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邂逅  作者: 群青 ひら
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第16章 哀歌③

「ありがとうございました」


県警本部に着いた門亜は伯父にお礼を言った。私服警官はすでに降りて、駐車場には門亜と伯父だけが立っていた。


鍵を受け取った伯父はつぶやくように言った。


「桜花、だ。苗字は言えない。言ったら探すからな。探さなかった奴なんていない」


門亜は無言でうなずいた。


「いいか。お前にできるのは祈ることだけだ。支えることなんてできない。


罪の意識を持ちながら、ここまで生かしてくれた人の思いをもって生きていく。桜花はその覚悟をもって生きていく、と言っていた」


門亜は鼻の奥がツンとするのを感じていた。


しばらく涙を押さえていたが、こらえきれず涙があふれだしてきた。


「彼女の名誉のために言っておく。あの男は大学のサークルの先輩だったらしい。仕事を失ったからしばらく助けてほしい、と転がり込んできたそうだ」


かりんらしい。潜入捜査が始まったばかりの頃、ごみを出していた門亜に絡んできた女性キャストを諫めたかりんの姿を思い出した。


キャストをかばいながら、店に戻って行く後ろ姿が印象的だったな、と思い出している門亜に伯父は続けた。


「アルバイトして生活費を入れるもんだから、放っておいたようだ。恋愛対象に見ていなかったからな。


そしたらいつの間にか……倉庫にさせられていたとのことだ。ばらしたら組織に消されることは知っていたが、組織そのものは知らなかったよ」


伯父は門亜の背中を軽くたたいた。


「俺も、今回桜花を誕生させることで他の県警に借りを作った。お前も、失ったものがあるだろう。いろんなものを失った中で生まれたんだ。桜花は。


だから、大丈夫だと信じてやれ」


門亜は伯父の肩に顔を押し当てると静かに泣いた。伯父はそんな門亜の肩を軽く抱きしめてポン、ポンとたたいた。


昼食に誘うか、と伯父が思った時、スマホの通知音が鳴った。メッセージの主はすべっタローだった。


「今日、仕事が終わったら飲みに行かないかと門亜に伝えてほしい、だとよ。俺を何だと思ってる……」


ふぅ。伯父は呆れながら言った。門亜は慌てて小さなバッグの中の自分のスマホを見た。


連絡をくれ、と言うかのように、つららエクスカリバーを持った様々なポーズをする侍が画面を覆っていた。


呪いか!門亜は口元を緩めた。


「すみません、ボクのスマホに何度も連絡を入れていたようです」


そう言うと、スマホの画面を伯父に見せた。


「アイツは……お前の彼女か何かか?おもっ苦しいな」


呆れたように言う伯父に門亜は苦笑した。


「まあ、昼食でも食べに行かないか。と言ってもラーメンぐらいだぞ。あの喫茶店は勘弁してくれ。その後はお前は帰っていい。あいつらに会って、日常を取り戻して来い」


そう言うと、伯父は歩き出した。




りんご畑の先に、夕日が沈むころ、音環が大きな袋をいくつも抱えてやってきた。


「ごめん。遅くなって。酒盛りと聞いたから車を家に置いてきたんだ」


こんな時間にすべっタローのりんご畑に来るのは久しぶりだ。と、音環は思った。


小学校以来か?昼間には何回か来たことあるけど。


音環は袋を台の上に置くと、中身を広げだした。


「ピザとサラダと、後はちょっとしたものと。なんか、今日はチキンロールの大きいのが安かったから買ってきたよ」


ありがとう、と言うとすべっタローはおかずにかかっている蓋を外した。そして、音環の耳元に口を寄せると、精算は後で……、と言った。


「はい。門亜。冷えていたほうがいいだろうから、小さめの瓶の日本酒を買ってきたよ。あと、これは瓶の色がきれいだったから……ちょっと甘口らしいんだけどね」


音環はそう言うと、すべっタローが用意してくれた、氷を張ったバケツに日本酒の瓶を挿して行った。


「すべっタローはこれでしょ」


と言うと、新製品のカクテルの缶を同じくバケツに沈めた。


「俺はこれ」


ふふん、と言うようにカルヴァドスを台に置いた。


門亜は毛布にくるまったまま、空を見ていた。音環はグラスに日本酒を注ぐと黙って門亜の前に置いた。


「そう言えばさ、オレのばあちゃんが門亜にってホットケーキを焼いてくれたんだ。多分……冷蔵庫で冷やしたから例のやばいやつ。


大丈夫だろうけどロシアンルーレットしないか?」


すべっタローは冗談めかして言った。それ、また漬物の汁がかかっているってことか?


「オレが切り分けて渡すから、恨みっこなしな」


……だよな。はぁ、と音環はため息をついた。門亜はくすり、と笑った。


オレンジ色の光を一筋残して、あたりは濃い群青色に包まれた。すべっタローは「逢魔が時」とぽつりとつぶやいた。


「すべっタロー、その呪いのような言葉止めようよ」


音環は毛布にくるまるとピザにかじりついた。


……もう冷めてる。この時期に外で食べるとあっという間に冷たくなるな。今度は別のにしよう。


音環がそんなことを考えていると、門亜はぽつっ、と言った。


「なんかさ……ボク、境界を踏み越えちゃったかも」


ん?境界?どこかで聞いた言葉だな……と音環が思っていると


「ボクを憐れんで……」


そう言うと、門亜は台に突っ伏した。みると、720mLの瓶が二つ、空いていた。


踏界ノ憐憫かよ!門亜、ペース早すぎ!


音環は冷めたビザを門亜の目の前に置いた。


「門亜、つまみなしでそのペースは速すぎ。それ、食べ終えないと次の瓶は渡さないよ」


そう言うと、天然水のペットボトルを置いた。


「門亜、憐れむのを望むより、境界を踏み越えられないやつのことを憐れんでやれよ。俺なんて、いつもひっぱたかれて終わりだぜ」


そう。温かい家庭が欲しい、それだけなのにその境界に近づくことすら俺には危うい。


憐れんで手に入るなら、どんどん憐れんでほしいくらいだ。


読んでくださりありがとうございます。

門亜がゆっくりと日常を取り戻す章です。

でもきっとそれは新しい日常なんだろうな、とも思います

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