mission4 ゲザリストドラゴン
私はエージェントドラゴン。
種族はエンシェントドラゴン。
ゲザー国の偉大なる王、カレーナル=ド=ゲザー陛下に仕える一人のエージェントだ!
………………
エージェントだ!
……いや違う。
こんな事をしている場合ではなかった。
緊急事態だ。
とんでもない事になってしまった。
予想もしていなかった事態なので、どうしたら良いのかすら分からん。
周りにいるゲザー騎士団も、身動き一つとれずにいる。
そう……
主と私の兄がゲザり合っているのだ!
二人とも、美しい土下座の姿勢で身動き一つせずにいる。
私が愛してやまない二人のゲザリストが、真っ向からゲザり合っているのだ。
一瞬たりとも目が離せない。
瞬きをする暇さえ惜しい程だ。
「凄まじい……。これ程のゲザり合いは初めてだ……」
ゲザー騎士団の団長が呻く様に言うのが耳に入った。
そう言うのが精いっぱいだという様に、騎士団長は立ち尽くしている。
だが、言葉を発する事が出来ただけでも褒めてやりたいくらいだ。
並みのゲザリストなら……。いや、一流のゲザリストであっても、言葉を発する事さえできないだろう。
それ程のゲザり合いなのだ。
他のゲザー騎士団員は、それを肯定するかの様に立ち尽くすのみだ。
「既に、一昼夜はゲザり合っているぞ……」
騎士団長の言葉の通り、既に、一昼夜はゲザり合っている。
時を忘れる様な時間だった。
素晴らしい土下座をありがとう。と、言うより他にない。
「……だが、そろそろ動くぞ」
「動きますか……」
私の言葉に、騎士団長が、緊張に耐えかねた様に唾を飲み込むのが分かった。
主と兄を注視する。
間違いなく動くはずだ。
私には分かる。
何故ならば……
土下座力が高まっているからだ!
場の土下座力が、この上なく高まっている。
主と兄。二人の土下座力が互いを制しようと高まり続けているのだ。
これ程の高まりは、私をして経験した事が無い。
「王位継承戦のゲザパワーを上回っている⁉」
騎士団量が叫ぶ様に言う。
ちょっと待ってほしい。
王位継承戦とはどういう事だ?
「主と王位を争った者がいるのか?」
「……はい。我が国は、西にタイラン帝国という敵を抱えていますので、それは凄まじい王位の押し付け合いでした」
なるほど。
だが、良く分からん事が一つある。
「主ならば、その土下座力で、他の者を制する事が出来たのではないか?」
「はい。圧倒的でした」
「ならば、何故、主は国王になったのだ?」
「陛下が、あまりに強大なゲザパワーを持っていたため、他の継承権を持つ方々が徒党を組んでゲザり合いを挑んだのです」
「……その程度で、主がゲザり負けるとも思えんが?」
「陛下は、自分以外の継承権保有者全員を相手に、一週間に渡って土下座を続けました」
「ふむ?」
「そして、継承争いから一抜けを果たしたのです」
?
ならば、何故、主が国王になったのだ?
「陛下が一抜けを果たした時、先王陛下が言われたのです」
「何と?」
「『一抜けを果たした者を国王にする』と……」
なるほど、土下座力を試していたのだな。
そして、主の類い稀なる土下座力が選ばれた訳だ。
納得だな。
「さぞ、見ものだっただろうな」
「我が国の『土下座名勝負十選』に選ばれています」
……他の名勝負も気になるな。
今度、主に聞いてみよう。
「妹を嫁にしてください!」
「勘弁してください!」
いつの間にか動きがあった様だ。
兄と主の叫び声が聞こえてきた。
どうやら、私を主の妻とするかどうかを話し合っているらしい。
「エンシェントドラゴンですよ⁉ 人間が、妻にしちゃまずいですよ!」
「大丈夫です! 創造神様も許可してくれてます!」
「どういう事ですか⁉」
流石は兄だ。
既に、創造神様の許可を貰っているらしい。
根回しが周到だ。
「エンシェントドラゴンは、世界の管理業務の一部を委託されてます!」
「知ってます! だから、人間と夫婦になっちゃまずいはずですよ!」
「創造神様も、妹のハチャメチャ具合は知っているのです!」
「神様まで、厄介事を押し付けようとしているって事ですか⁉」
「ぶっちゃけそうです!」
それは初耳だ。
自分でも気を付けているつもりなのだが、私のドジっ子は治らなかったからな。
「妹は、創造神様が矯正しようとしても叶わなかったのです!」
「神様まで匙を投げたんですか⁉」
「そうです! 『私は、全知全能ではなかった』と、言ったほどです!」
「なおの事、私に押し付けないで頂きたい!」
そんなに嫌か?
