mission3 クッキングドラゴン
私はエージェントドラゴン。
種族はエンシェントドラゴン。
ゲザー国の偉大なる王、カレーナル=ド=ゲザー陛下に仕える一人のエージェントだ!
………………
エージェントだ!
よし、今日も良い感じだ。
この調子で、今日の任務をこなしていこうと思う。
さて、今日の任務は、別に主から指示された任務ではない。
何せ、主は胃痛を拗らせて寝込んでいるからな!
なので、今日は、主の為に料理をしようと思う。
私の手料理で元気になってもらうのだ。
そのためには、在り来たりな食材では駄目だ。
主の健康を取り戻すための飛びきりの食材が必要となる。
その事を主に話したら……
「胃痛の人間に何を食べさせるつもりなんですか……?」
とか、言っていたな。
だが、心配はない。
胃痛も吹き飛ぶ様な飛び切りの食材に心当たりがある。
安心してもらうために、主にもそう言ったら……
「私の胃を吹き飛ばすつもりじゃないでしょうね……?」
と、言われた。
………………
ナイスジョーク!
流石は、主。
中々のセンスのジョークだ。
土下座だけではなく、ジョークでまで私を楽しませてくれるとはな。
その心意気に応える為には、やはり、飛び切りの食材が必要だろう。
私の力をもってしても、集めるのに苦労する食材ばかりだが、主の為ならば、犬馬の労をいとう訳にはいかん。
待っていろ! 主!
伝説級の食材を集めてみせるぞ!
気合の咆哮を響かせる。
空を飛んでいた魔物達が落下していく。
半端に力のある魔物は、何を思ったのか襲い掛かってきたが、軽く蹴散らしておいた。
私を止める事の出来る者などいない。
速度を上げ、空を進む。
音速を超え、衝撃波が発生する。
割と低空を飛行していたので、眼下の森が軽く抉れたが、まあ、些細な事だろう。
そして、私は、その勢いのままに、第一目標に襲い掛かった。
「さあ! 食べてくれ!」
「胃痛なんですが……」
私の用意した料理を目の前に、主が何やらボヤいている。
まあ、確かに、胃痛ならば食欲が湧かないかもしれん。
だが、問題ない。
一口食べれば、そんな心配など吹き飛ぶはずだ。
それだけの食材を用意したのだからな!
「食べれば食欲も湧く! 素晴らしい食材ばかりだからな!」
「はぁ……」
私の言葉に、主はノロノロと匙を手に取る。
そして、目の前に置かれた一皿に匙を入れた。
「オムライスですか……」
「うむ! 自信作だ!」
主が、オムライスを口にする。
そして、飲み込むなり、何処か訝し気に首を傾げていた。
「どうだ? 美味いだろう?」
「そう……、ですね。……卵の味が濃くて、美味しいと思います」
口に合った様で何よりだ。
何せ、その卵は……
「私の卵だからな!」
主が口に含んでいた三口目のオムライスを勢いよく噴出した。
どうした?
殻でも入っていたか?
「ちょっと……! 待ってください!」
咳き込みながら、主が何やら言っている。
何か問題でもあったのだろうか?
「貴方の卵って……、どういう……、事ですか⁉」
何を言い出すのかと思ったら、そんな事か。
どういう事も何もない。
「私が産んだ卵だ」
主が大きく咳き込む。
気管にでも入ったのだろうか?
流石に心配だ。
「なんて物、食べさせてるんですか⁉」
?
何か問題だろうか?
……ああ! そういう事か!
「大丈夫だ。無精卵だ」
「当たり前です!」
違うのか?
なら、何が問題なのか?
「自分の卵を食べさせる事に抵抗はないんですか⁉」
「? 特にないが」
「嘘でしょう⁉」
そう叫んで、主が突っ伏す。
胃痛が悪化でもしたのだろうか?
ならば、私の用意したサラダの出番だな!
