謎の女性 ⅩI (アイラ視点)
生まれて初めて歩いた豪華な廊下。
行きは恐れ多くて歩くことですら無礼にならないか不安でしょうがなかった。
けれど今、出口に向かって歩く私、アイラの頭に不安はなかった。
代わりにずっと離れないのは、先ほどの会話だった。
それこそ、マルシア様が私に向けて言ってくれた言葉。
──私が価値を見いだしたのは、魅了以外の部分よ。
その言葉に私は笑ってしまいそうになる。
なんておかしなことを言っているのだろうかと。
「魅了以外の部分、そんなもの私にあるわけないのに」
……けれど、その言葉とともにこぼれたのは涙だった。
その理由なんてわかりはしない。
けれど、なぜか私の目から涙が止まることはなかった。
「人の思考を奪って言いなりにさせる私に魅力? そんなものあるわけないじゃない」
そう言いながら私は笑う。
笑う度に、溢れる涙を拭いながら。
「目利きの女当主と言われていたのに、案外噂って宛にならないのね」
そういってさらに笑おうとして、けれど途中で私はやめた。
これ以上笑おうとすると、嗚咽が漏れそうになってしまって。
この綺麗な床が私の涙なんかで汚れないように、目元を厳重に覆いながら私は歩く。
「おい、そこのお前」
背後から、そう声がかけられたのはその時だった。
声の方向へと目をやると、衛兵特有の靴が目に入る。
ぼんやりとした頭に、もしかして牢にでも入れられるのだろうか、という考えが浮かぶ。
「前くらい見て歩きな」
……しかし、違った。
頭にかけられた柔らかい感触に手をやると、手に当たったのは肌触りのよいハンカチだった。
「それなら服を汚さずにすむだろう?」
それだけをいうと、衛兵は私がお礼を言う暇もなく去っていく。
そのハンカチを握りながら、私はふとあることに気づいた。
「……そっか私、シャルル様と離れることになるんだ」
それは私にとって、ずっと恐怖の対象だった。
逃げようとすれば、シャルルは怒りのままにどんなことをするか分からない。
いや、それ以上に私は自分の力が及ばない人と一緒にいるのが救いだった。
だから、私はどれだけ暴力を振るわれ、危険な道を歩んで行っても、シャルルから離れることはなかった。
なのに今、シャルルから離れることを知った私の心に一切の動揺はなかった。
それがどうしてか、何故そんな心の変化が起きたのか、私には分からない。
ただ、私は小さな笑みを浮かべた。