いくら私でも流石にへこむぞ?
「あの……」
騎士団長が声を掛けてきた。
何だろうか?
「どうした?」
「いや……、創造神様とお会いになった事がおありなのですか?」
なんだ、そんな事か。
「あるぞ。色々と教えてもらったが、何時も頭を抱えていたな」
「ああ……」
「私がやらかして、創造神様が頭を抱え、兄が土下座をするまでがセットだったな」
「なるほど……」
懐かしい思い出だ。
最終的に、『もう、好きに生きなさい。でも、可能な限り、他の者に迷惑を掛けない様に』と、言われたのだ。
そう言った創造神様の足下では、兄が素晴らしい土下座をしていた。
「一応言っておくがな……」
「……何でしょう?」
「兄は、創造神様に、『土下座においては、私の上をいく』とまで言わせているぞ」
そうなのだ。
兄も、創造神様に全知全能ではないと認めさせている。
それ程に素晴らしいゲザリストなのだ。
「創造神様にまで認められたのですか⁉」
「うむ」
神に認められたゲザリスト。
それが、兄だ。
「妹を妻としていただけないなら、考えがあります!」
「お引き取りください!」
主と兄の言い合いが白熱していた。
そろそろ、言葉だけでなく、ゲザり合いにも動きがある頃だろう。
そう思っていたら、二人が、一瞬にして姿を消した。
二人が居たその場には、地面に穴が開いていた。
「あれは⁉ 地中潜航土下座!」
騎士団長が叫ぶ。
他の騎士団員達も騒めいていた。
地中潜航土下座。
それは、土下座の性質上、相手を下に見た方が負けとなるゲザり合いで、物理的に下を取る土下座術の一つだ。
おそらく、地中では、二人による下の取り合いが行われているだろう。
「ヤバいですよ!」
「どうした?」
「陛下は、この技で、マントルまで達した事があるんです!」
「何と⁉」
何と素晴らしい!
流石は、私が見込んだだけはある!
兄と互角と言って差し支えない!
「穴と埋め戻すの、大変なんですよね……」
「大丈夫だ。それくらい、私が、魔術で戻してやろう」
私の言葉に、騎士団長が、ほっとした様に息を吐くのが分かった。
確かに、人間がやろうと思うと大変な作業かもしれんな。
「む?」
「どうしましたか?」
「二人が、上昇してきている」
「? もうですか?」
確かに早い。
二人ならば、もっと深くまで潜っていくものだとばかり思っていた。
だが、確かに上昇してきている。
何かあったのだろうか?
「来るぞ」
私が、そういった瞬間、二人が地表に姿を現す。
そして……
「⁉ あれは⁉」
騎士団長が叫ぶ。
そして、その視線の先には、兄が作り出した穴。
そこから、水が噴き出していた。
「っ! 違う! あれは、温泉か⁉」
湯気が、もうもうと上がっている。
兄は、温泉を掘り当てたのだ。
泉質は……。
魔力を多く含んでいるな。
ちょっとした魔法薬程度の回復が望めるだろう。
「待ってください!」
「どうした?」
「陛下を見てください!」
言われるがままに主に視線を向ける。
主の下には、かなりの量の石が積み上げられていた。
これは……
⁉ オリハルコン鉱石か⁉
何という事だ!
