第3章 踏界ノ憐憫【トウカイノレンビン】②
まったく!音環は構えなおすと右手を振り下ろした。そして、ジャカジャカと激しくかき鳴らし始めた。
それはまるで、突き抜けて門亜のベースの音を二つに割るかのようだった。
むぅ、と眉をしかめた門亜はさらに激しく弾き始めた。時に、ピタリ、と音を止め、まるで急ブレーキをかけるかのようだった。
翻弄されたのはすべっタローだった。声の大きさは決して負けていなかったが……門亜の激しい音に戸惑いを隠していなかった。
生への渇望。
まさしく門亜の音は飢え渇き、求めているかのようだった。
二曲目に行こう……門亜が次の曲の前奏を弾き始めた時
「ちょっとちょっと待って!」
空河が入ってきた。門亜はベースを弾く手を止めた。
「もう少しで僕たちも調整が終わるからちょっと待って。ほら、すべっタロー、虫の息」
そう言うと、空河はスティックですべっタローのいるほうを指した。するとすべっタローは咳き込みながら座り込んでいた。
「あ、ごめん……すべっタロー」
我に返った門亜はしょぼん、として言った。するとすべっタローは、いいよ、というかのように手を振りながら
「きちんと喉を温めないで歌い出したオレが悪かったんだ。ちょっと休ませて。そうだ、カズヤから新曲が来ていたんだけど譜面、練習した?」
新曲?門亜はスマホを開いた。……確かにカズヤから連絡が来ている。
すると、音環が自分のタブレットを開いて、門亜のパートの譜面を見せた。
「前に、すべっタローが書いていた『全人類呪いの歌』だよ。あまりにもタイトルがひどいから『踏界ノ憐憫』に改題したけどさ」
全人類呪いの歌、と聞いた門亜は噴き出した。確かに、ひどすぎる。
でも……踏界ノ憐憫、このタイトルは誰がつけたんだろう?門亜は目線を大河に向けた。すると、
「残念ながら、俺じゃない。直球の方が好きだからな。
意味を持たせるなら、すぐに意味が分かるような浮雲、とか引っ越しの多い奴に言う葛飾北斎、とかさ。まあ、このタイトルは音環だ」
と大河は言い、少しは国語力が上がったんだな、と続けた。音環は余計なお世話だ、と言った。
門亜は譜面を見ながら詩を目で追った。
『ボクのパーソナルスペースに踏み入れたあなた/ボクのスイッチが入ったことを知らない』
うん。共感できるぞ。門亜はうなずいた。ホントだ。ボクの入って欲しくない領域にずかずか入るやつが多すぎる。
『その境界は結界/愛しているあなたでも許さない/スイッチの入ったボクは呪いをかける』
ホントだ!ずかずかと入った挙句、ボクの気持ちをゴリゴリと削って行った伯父さん!もう!呪いたいぐらいだ!!
ふつ、と門亜の心に炎のようなものがくすぶり始めた。
詩は続いた。うん、うん、とうなずきながら目で追っていくと、最後の一節に目が留まった。
『呪いをぶつけるボクを見つめるボクがいる/そのボクは愛したあなたに憐憫の気持ちをぶつける/その呪いに身をゆだねる?or NO?』
門亜はぎゅっと目をつぶった。
おぇぇぇ。これ、普通の恋愛の歌だったんだ。うっかり伯父さん思い浮かべちゃったよ!全人類呪いの歌、のイメージで読んじゃったじゃないか!
おぇぇ、と首を前に傾け、まるで吐き出すかのようなしぐさをする門亜に、音環は声をかけた。
「俺たちもそれぞれ自宅で練習を始めたばかりだから、新譜の方はちょっとずつ合わせていく感じだよ。あちこちで音を鳴らしているから、これ、練習したら?」
タブレットそのまま使っていていいよ、と音環は言うと、そのまま大河の所に向かった。
門亜が再びタブレットの譜面に目を落とすと、少し離れたところで音環が大河に「ここの部分……」と声をかけているのが聞こえて来た。
多分、気になるところを部分部分合わせて、調整していくのだろう。
……いつもの空気だ。門亜は頬を緩めると、すべっタローが空河に話しかけているのが見えた。そして、ドラムに合わせて歌い始めるのを見て、門亜は首をかしげた。
しかも、謎の振り付けをしながらだ。先住民の祈りじゃないんだからさ!しかもこれ、呪いだよ!
ふぅ。本当にいつもの空気だ!まあ、いいか。
門亜は譜面を読み始めると、ゆっくり弦を押さえ始めた。そして、弦に触れないように右手で弾き始めた。
まったく……詩は素敵なのになんでこう、よくわからないタイトルをつけるんだろう。ボクが作った『てのがねぇ』も『花より団子』に改題されたし。
タイトルから中身が分からないようにする、というやつかな。だとしても『全人類呪いの歌』はひどすぎるよね。
ふっ。タイトルの全人類呪いの歌、に思いが至った時、口元が緩んだ。そのまま譜面を追いかけていたが、そのまま笑いがこぼれてしまった。
……だめだ。じわる!
「門亜、大丈夫か?気がふれたか?」
反対の壁にいた大河が、そう言いながら門亜の元に来た。
読んでくださりありがとうございます。
曲のタイトルを決めるのに、ギャップを持たせたいと思いを馳せたのですが、自分でも意外な名前を付けてしまって、逆に離れられなくなりました。




