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6.親友プラス?

 授業に集中をして、しっかりノートを取らなければならないのに。


 私はそう思いながらも、視線はどうしても窓の外の青空を向いてしまい、口からはため息が零れ落ちる。


 授業を真面目に受けなくても、ノートを取らなくても。テストで良い点を取れる頭脳であったら、良かったのに。


 そんな思いは一瞬のことで、直ぐに頭の中はダンジョンのことでいっぱいになる。


 どうして、あんなに大人ばかりが集まってしまったのだろう。なんだかとても、気を使ってしまう。


 大人の歩調に合わせようと、焦ってしまうような。向こうが気を使っているのが分かるような。昨日、再びダンジョンに入ってみて、何だか少し、げんなりとしてしまった。


 私は図鑑を片手に、井上と所長が見つける花の、花言葉を調べていた。


「此処にも花があるね。草原にはあまり見られないような花だが、走っているときは必死で、あまり目に入らなかったのだろう。セイナちゃん、この花はなんだろうか」

「えっと……、どのページだろう?」

「もう少し先、そう、そのページ。ほら、ここ」


 その殆どが井上の指示を受けて、ページを探し出したものだ。これなら、二人で進めた方がよっぽど早い。完全な足手まといだった。


 なのに、なんで私が図鑑を確認する係りだったのだろう。


 そんなの決まっている。気を使ってくれているのだ。私がしっかり参加をできるように。重要な役目を、させてもらっている。


 そんな事、望んでいないのに。出来る人がやってくれたらいいのに。でも、自分でも解っている。


 そうして大人が率先して行えば、私はきっと、不貞腐れてしまうから。


 私はそっと、一番前の席で授業を受ける、翔子の背中を見た。頬杖を付きながら眺める私の姿は、態度が悪く映るだろうか。一番後ろの席であるから、それは多分、教壇に立つ加納しか分からない。