主は、オリハルコンの鉱脈を掘り当ててきたのか!
この短時間に、二人は、中々の物を掘り当てている。
つまりは……
これは、送り物だ!
兄は、温泉をプレゼントし、主は、オリハルコン鉱石を返礼品として用意した。
私が、下の取り合いに気を取られていた間に、二人は、プレゼントという形で優位に立とうとしていたのか⁉
何て高度なゲザり合いだ!
「これ程とは……」
「……貴方から土下座を教えられ、我々は、土下座を磨き続けてきたのですよ」
「……っ! そうか! ここは、あの時の……!」
どうやら、二人が、互いを好敵手として認めた様だ。
再び土下座力が高まっていく。
「このゲザパワー……⁉ 王位継承戦の二倍……! 三倍……! まだ、上がる⁉」
騎士団長の悲鳴にも似た声が聞こえる。
それも仕方ないだろう。
これ程の土下座力の高まりは、私をして、想定を遥かに超えるものなのだ。
「世界の支配者になりたくありませんか⁉」
「なりたくありません!」
「不老不死の妙薬はいりませんか⁉」
「いりません!」
「……良く効く胃薬もありますよ!」
「それは……、ちょっと欲しいです!」
ゲザり合いが白熱してきたな。
だが、そろそろ、終わらせる頃合いだろう。
このままでは、世界が、二人の土下座力に飲み込まれる。
土下座力に飲み込まれた世界も気になるが、実際、どうなるか分からん。
流石に、止めておいた方が良いだろう。
「それくらいにしておけ。二人の土下座力に世界が飲み込まれるぞ」
言い合いが止まる。
暫しの無言。
そして、二人が同時に口を開いた。
「「誰のせいだと……!」」
………………
誰のせいかと言われてもな……。
多分、私のせいなんだと思うが、何が悪いのか分からんからどうしようもない。
「諦めてくれ」
二人の溜息が聞こえてきた。
かなり、深々とした溜息だった。
「……止めましょう」
「そうですね……。我々が争っても仕方ない」
そう言って、二人が同時に立ち上がる。
二人とも、かなり遠くを見つめていた。
「……押し付けるつもりはないんですが、竜族全体で支援するんで、考えていただけませんか?」
「勘弁してください……。今の状態でも胃痛が酷いんです」
そう言って、二人は、もう一度、深々と溜息を吐いた。
そして、兄が此方に向き直り、言葉を掛けてくる。
「あんまり、迷惑をかけるなよ」
「善処する」
「……本当に善処しろよ」
そう言って、兄が小さく笑う。
こうやって、最終的には笑ってくれる。
我が兄ながら、苦労性だと思う。
そう言った意味では、主も、突き放さずに構ってくれるので、兄と同じく苦労性だろう。
「温泉は、お前が整えておけよ」
「分かった」
「ゲザー王が掘り当てたオリハルコン鉱脈もどうにかしろよ」
「それも分かった」
頷いて見せる。
兄が、満足した様に頷く。
兄の土下座を久々に見れたので、私も満足だ。
主だけ、胃を押さえて呻いているが、まあ、いつもの事だ。
「私は帰るが、その前に少し話をしよう」
「? 構わんぞ」
兄が、主達から少し離れた場所に移動する。
私も後に続いた。
「まあ、他の家族も元気だが、お前を心配していたぞ」
「私も元気だと伝えてくれ」
「いや……、お前が他人様に迷惑かけていないか心配していた」
そう言われると弱いな。
色々とやらかす日々を送っているからな。
迷惑をかけていないかと言われると、かけていないとは言えない。
無言の私を見て、兄が苦笑する。
その後も、家族の近況や、他のエンシェントドラゴン達の話などを聞かされた。
兄の他に、新たなゲザリストなドラゴンは誕生していないらしい。
それは残念だ。
そして……
そして、最後に、人間相手に既成事実を作る方法を長々と聞かされたが、流石の私もそれはどうかと思う。