「主! サラダを食べてくれ!」
「もう、食べるのが怖いんですけど!」
何も怖い事など無い。
今の主に必要な物だ。
「大丈夫だ! 健康に良い植物が入っているだけだ!」
「……マンドラゴラとかじゃないでしょうね?」
「いや、別の物だ。一般的な薬に使われている植物だから問題ない」
主が、かなり疑わし気な表情で私を見ている。
心外だ。
私は、主の健康を考えて用意したというのに。
「本当に大丈夫だ。胃痛が良くなるはずだ。私の兄も胃薬にしていた植物だからな」
「貴方のお兄さんが……」
私の言葉に、主が意を決した様にサラダに手を付ける。
そして、一口、口に含んで咀嚼する。
「……どうだ?」
私の問いに、サラダを飲み込んだ主が驚いた様に声を上げる。
「本当に胃痛が治まっている……?」
……そうだろう!
私の兄も、この植物を食べた後は、胃痛が治まっていたからな!
胃薬に適した植物なのだ!
「これ……、何の植物なんですか?」
「世界樹の葉だ」
主が、その場に崩れ落ちた。
まさか、何かの副作用か⁉
流石に焦る。
私の兄はエンシェントドラゴンだから大丈夫だっただけで、人間には毒だったりするとまずい。
「ばん……やく………じゃないですか」
主が何か訴えかけている。
慌てて顔を主に寄せる。
その瞬間だった。
主が叫んだ。
「万能薬の主原料じゃないですか!」
耳が、キーンとなった。
驚く程の声量だった。
流石は主だ。
「万病を治す、伝説の万能薬の材料ですよ! 胃薬代わりにして良い物じゃないですよ!」
そんな事を言われてもなぁ……。
「私なら、いくらでも取ってこれるぞ」
「人間が、おいそれと手を出しちゃいけない物なんですよ! この葉一枚で、戦争になった事もあるんですよ!」
大げさな。
世界樹の守護者を名乗っているエンシェントドラゴンをボコボコにすれば手に入る程度の物だ。
「守護竜が居たはずですよ! どうしたんですか⁉」
「あの、態度のデカいオッサンだろ? ボコボコにしてきた」
主が倒れた。
胃痛が再発したのだろうか?
「……もしかしてなんですけど、貴方、エンシェントドラゴンの中でも強い方なんですか?」
何を言うのかと思えば、そんな事か。
「竜王のオッサンよりは強いから……」
「ちょっと待ってください! 伝説の竜王より強いんですか⁉」
?
それが、どうかしたのだろうか?
「私の家族は、全員、竜王のオッサンより強いぞ」
「嘘でしょう⁉」
「嘘な物か。中でも、兄は竜族最強と言われているぞ」
「ゲザリストなのに⁉」
「ゲザリストだからだ。何を言っているのだ?」
本当に何を言っているのだ?
ゲザリストこそが最強。
この世の理だ。
「まあ、私は、家族の中では二番目か三番目の強さだからな……。多分、竜族全体でも、そのあたりだと思うぞ」
「貴方の家族が竜族の上位を占めてるんですか⁉」
「そうだな」
倒れたままの主が黙り込む。
何か、ショックな事でもあったのだろうか?
視線が、どこか遠くを見つめていた。
「……話題を変えましょう」
「? 別に構わないが」
主が起き上がる。
色々と諦めきった様な目が気になるが、まあ、別にいいだろう。
「この料理、誰が作ったんですか?」
「? 私が作ったに決まっているだろう」
私の言葉に、主が首を傾げる。
何か、疑問でもあるのだろうか?
「ドラゴンが、人間サイズの料理なんか、良く作れましたね」
「人化の術がある。人間の姿で作ったのだ」
「……は?」
「いや、だから、人化の術だ。高位のドラゴンは、人間の姿になれるぞ」
「……そんな術があるのに、敵の調略情報が欲しいって言った時、ドラゴンの姿で行ったんですか?」
………………
言われてみれば、人間の姿で忍び込んだ方がバレにくかったかもしれんな。
流石は主。その事に気づくとは天才だろうか?
「気づかなかった」
「気づきましょうよ! 大騒ぎになったんですからね!」
そうは言うが、普段はドラゴンの姿だからな。
つい、人化できる事を忘れる時もあるのだ。
「……ちなみに、人化した姿とか、見せてもらえたりしますか?」
「別に構わんぞ。隠してなどいないからな」
主が望むなら、別に減るものでもないし、いくらでも御見せしよう。
すぐに人化の術を使う。
身体が縮小していき、人間の姿に変化する。
衣服もばっちりだ。
一度、衣服を作り忘れて、裸でうろついていたら、兄に殴られたからな。
「………………」
主が、此方を見て、呆然とした表情を浮かべていた。
何かおかしかっただろうか?
