第2章 本人に成りすます②
門亜は伯父にメッセージを送った。
『潜入捜査の前に生活の準備があって、しかもこれから車を戻すとなると今日の夕方の潜入に間に合いません』
ふん!と鼻を鳴らすと門亜は続けた。
『せめて、最低限の準備だけでもしておいていただけなかったのでしょうか』
送信のマークをタップするとき、門亜は全くだ!と口にした。
すると、伯父からはすぐに返事が返ってきた。
『車を戻すのを先にしておけ。潜入は明日からで構わん』
そして、メッセージが続いて返ってきた。
『俺の時は、カーテンをひいた何もない真っ暗な部屋で息をひそめて数日過ごしたんだ』
そのメッセージを読んだ門亜は、自分がただ真っ暗な部屋で、カーテンの隙間から外を眺めている様子を想像してみた。
……やだ。とてもじゃないけどボクはお断りだ。
見なかったことにしよう。
門亜はベッドを箱から出すと、その段ボールを他のごみと一緒に車に積み込んだ。そして、一時間かけてもと来た道を引き返した。
――メイク道具もなかったじゃないか。
門亜は自宅に戻ると、自分の部屋からヘアケアとスキンケア、メイク道具をカバンに詰めて持ち出した。
トイレ掃除の道具一式がそろっていたのに、ボディシャンプーすらなかったぞ!
門亜は風呂場に行くと、使いかけのボディシャンプーを持ち出した。
シャンプーとコンディショナーは駅近くのドラッグストアで買おう。もう荷物が多すぎて電車に乗るのに気持ちが萎える。
しかも。駅までタクシーを使ったっていうのに、次の電車が40分後。おまけにしばらく特急がない。
潜入よりも前途多難。
門亜は、電車を待つ間のろのろと伯父にメッセージを送った。
『今から電車に乗ると、丁度、お店に行く時間と被るのですが、顔出しだけでもした方がいいですか?あの衣装、着てませんけど』
はあ。門亜はため息をついた。
しかも、だ。伯父はどこまでVバーのマスターに話をしているんだろう。女性が来ると思って男性が来た、と思われると厄介だ。
少しして既読が付くと、伯父から返事が返ってきた。
『マスターには話をしておく。顔だけでも出してくれ』
まあ、そうだよね。門亜がうん、うん、とメッセージにうなずいていると、もう一つ伯父からメッセージが上がってきた。
『いつもの姿で問題ない。あと、店に更衣室があるから普段の姿で通勤してかまわない。間違っても、あの衣装で通勤するなよ』
……危なかった!あのだっさいメイド服で外を歩くところだった!
門亜は誰も見ていないのに赤面した。
――やっとの思いで弘前駅に到着すると、門亜は店へと向かった。3階建てのビルに着くと、門亜は2階を見上げた。
店の前には大きな花立てが2つほど並んでいた。
……開店したばかりだったのか。
門亜は裏側に回ると、階段を上り、店の勝手口に立った。
「ごめんください。今日からお世話になるモーアです」
扉を開けながら声をかけた。そして、門亜は伯父からもらった情報どおりに、自分の名前をモーア、と名乗った。
名前に近いほうが、呼ばれても自然に反応できるだろう、とのことだった。
しばらく入居がなかったのだろうか。店の中からかび臭いようなニオイが少しだけ漂ってきた。
普通、クリーニングなり改装なりするんだけどな……もっとも、更衣室やキャストのちょっとした休憩スペースだったりするから、店内ほどきれいにしていないのかな?
店内でこのニオイがしたら大問題だ。
そんなことを考えていると、物音が止まって奥からマスターらしい初老の男が出てきた。
「お父さんから話は聞いているよ。社会経験したいんだったよね。ちょうど、他の子たちも出勤してきたから、顔合わせだけでもしようね」
社会経験?顔合わせだけでもしようね?伯父さん、ボクのことをなんて言ったの!!
ニート扱いされた……!門亜は静かに憤慨した。
だまって初老の男の後をついて行くと、奥に支度を済ませたらしいキャストが3人座っていた。
門亜は、目を見開いた。
ボクが……ボクが目の前に2人いる!
門亜とそう年齢の変わらなさそうなキャストのうち、1人は髪をシルバーにした和装の男性ビジュの男だった。
そして残り2人はSAKIOTTEのトワ・エ・モアのモアのようにそれぞれ違うタイプの妖艶なドレスを着てアイマスクをし、髪色も紫にしていた。
……ボクが渡されただっさいメイド服よりぜんぜんいい!
「おや、トワ・エ・モアのモアちゃんは人気があるんだね。これで3人目だ」
初老の男は笑った。すると、妖艶なドレスを着た片方の女は言った。
「あはは!マスター、じゃ、私は明日から彼に合わせて和装ビジュにしようかしら」
その言葉に、うっかり門亜は「それじゃ、そのドレスをボクに貸してもらえませんか?」と言いそうになり、あわてて口をつぐんだ。
門亜はもう一度、キャストの3人の顔をぐるり、と見た。そして、和装の男性ビジュの男と目が合った時、門亜はゾクリ、とした。
門亜がよく着けるようなアイマスクをして、その目線ははっきり見えないのに、男からは何か言いたげな鋭い視線を感じた。
そう。例えて言うなら白バイ隊員のサングラスの奥だ……。
たまに、先輩にそんな目線を送られた時、ボクはもう一度降車後点検に行ってしまう。そして大抵、どこかのボルトで緩みが残っているんだ。
「よろしくお願いします」
まるで機械がしゃべるように、やっとのことで門亜は言葉を絞り出した。
翌日。
はぁぁ。門亜は更衣室で支給されたメイド服を見てはため息をついた。
とてつもなくダサい。改めてみると、布がペラペラだ。色も、染色の際に赤か青で染めてから黒に染めていないのか、全然深みがない。
いうなれば茶に近い黒。おまけにてかってる。
これ、楽市楽座とかで売ってる、某国のやっすいドレスでしょ。ワンシーズン着れるか微妙なやつ。
とりあえず今日はこれで働くけどさ……。伯父さんに言って新しいのを支給してもらおう。出来ればボクが選びたい。
のろのろと、メイド服に着替えると、靴下をハイソックスに履き替えた。
……あれ?
既製品のためか少し緩みがあったが、それでもぴったりのサイズに門亜は驚いた。
ふうん。少しは考えたんだ。ほんの少しだけ、門亜は機嫌が良くなった。
門亜は朱に近い赤で口紅を引くと、ヘア用のカラースプレーを内側に吹きかけビジュアルをモアに仕立て上げた。
読んでくださりありがとうございます。
ビジュアルバンドの方々のメイク用品、おいくらするんだろう……などと思いながら書いていました。
バンド活動ではなく、仕事で使って減っていくのを見たら……門亜は泣きそうになるだろうなと……。




