反逆の決意 Ⅲ (アイラ視点)
「……アイラ、この一時間で何があったの?」
痛みに朦朧とする顔を上げると、そこにいるのはマルシア様だった。
「急に私を呼べとやってきたと報告があった時は驚いたわよ。焦らなくても話は聞くから、その傷の詳細から教えなさい」
そう告げるマルシア様の顔に浮かぶのは、心からの心配だった。
それに私、アイラはこの状況にも関わらず思わず笑ってしまいそうに鳴る。
本当にこの人は優しすぎる人だ。
こんな、急に屋敷に押し掛けた私を丁重にもてなし、怪我の心配をしてくれる程に。
「いえ、それより傷の手当てよ。今、医者は手配しているわ。それまで、応急処置の心得があるものに」
「マルシア様、私のことは捨て置いてください」
だからこそ、私は決意を固める。
例え、シャルル様の仲間と思われ、重い処分が下されようと、私はあのことを伝えなければならない、と。
傷が痛むのも無視し、私はその場に頭を擦りつける。
「アイラ? 何を……!」
「シャルル様が乱心しました。……マルシア様に危害を与えるつもりです」
しばらくの間、マルシア様は何も言わなかった。
そのことに心臓が凍るような錯覚に陥りながら、それでも私は続ける。
「せっかくのお慈悲をいただいたのに、申し訳ございません」
「……何が、あったの?」
マルシア様の絞り出したような声に、私は歯を食いしばってから目をつぶる。
そして、手短に今まであったこと全てを伝えた。
シャルル様にこの街に戻れることを伝えたこと。
結果、激高したシャルル様はマルシア様を敵視するようなことを言いながら、出て行ったこと。
私はしばらく家をでれず、もうシャルル様がでてから時間が経ってしまっていること。
マルシア様の顔に何かを後悔するような、表情が浮かんだのはそのときだった。
「……アイラの傷は、激高されたシャルルに負わされたの?」
「はい。申し訳ありません、本来ならこのような傷で報告が遅れるなど会ってはならないのですが……」
「いいえ、謝るべきは私よ」
マルシア様の細く、長い指が私の髪をかき分ける。
その下の痣をマルシア様は痛ましげに見つめていた。
「……私はシャルルに雑用が受け入れられないことは知っていたわ。その怒りを貴女にぶつけるだろうことも。その上でも、貴女がシャルルから離れられるようにと伝言を伝えた。でも、間違いだった」
マルシア様の冷たく、陶器のように艶やかな指が私の頬を撫でる。
「本当にごめんなさい、アイラ。……私の目測が甘かったせいで、貴女がこんな傷を負ってしまった」
ようやく、その時。
その言葉を聞いて、私は理解する。
……あのマルシア様が、私に謝罪していると。
そんな必要ないどろこか、私はシャルル様と同罪とされてしかたない立場であるというのに。
心の中、今まで感じたことのない暖かい感情があふれる。
この方を支えたいという、熱い感情とともに。
本当なら、この方に謝罪は必要ないと、どれだけ自分がマルシア様に感謝しているのか伝えたかった。
しかし、今マルシア様に危険が迫った今、そんな悠長な時間はなかった。
……シャルル様は、やると言えば本当にやる人間であると私は知っているのだ。
「お気遣い、ありがとうございます。……ですがどうか、何よりマルシア様は御身をお大事にしてください。あの方は、シャルル様は本気でマルシア様に危害を与えようとするはずです」
「……そうね、悠長に話している時間はないわ」
扉を開いたマルシア様が叫ぶ。
「誰か、カルタナを呼んで頂戴!」
そして返事が来る前に、自身の机の上の書類を探り始める。
「アイラ、シャルルの実力は分かる?」
「……はい、以前辺境にきた宮廷魔術師様と互角の戦いをされておられました」
「それなら、カルタナでは分が悪いわね。……街に被害がでてしまう。宮廷魔術師は今、誰がこの街にいたかしら」
そう言いながら、マルシア様が必死で書類を探す。
「衛兵にも、シャルルを見つけても戦闘は待つように通達しないと。今日の担当は……あ」
その動きが止まったのは、その途中だった。
「……ま、マルシア様?」
「焦って損をしたわね」
そういいながら、マルシア様は私に手に持った書類を渡してくる。
衛兵の名簿らしきその書類の、一番上の人物をマルシア様は指していた。
「っ!?」
その瞬間、想像もしないその名前を確認し私は言葉を失うことになった。
「──今日はこの街の最強が見回りをしている日だったわ」