人化は、別に自由に姿を変えられる訳ではなく、あくまで生まれ持った性質を人間の姿に落とし込むだけだ。
見た目が気に入らないと言われると困るな。
そんな事を考えていたら、主が呆然とした様子のままに口を開いた。
「……女性、だったんですね?」
流石に耳を疑った。
主は、何を言っているのだ?
「私の卵を食べておいて、その台詞は無いのではないか?」
「止めてください! 思い出させないで! 見た目がタイプなだけに、より生々しく感じますから!」
………………
そうか……。
見た目はタイプか……。
良い事を聞いた。
「なら、番になろうではないか」
「突然、何を言い出してるんですか! 嫌ですよ! 貴方の後始末に追われる生活になるじゃないですか!」
「今までと変わらないのではないか?」
「そうですけど! 未来に希望を持ちたいんです!」
嫌か。
しかし、未来に希望か……。
主との結婚生活を思い浮かべてみよう。
そこに、主の言う通りに希望がなさそうなら諦めよう。
まずは、人間がするという結婚式。
互いの親族を集めて、番となる儀式を行う。
そして、皆が祝福する中、美しい土下座をする主……。
……悪くないな。
むしろ、良い。
次は、結婚生活か。
寝食を共にする生活になるな。
……朝起きて、主の土下座。
行ってきますの主の土下座。
そして、ただいまの主の土下座。
最終的には、おやすみの主の土下座。
………………
良いんじゃないか?
かなり良い。
まあ、待とう。
結論には、まだ早い。
主が国王である事を考えれば、子供を産む必要がある。
子育ては大変だと聞くしな。
そこを考えてみよう。
主との子供であれば、素晴らしいゲザリストになる事は間違いない。
身近に主という最高のゲザリストが居るのだ。
その上、必要とあれば、竜族最高のゲザリストである、私の兄の教えを受ける事もできるだろう。
………………
特に、不安になる事は無いな。
むしろ、希望しかないのではないか?
「主! 考えてみたが、私と主の結婚には希望しかないぞ! やはり、番になろう!」
「どのようにして、その結論に⁉」
「それだけ、主の土下座が素晴らしいという事だ!」
「土下座から離れましょう!」
「何を言う! 土下座と共に生きる以上の幸せなど無いぞ!」
そう言って、主の腕を抱きしめる。
私が、竜族としては小柄なせいか、人化すると、若干小柄な体格の人間の見た目になる。
主を見上げるというのも、中々に新鮮な感覚だ。
気軽に主に触れられるのも良いな。
「とりあえず、落ち着きましょう!」
「落ち着いて考えた結果だ!」
「御家族も反対しますって!」
「大丈夫だ! 私の家族は、私をさっさと結婚させたいと言っていた!」
「ヤバい! 生贄を探してる!」
主の言っている事は良く分からんが、結婚するにあたって、特に障害は見当たらない。
まあ、障害があっても薙ぎ倒すしな!
なので、問題など何一つ無い。
さあ行こう! 主よ!
私達の未来は明るいぞ!
その日、一頭のエンシェントドラゴンが異変を感じ取った。
一際、巨大な体躯のドラゴンだ。
そのドラゴンが彼方を見つめて咆哮する。
どこか、喜びを感じさせる咆哮だった。
それを肯定する様に、そのドラゴンの瞳には希望の光が宿っていた。
「ついに……」
ドラゴンが感極まった様に声を漏らす。
「ついに……、解放される時が来たのか……」
ドラゴンが立ち上がる。
その目からは涙が流れていた。
涙を拭う事もせず、ドラゴンは空へと羽ばたいた。
僅かな停止の後、迷う事なく、ドラゴンは、咆哮した彼方へと向かう。
目的地は決まっているのだろう。
ドラゴンの視線は、見通す事の出来ない目的地を見つめていた。
ドラゴンを止める者はいない。
止められる者もいなかっただろう。
何者にも遮られる事なく、ドラゴンは彼方へと去って行く。
そして……
そして、その場には、大量の胃薬だけが残されていたのだった。




