第16章 哀歌④
「音環、オレにりんごのカクテル取ってちょうだい」
すべっタローが言った。ホントにこいつはリンゴが好きだな……。音環はバケツからカクテルの缶を取り出すとすべっタローの前に置いた。
納屋の前に備え付けた灯りが、影を濃くしていた。すべっタローはカシュッと乾いた音を立てて開けると、そのまま半分ほど飲み干した。
「やっぱり、あの歌『全人類呪いの歌』で良かったんじゃない?」
すべっタローの言葉に、音環は飲みかけていた酒を噴き出しそうになった。
「これ、度数高いんだから笑わさないでよ。鼻に入ったら最悪だよ」
ジロ、とにらむと音環は言った。
「えー。だって、恋愛って呪いのようなものじゃない?1回でも知ったら、元には戻れないんだし」
まあ……当たってはいるけどさ。俺は、恋愛の本質を知らないのに愛だの恋だのを歌う歌は嫌いだけど、何よりも恋愛を呪いに当てはめるほうが嫌いです。
俺が欲しい家庭、呪われていたら嫌だから。
どう言ったものか、と音環が考えあぐねていると、門亜が口を開いた。
「あはは。そうかもね。呪いでもいいや。彼女を守れるなら」
そう言うと、冷めたピザをかじった。あっという間に平らげると、チキンロールちょうだい、と言った。
音環は黙ってチキンロールを取り分けた。
――だいぶ飲んだな。
音環は台の上の空き瓶を見て言った。
「買ってきた俺が言うのもなんだけど……門亜、もう1升半飲んでる」
門亜は頬杖をついてニコニコしていた。すべっタローの前にも空き缶が7-8個並んでいた。
音環が袋に空き缶をまとめていると、すべっタローは突然「ジャン、ジャン」と言った。
「本日のメインイベント、ロシアンホットケーキ!」
すべっタローはあたりに響かないように、声を少しだけ潜めて言った。
「8等分にするよ。そして、俺が取り分けるからね」
怪しげな手つきでナイフをホットケーキに刺しこむと、不公平な8等分に切り分けた。
「これ、門亜。こっちは音環ね」
すべっタローはそう言いながら、ホットケーキを紙皿に乗せて行った。
「なんか、上にかかっているんだけど」
音環は怪訝そうな顔をして言った。すべっタローはニヤニヤしながら
「ジャム乗せれば見えないよ。先に2切れ目乗せちゃうね」
と言い、残った二切れも門亜と音環の皿にのせた。
「何だか懐かしいな……」
音環はジャムをすくった。そして、2さじ門亜の皿にのせると、どれだけ乗せる?とすべっタローに聞いた。
すべっタローは音環がジャムを載せるたび、もう少し、もう少し、と言った。ジャムとホットケーキの面積が一緒になった。
小学生の時から変わってないな。あ、高校の時に収穫の手伝いに来た時も、同じことをやった。音環は山盛りに乗ったジャムを見て思った。
ホントにすべっタローはリンゴが好きだな。
「では、いっただきまーす」
すべっタローは勢いよくジャムの山を崩し始めた。
ホットケーキはジャムを食べる口実か?音環はジャムだけをすくって食べる、すべっタローを眺めながら思った。
音環は恐る恐るホットケーキを口にした。上にかかっていたあの透明なやつ、漬物の汁じゃないか?
過去に何回か見た、すべっタローの何とも言えない顔を思い出した。今回は俺か……でも、臭いがしないんだよな。
音環はさらにホットケーキを口にした。
「「「ん!」」」
「甘!」
音環はびっくりしてホットケーキの乗った皿を見た。透明なもの、これはもしかして……。
「メープルシロップがかかっていておいしい」
門亜がポツリ、と言った。やっぱり、これはメープルシロップだったのか。
おいしいな、と音環がすべっタローに言おうとすると、すべっタローは台に突っ伏していた。
「俺のホットケーキに漬物の汁かかっていた……」
またかよ!
音環は呆れたように笑うと、門亜も続いてくすくすと笑った。
――星がきれいだ。オリオン座はどこだ?
音環は日の沈んだ方向を見た。きっと、遅れて追いかけるように沈もうとするはずだ。
きれいに並んだ3つの星が、西の空に差し掛かっていた。
「すべっタロー、ごみはまとめたけど……後は頼んじゃって大丈夫か?」
音環は門亜を背負うような感じで抱えるとすべっタローに言った。
「いいよ。それよりごめんな。オレんち、客用布団無いんだよ」
すまなさそうに言うすべっタローに、音環はいいよ、と言った。
「大丈夫さ。リビングのソファに転がしておくから。酔っぱらいの千鳥足だからちょっと時間かかるけど……15分くらい歩けばつくから、酔い覚ましに丁度いいかもな」
ほれ、行くよ、と音環は門亜に声をかけるとすべっタローのりんご園を後にした。
――朝、音環は玄関のチャイムの音で目が覚めた。
前日の夜、門亜をリビングのソファに寝かせると、自分もそのまま向かいのソファで寝てしまった。音環はゆっくりと起き上がると、門亜はまだ眠っていた。
時計は10時を指していた。誰だろう?休みの日に。
音環が玄関を開けると、風よけ室のガラス越しに大河の姿が見えた。
「おはよう。すべっタローが、きっと門亜が音環の家で暴れているだろうから見に行ってやってくれって」
大河が大きな包みを持って入ってきた。
「門亜、まだ寝てるよ」
音環が言うと、大河は苦笑した。
「よっぽど飲んだんだな。と言っても、俺はビールをコップ一杯で寝ちまうから、全然見当がつかないんだが」
「ちょうどよかった。俺、朝食になりそうなものを買ってくるから、門亜の相手してて」
そう言うと、音環は財布を持って近所のスーパーへと歩いて行った。
――パンとサラダの材料になりそうなものを抱えて音環が自宅に戻ると、門亜と大河が顔にマスクを貼り付けて上を向いていた。
またかよ!音環は2人を無視してキッチンへと入って行った。
「大河は?食べたの?てか、早く家を出てあげなよ。空河、籍を入れたのにまだ一緒になれないってかわいそうだよ」
音環は言った。
「今絶賛探しているさ。学生の出入りや社会人の出入りでアパートの空きの動きが激しくて、逆に翻弄されているところ。まあ、もうじき落ち着くだろう……」
大河はマスクを外しながら、どこかぼんやりと遠くを眺めていた。
第16章はこのエピソードで終わりです。
すべっタロー、いつも漬物の汁がかかっていますが……元祖、塩スイーツと言ってもその嘆き、浮かばれなさそうですね。
次は閑話休題ですが、音環の理不尽なお仕置きの章です。
読んでくださりありがとうございます。