 孝太は、と廊下は側の一番前の席を見る。


 バッチリと視線が合った。心配そうな目。けれど、直ぐに逸らされてしまう。何だか気まずい。でも、何だか嬉しかった。


 自分のことを気にしてくれている友達がいる。


 それが嬉しくて、私はどうしても、ある考えが頭を過る。――彼らと一緒に、ダンジョンへ挑めたら。どんなに楽しいのだろうか。


 もしもこれが安全な場所であったのなら、私はきっと、迷わずに誘っただろう。


 袖に隠れた右腕には、いま、包帯が巻かれている。


 興味に負けて、花を探す二人に黙って、私は狼のような化け物に近寄ってしまった。その反応は、そこまで苛烈なものではなかった。


 まるで子犬が戯れるようなもの。相手の力量を測るようなもの。


 飛び掛かってくるそれを、腕で庇っただけなのに。爪が触れた腕は、浅く切れて、血が流れて――。


「神郷さん、大丈夫? 何かあった?」

「あ、大丈夫、です」


 いつの間にか、目に涙が溜まっていたらしい。


 怖かったし、痛かったし。怒られて、心配されて、とても申し訳なかった。


 そんな世界に、とてもじゃないけど、友達は連れていけない。でも、そんな失敗をして、再びダンジョンへ向かうのも気まずい。


 やっぱり……。そう考えて、堂々巡り。


「やっぱり、何かあったでしょ」


 窓の外を眺めていたら、いつの間にか授業は終わっていたらしい。机に手を付いて、翔子が見下ろしていた。


「すっごく、深刻そう。どうせ、調子に乗ってポカしたんでしょ。調子に乗りやすいくせに、落ち込みやすいんだから」

「放っておいて」


 そんなつもりはないのに、無愛想になってしまう。


「はぁ、まったく。ちょっと付き合って」


 肩を叩いて、翔子は廊下に出ていく。


 迷ったけれど、無視をするして喧嘩にでもなったら、もう立ち直れないほどショックを受けるだろうと思って、私はその後を着いていくことに決めた。


 まだ昼にもなっていないせいか、学食には人の姿は殆どなかった。忙しなく調理に励む人たちがいるだけで、サーバーから水を飲む人も見られない。


「この時間、結構穴場なんだよね。他の人は、自動販売機のほうへ集まるから」


 各階にある、休憩スペースのような場所のことだ。


 一番隅の席に座ると、彼女はテーブルを挟んで正面に。何を話すのだろう、と思ったときに、隣に誰かが座った。


「秘密の話なら、俺も混ぜてもらわないとな」

「孝太……」

「俺、お姫様のナイトだぜ?」

「いつの話?」


 小学校のお遊戯会で、私がお姫様役をやった時の話だ。孝太がナイト。翔子が男装の麗人で、私を取り合ってなんやかんやあった。


 詳しい内容までは覚えていなかったけれど、セリフを覚えたり、動きを覚えたり。みんなで話し合いながら作り上げた劇は、とても満足のいく思い出になったのは間違いない。


「何も話せないところを見ると、話したらアウト、なんでしょう? 貴女のお祖父様、謎の人物だったものね」

「悪の組織が動いているとか? はは、悲劇のヒロインじゃん」


 私はムッとして、孝太を睨んだ。


「悪い悪い。でもさ、それもこれも言わないお前が悪いんだぜ? だから、俺たちは余計な想像をしてしまうんだ。なにに巻き込まれるかは知らないけどさ、話してもらったほうがスッキリする」

「貴女のために命を懸けられる、なんて大層なことを言うつもりはないけど、ただ話すこともできないの? 話したら、何か変わるかもしれない。私たちが役に立たなくても、話を聞くくらいは出来るから」


 その優しさに甘えたくなるけれど、私の望みは、聞いてもらうだけでは留まらない。どうしても、巻き込んでしまうことになる。


「命は、懸けてくれない?」


 私は、そう言うだけで精一杯だった。


「無理」

「俺も」


 えぇ? その呆気なさに、私は悲しむどころか唖然としてしまった、椅子から転げ落ちそうになった。


「え、即答? 酷くない?」

「だから、深刻に考えすぎなんだって。そもそも、命を懸けて臨まないといけないことなの?」


 翔子の視線を受けて、私は言い淀む。


「だって、その、両親もそれで――」

「他には?」

「え?」

「それで、他に誰が亡くなったの? こういっちゃ悪いかもしれないけれど、運が悪かっただけじゃない?」


 えっと、それは、どうなんだろう。


 確かに酷いことを言われているのだろうけれど、でも、私の両親なんだ。祖父母の息子たちなんだ。そんな、命を顧みない蛮勇なんか、するのだろうか。


「事故だったら、用心すれば防げると思うんだよな。ミスは学べる。なんて、俺たちはお前のお袋さんたちに会ったことがないから、こうやって軽く言えるんだろうけどな」

「今の貴女だと、深刻になって命を粗末にしそうなのよね。大人に対して強がるところがあるでしょう? ほら、犬山先生。あの人に釣り合おうって、一生懸命になったり」

「そ、そんなこと!」


 ないとは、言えない。


 彼がすごい発見をしたから、負けてられないって。あまり意識はしていなかったけど、やっぱりムキになって、私は化け物に近寄ったのかも。


 それくらい、私はまだ、子供なんだ。


「しっかりしなきゃならないことは、大人に任せてさ。子どもは子どもらしく、できる範囲でやれば良いと思うんだよ。大人に囲まれて、何だか借りてきた猫みたいになってんじゃねーの?」

「孝太……、なんで、そんなことが分かるの?」

「ここ最近、大人に囲まれて歩くお前を見かけることが多かったからなー。おうおう、背伸びして澄ました顔をしやがって。って、思ってた」


 それが一番恥ずかしい。


「赤くなってる。図星だー」

「違うもん! 翔子、指ささないで!」

「上品な口調はどうしたの?」

「知らないっ!」


 ツーン、とそっぽを向く。何も緊張しない。自分を大きく見せることもしない。とても気が楽で、心地が良い。


「でも……」


 私はちゃんと、二人のことを見た。


「私が一番、信頼できる人は、二人なのかも」

「いや、二番目でしょ」

「俺は一番に立候補したいけどな」

「茶化さないで!」


 ムッとしながらも、心はとても軽く。私は二人には、ちゃんと話をしておこうと決めた。


「うっ、うっ。何だか分からないけど、とても感動するやり取りねぇ」


 予想外の場所から聞こえる謎の声!


 驚いたように跳ね上がった私たちは、周囲に視線を巡らせて――、券売機の陰から現れた人物の姿に、口をあんぐりと開けて固まってしまう。


「神郷さん、私のことも頼ってね。私、生徒の為なら命だって惜しくない。そう、私は生徒の為に生きているの。それが教師としての信念。誇り。その覚悟を示すのが、今! この時なのねっ!」


 顔に似合わず熱血。涙で濡れた哀れなメイク。私たちは呆然としながら、涙を流す加納を見守った。

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