第十四話 来訪の目的
古城の応接間は、真っ先に改修された部屋だ。
白漆喰ではなく植物模様の彩りを与えられたアイボリーの壁紙、定番の真紅ではなくダスティローズのソファセットに落ち着いた調度品の数々、火を入れられたばかりの暖炉がぱちぱちと音を立てる。
若い新人メイドが殊更静かにティーセットをテーブルへ置くと、そそくさと扉のそばへ踵を返す。何せ、古城の主人は成人したばかりの青年貴族で、自ら騎士団を率いるような大胆不敵な人物だと噂で耳にしているからだ。
しかし、今のミロスラフにその面影はない。
目の前のソファに座る質素な地元民の格好をした女性へ、どう話をすればいいかさえ思いつかない奥手な若者でしかなく、むしろその灰色髪と青目を持つ女性は堂々としていた。
若いメイドは、気迫すら感じられる客人へ目を向けることもかなわない。ミロスラフに部屋を出るよう促されたときには、いそいそと持ち場を離れたほどだ。
二人きりになった応接間で、ミロスラフは問いかける。
「ジュリエッタ、そう呼んでいいのか? 君はジュリエッタは死んだと言っていた、なら今ここにいるのは誰なのか、教えてくれ」
女性は淡々と答える。
「今の私は、『ドルイドのシーラ』です。ジュリエッタではありません」
そう呼べ、とばかりにシーラの語調は断定的だ。
シーラはミロスラフの内心の戸惑いを無視して、話を進める。
「その上で、グレブ公爵へ申し上げます。この半年、王国北西部に領地を持っていた貴族たちは、ほぼ全員が戻ってきていません」
「ああ、中には自身や家族がオークの木になってしまった者もいるし、貴族の誰もがこのあたり一帯を恐れて寄り付かなくなっている」
「そこで、王国北西部に残る各領地の領主の館に立ち入り、残された資料を持ち出す許可をいただきたいのです」
「資料を持ち出す……? なぜ?」
現在、王国北西部のすべてがグレブ公爵領となっているが、半年前までは無数の中小貴族たちが領主としてバラバラに統治していた。
そして彼らは『災い』の恐ろしさを察知して、領民を見捨てて慌てて逃げ出したため、都市も領主の住む邸宅も放置されたまま、家自体の消滅や混乱により所有権も曖昧なものとなっていた。
シーラはそこに残る大量の書類を持ち出したい、というのだから、ミロスラフもその意図にいささか首を傾げざるをえない。
(私に会いにきた理由としては、まあ納得できなくはないが……彼女はもう『ジュリエッタ』に戻る気はなく、何かをしようとしている。私を置いて、先へ進んでいるんだな)
そんな思いを、ミロスラフは口にせず、胸の奥にしまっておいた。
シーラの邪魔をしたくない、しかし無条件に力を貸すこともためらわれたし、なのに何もしないでいられない。彼女のために、と何でもしたくなる湧き上がる衝動を抑えるしかなかった。
シーラは相変わらず、堂々としている。
「ご存じのとおり、王国北西部の異教を奉じる人々は王国側から迫害を受けてきました。信じるものや祭祀を司るドルイドをひた隠し、後からやってきた王国の民との共存を強いられてきたのです」
正確には共存ではなく、現地の民やドルイドは身分階級を落とされたも同然だが、あえてシーラは触れない。
「そして、彼らは文字資料を残す文化も余力もなかったため、王国北西部古来の歴史を知る手がかりの一切がないのです。あるとするならば、支配者層がその土地の民について語る詩歌や報告書の類だけでしょう」
そこまで聞いて、ミロスラフは得心がいった。今やドルイドを名乗るシーラならば、文字の読み書きだけでなく知識も豊富で、王国北西部の詳細を知ることができるなら網羅的な歴史書を書くことさえできるだろう。
「なるほど、それが目的か。だが、何のために君がそれを欲するんだ?」
たとえば、王国側の支配者層から見た侮蔑的な文書の数々も、彼女が検閲して取捨選択することまでできてしまう。
もっとも、彼女にその目的はなさそうだが、では何を目的としてわざわざ——因縁のあるミロスラフへ、仮面を脱ぎ捨て顔を見せたのか。
その答えは、ミロスラフにとって意外なものだった。
「あなたのためです、グレブ公爵閣下」
「私?」
「ドルイドたちを迫害しない、共存を選んだあなたに、一切合切を献上するためです。そこには、私が残すものも含めます。残念ながら私自身の手で残すことが叶わないため、誰かに記述を頼むことになりますが」
「そう、か」
少しだけがっかりしつつも、ミロスラフはシーラに『ジュリエッタ』の面影が残っていることを喜ぶ。
聡明で、誰かのためにと思いやる心を持つ彼女は、不正や改竄のためにここへやってくることはないだろう。ミロスラフはそう確信が持てた。
「それと、もう一つ大事な理由があります」
「どんな——」
突然、応接間の扉が開かれたことで、会話は中断を余儀なくされた。
真紅のドレスを着たテオドシアが、侍女たちを従え、ヒールを鳴らしてやってくる。
「ミロス様、こんなところにいらしたのですね、お客人のもてなしは私に任せてくださればよろしいものを」
テオドシアは、シーラへ愛想笑いを浮かべて向き直る。
しかしその目には、まるで獲物を取られまいとする猛獣がごとき警戒心がむき出しとなって、敵意さえもなみなみと湛えられていた。
さすがにシーラへの敵意は看過できない、ミロスラフがテオドシアを追い出そうと腰を上げて、制止の声を喉から出そうとしたとき。
シーラは、ミロスラフを視線一つで抑え、テオドシアの前に歩を進め、壁のように立ち塞がった。
「どなたか存じませんが、おそらくやんごとないご身分のご令嬢かと推察いたします。私は『災い』の過ぎ去ったのちも留まるグレブ公爵閣下へ敬意を表し、王国北西部奥地へと代わりに出向くことを提案しにまいりました、シーラと申します」
シーラのあまりにも滑らかな口上に、テオドシアも無理に口を挟めない。
第一、『災い』の後処理はグレブ公爵の主目的の一つであり、王命だ。そこに関与する者を、部外者であり実務に無関係の令嬢が口出しなどできようがない。
「そう、ですの。私はセイジェルフォード公爵の娘テオドシア、以後お見知りおきを」
「光栄です、レディ。しかしご安心を、私は取るに足らぬ捨て駒、と見ていただいてけっこうです。それが使命ですので」
シーラが感情も込めずにそう言い放つため、テオドシアもどう答えるべきか考えあぐねているのは明白だった。
それに、シーラの発言にもっとも業を煮やしたのは、テオドシアではなかった。




