんな状況でも、剣士を圧倒する為に私が生み出したのこそ、この炎の剣だった。

 この剣が当たれば、それが何であれ燃え尽くす。

 それが人体であれ、鋼で鍛えられた名剣であれ。


 剣さえ紅蓮に燃やし尽くすこの魔法こそ、私の名前の由来。


「確かに凄いな、その魔術」


 しかし、余裕綽々の目の前の衛兵は一切その危険性に気づいた様子はなかった。

 その表情が絶望に変わるのが楽しみだった。


「死ね!」


 剣を振り上げ、私は男へと斬りかかる。

 その振り下ろしには何の技術も何もない。

 だが、それで十分だった。

 何せ、この剣は防御した剣ごと切り裂くのだから。


「まあ、宝の持ち腐れだな」


 ……だが、衛兵は私の剣を受けることはなかった。


 炎の剣を振り下ろしたその先、そこに男はいなかった。

 横から、衛兵の声が響く。


「対人の基礎がまるでなってない」


「がっ!」


 横に回り込んだ衛兵に脛を蹴られた、そう理解した時、地面に膝をついていた。

 そのまま、地面に横たわる。


「あが、がが」


 足が本当についているのか、必死に手で確認する私に衛兵は笑う。


「ちょっと蹴っただけで大げさな」


 私の手にあった炎の剣は今、地面に投げ捨てられている。

 じゅうじゅうと音を立てて、砂を溶かしていた。


「こんなものを出しておいて、この程度に抑えてやったのはむしろ優しいくらいだと思うんだが。まあ、ただ」


 そう言いながら、衛兵は手にもった剣の切っ先を地面に向けた。

 炎の剣の切っ先へと向けた。


「そもそもこれは、俺と相性が悪いけどな」


 ーー次の瞬間、男の手に持った剣は炎を喰始めた。


「な……!」


 炎の剣が、男の手に持つ剣へと回収されていく。

 炎を吸収するごとに、その男の刀の峰の光がどんどん増していく。

 そのこの世のものとは思えぬ光景は、まさに炎を吸収しているかのような光景だった。


 ……同時に一つ、私は気づく。


「それは剣ではなく、刀?」


 衛兵の手にある武器、それは剣ではなく東方に伝わる武器。

 刀であること。


 そして思い出す。

 この国の最高峰、特級魔術師の中に魔刀を扱う男がいたことを。


「……魔喰の魔刀士」


「そんな色気のない名前で呼ばないで欲しいな」


 どこか楽しげに笑いながら、その男は刀を自分の顔へと近づける。

 炎の剣を喰らった刀は周囲が明るくなる程の光を放っていて、その光が男の顔を照らす。


「久しいですね、兄上」


 そこにあったのは、よく見覚えのある顔だった。

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