第2章 本人に成りすます③
掃除道具を片手に店に出ると、先に掃除を始めていたシルバーヘアの男性が
「いいんじゃない?清楚な感じで」
と言って来た。すると、奥から
「悪かったですね!清楚じゃなくて。もう衣装変えましたよ!」
と、女性の声がした。衣装を変えた、との声に門亜はちらり、と奥を覗いてみた。
なんてこった!門亜は目を丸くした。そして……。
敗・北・感。門亜はがっくりうなだれた。
和服の襟を肩まで下げた、今はやりの女性キャラの格好をその女性はしていた。そして、うわ乳が半分出ていて、その破壊力は門亜の自尊心を粉々にした。
天然物に負けた……。
門亜は悟られないようにうつむくと、黙々とテーブルを拭き始めた。
その時、
「ごめんなさぁい!寝坊しちゃって!」
と門亜の目の前をすらり、とした足が早足で通って行った。慌てて顔を上げると、魔法少女のような恰好をした女性が和装の女性の所に向かって行くところだった。
ミニスカートを広げるために何段もフリルを重ねたパニエ姿は、その足の形の良さを引き立てていた。
……2度目の敗北。
門亜は泣きそうになった。せめてさ、男のカッコをさせてよ!
その時、シルバーヘアの男性が魔法少女の女性に言った。
「メイク、忘れてないか?すっぴんだろ」
門亜はその女性の顔をまじまじと見た。顔かたちは整っていて別に変じゃないけど……大人顔で確かにアンバランスだ。
男の指摘に、魔法少女の女性は「あ゛―」と、声にならない叫びをあげて、更衣室へ戻って行った。男は軽くため息をつくと
「まったく……騒がしい」
とつぶやいた。
その声が聞こえたかのように、マスターがキッチンから出てきた。
「おや、モーアちゃん、早いね。それじゃ、簡単に説明しようかね」
そう言うと、門亜をカウンターの中へ呼んだ。
「ここに、カクテルの種類と、ベースになるリキュール、合わせる炭酸やジュースなどが書いてあるから、それを見て作ってね。
おつまみとかはキッチンに声をかけてくれれば僕が作るから。大丈夫。お客さんの話を聞いているだけで、モーアちゃんは絵になるからね」
絵になる……?ボクは騙されないぞ!門亜はメイド服の裾をぎゅっと握った。
果たして、マスターの言葉が正しい、と証明されるまでに、そう時間はかからなかった。
清楚感……シルバーヘアの男性が言ったその言葉は、ある種の客に新鮮に映ったらしい。最初こそグループでまとわりついていた彼らは、やがてコッソリ1人で通うようになっていた。
トワ・エ・モアのモアはしゃべらない。それを門亜も貫いた。そのせいか、時折受けた注文をキッチンに行ってマスターに伝えているのを見た客は
「モーアちゃんの声が聞きたい!」
と言って、追加で注文をするほどだった。
人からちやほやされることに慣れていなかった門亜は、最初の頃はくすぐられているようでドキドキした。しかし、何度も繰り返されると、次第に閉口するようになった。
「モーアちゃんて、トワ・エ・モアのモアに似てるよね。」
(ええ、本人ですが?何か?)
これを何回繰り返したことだろう。そして、無表情でリンゴシードルを手渡すと、真っ赤な顔をした学生が一気に飲み干した。
「あー、モーアちゃんのそのアイマスクほしい!」
と、モアの顔に手をのばすのを、すっと後ろに引いて逃れる、この繰り返しだった。
門亜の姿勢の良さが、無口と相まって「良いところのお嬢さん」感を出していた。
「モーアちゃん、夜の仕事に染まる前に卒業しちゃいなよ。清楚キャラなんじゃなくて清楚なんだから」
自分より年下の学生に説教をされた時は、自室に戻った時、夜通し眠っているはずの伯父にLINEを送り続けた。
キャストに負けることより、学生に説教されることより、何よりも門亜にとって許せなかったのは初日に言われた伯父の『捜査に乳は必要ない』との一言だった。
『セクハラだ!アルハラだ!』
初日、仕事を終えた門亜は伯父にLINEを送った。
『うわ乳が半分出たキャストがいるんだけど!生活安全課の仕事じゃないの?』
雪崩のようにLINEを送った。吹き出しがいくつも続いた。
画面の右半分が吹き出しの紫色に染まったのを見て自分でも少し引いたころ、返信が来た。
『すまない。我慢して頑張ってくれ。隣のガールズバーの子と仲良くなれれば半分以上達成だから』
あれ?しれっと指示、増えてない?
普段なら寝ているであろう伯父は、門亜のLINEに丁寧に返してきた。それでも、門亜の気持ちは収まらなかった。
天然物の破壊力はとどまるところを知らない。ガーターベルトに網タイツ。そして黒のピンヒール。それを和服の前合わせからチラチラ見せている。
そして、門亜の自尊心を一撃で打ち砕いたうわ乳。
せめて、かわいい服を着ていたならそれだけで十分なのに、ボクにはだっさいメイド服。もう少しフリルと……。
門亜がかわいい服に思いを寄せていると、伯父から返信が来た。
『いや、あまり派手だと生活安全課が来るかもしれないから……捜査がとん挫するからそうなる前に止めてくれ』
結構無理を言う。いや、こちらは天然物に負けっぱなしなんですけど?。
『ボクも乳盛っていい?!』
は?伯父は一文字で返した。
『お前、何しに行っているんだ?捜査に乳は関係ないだろう!』
甥の心、伯父は知らず……。捜査に乳は必要ないけど、捜査を続けるのに乳は必要なんだ!
『もうやだ。服はだっさいし、乳盛らせてくれないし!』
家に帰ろうかな……でも、そう言う訳に行かないな……。
門亜は伯父からの返事を待った。次は何て打ってやろう。
ところが夜もかなり遅くなったせいか、伯父からの返信はなかった。
ふざけるな!門亜は静まったままのスマホの画面に見飽きると、床に放りなげてベッドにもぐりこんだ。
門亜が、支給されたメイド服にため息をついている頃、スタジオではすべっタローがため息をついていた。
「すべっタロー、門亜はキャリア再教育とかで3か月はあちこち行くから、最初の週の週末は来れないって言っていただろ」
音環は肩を落としているすべっタローに声をかけた。
録音を伴わない、ただ練習の日だけであればメンバーが欠けることがある。そして、今までもそうだった。
その都度、すべっタローは肩を落としていたが……今日のはひどいな。悪いものでも食べたか?
「おいしいラーメン屋さん見つけたのになぁ」
ふいにすべっタローは言った。
あに?練習ではなくてその後のラーメン?俺、炊飯器のタイマー、夕食に合わせてセットしちゃったんだけど!
「まあ、来週にしなよ。で、ちなみにそこは匂いのつくとこ?」
すべっタローは返事の代わりににんまり、とした。
読んでくださりありがとうございます。
第2章 完了です。
書いていて思いましたが……Vバー、繁盛していて何よりです。




