7.花言葉
加納の業務が終わるまで、私たちは学校の中を散策して過ごした。入学式の後に案内はされていたけれど、自分たちの意思で見て回ると、見える景色はどこか違って見える。
「こんなところ、入っていいのかなって思うような場所もあるよな」
「上級生の教室があるフロア、とかね」
「ドキドキするよね。急にドアが開いて、目が合って、会話に困ってしまったらどうしようって」
「だから、セイナは私の陰に隠れているわけね」
だって、先頭のままエンカウントはしたくないし。
こういったことが、最も身近なダンジョンではないか。私はそう思った。
合流して、私の家へ。マンションの前に立つと、加納があからさまに仰け反ってしまった。一番上なの、と言うと、口をあんぐりと開けてしまう。
「す、凄いのね」
そんな言葉が精一杯だったらしい。
ラウンジでは井上がコーヒーを飲んでいて、私たちを見て驚いたような表情を見せていた。
「強力な助っ人です」
と私が言うと、彼女は安心したように微笑んだ。
気を張っていたように見えた私のことを、心配していたらしい。これからは大丈夫だと胸を張って、みんなを我が家に招待した。
そこで、一通りのことを話した。
加納はどこか半信半疑だったけれど、実際にアパートへ向かって、その部屋に足を踏み入れると、顔を引きつらせて自分の軽く言ってしまった言葉を後悔したようにも見えた。
「加納先生、今からでも遅くはないよ」
「い、いいえ。教師に二言はありません。ここですごすごと逃げ帰ったら、何のために教師になったのか」
それでも決意は硬いと、拳を握って応えてくれた。
孝太も、翔子も、このファンタジーな部屋を喜んで見学していた。
「すげーな、この装飾。光っているぜ」
「本当。石を削ってできた細工なのに、なんで光っているのかしら」
「これ、削って売ったら金になるかな?」
孝太が振り返って訊く。
「んー、多分、勝手にやったら怒られる。すっごいお偉いさんに」
「それって、総理大臣?」
孝太はそう笑ったけど、私はハッと、思い出した。
「お祖母様、今の総理大臣のお姉様だった」
最後に会ったのは、祖母の葬儀の時だろうか、今ではあまり付き合いはないし、お祖父様の葬儀の際には指名選挙で忙しそうだったから。
自分のところは男ばかりだからって、可愛がられていたのに、なんであの時の居なかったのだろうって、少し不思議に思う。
まぁ、政治活動と個人の感情は、切離して然るべきか。今では、と言うよりも、昔からとても偉い人。そりゃ、深い所に協力者が居るわけだ。
「……あぁ、そう言えば、どうりでニュースから聞こえる名前に聞き覚えがあると思った」
翔子も思い出したようだ。子供の頃に、家で遊んでもらったことがある。その頃からずっと政治家をしていて、ついに総理大臣。
実物が身近にいると、継続は力なり、という言葉が身に沁みる。
「神郷さん、いい家柄だったのね……」
まるで遠くの人かのような目で見る加納に、私は手を振って応える。
「いや、総理の孫とかではないんだし、そんな偉い話じゃないよ」
「でも、総理の息子さんもお孫さんも、政治に全く興味がなくて困っているらしいですよ。後継は姉の孫ではないか、なんて話もチラホラ」
廊下から掛けられる声に、私は目を見開いた。
「え、そうなの?」
「噂話ですけど」
そんな話を耳にする彼女は、どんな立場にいるのだろう。
少し怖くなってきたけれど、この話はここまでにして、早速本題。
ダンジョンに挑むのは、私と孝太、加納と井上の四人に決まった。
大人が二人いたほうが良いという配慮から、加納と井上、そして私がいなければ話にならないのだから、そこまでの人選はあっさりと決まった。
後一人はどうするのか、というところで揉めるのかと思ったけど……。
「今回は、私が残ったほうが良いと思うの。だって、もしも誰かが訪ねてきたとして、入るのを良く見るのは女の子なのに、いかにも学生的な男の子が現れたら、ね」
それは、ちょっと恥ずかしいかも。大人の男性だったら、まだ……。いや、それはそれで拙い?
その辺りも今後の課題となって、先ずはこの四人での挑戦となった。
草原には変わらず、犬の遠吠えのようなものが響き渡る。思わず顔をしかめてしまう、憎らしい声だ。
孝太は明らかに気分が高揚しているようで、しきりに視線を巡らせて景観を楽しんでいるようだ。
「す、凄いところね。急に景色が変わったと思ったら……」
「加納さん、大丈夫?」
「え、ええ。ありがとう井上さん」
「私のことは、瑠衣で構いません。年も近そうですし」
「そう? なら、私のことも百合奈で大丈夫です」
「どんな教科を担当していらっしゃるの?」
「現代文です」
大人は大人でコミュニケーション。それでも周囲にはしっかりと気を配っているようだから、私は私で、孝太とともに周辺を調べてみよう。
「えっと、この草原に咲いている花の、花言葉を調べようってことになったの」
「へぇ。前を向け、とか、後ろ向きなやつ、とか。そういったことで方向を探ろうって?」
「そう。あと、武器の在り処を示すようなものもないかなって」
「ふーん、そう言うのも手に入れないとなのか。ゲームみたいで楽しそうじゃん」
流石は、お年玉の全てをゲームに注ぎ込む男。本体を買ってしまって、ソフトが買えなくなることでお馴染みの男。
「でもさ、武器の在り処を示す花言葉って、なによ」
「さぁ?」
例えば、足元に咲いていた『たんぽぽ』の花言葉は、『愛の神託』だとか、『幸せ』だとか。
それにどのような意味があるのかは分からないし、摘んでみても、その場を軽く掘ってみても、何かがあるというわけではなかった。
「スコップなんかが欲しいよなぁ」
「園芸用のスコップなら、持ち運びやすいけれど、大きなものだと荷物になるわ。それに、こんなアパートに運び込むのは、ちょっと怪しいかも」
庭があればカモフラージュになったかもしれないけれど、少し、部屋選びを間違えたのかもしれない。
お祖父様も、もっとしっかり、事前に説明をしてくれたら良かったのに。
「トリカブトとか、あれば良いんだけどな」
「トリカブトって……、あの毒の? なんで?」
「えっと、英語……、だったかな? ウルフズベインって言うんだよ。狼殺し。まんまだろ?」
私は目を見開いた。
「お、良い線いってる? 花言葉は、復讐、だったかな。ゲーマー知識も無駄にならないだろ?」
「なにそれ。ゲーマーって言うより、中二病?」
「そう言うのは卒業してるっての。他に、格好良い花言葉かぁ。何かあったかなぁ」
私の手から図鑑を取り上げて、パラパラとページを捲っている。それを余所に、私は声を張り上げる。
「井上さーん、トリカブトって、見たらわかる?」
「分かるよー。探してみる? 百合奈さん、私、探してみるから二人をお願いします」
「ええ、任せて」
そんなやりとりを見つめていると、孝太がそっと顔を寄せてくる。
「因みに、百合の花言葉は『純粋』『無垢』『威厳』な。ぴったりだろ」
思わず笑ってしまって、私はしばらく、彼女の顔を見られなかった。




