第2章 本人に成りすます①
門亜は弘前市に向かって車を走らせていた。まずはアパートを確認しよう。どうせ、Vバーへの出勤は夜からだ。
それにしても。内部に身バレするとは思わなかった。何よりも、伯父に売られるとは思わなかった。
口留めにサインを渡したし……カズヤに相談するのは癪だったけど、結果として助かった。
すでに、音環がカズヤに相談していたらしい。いずれ身バレするだろうし、その時にサインをせがまれるのも想定していたとか。
下手にサインを渡そうものなら、SNSで自慢するのが普通だ。
まさかコピーして配布するとは思わないが、いずれにしても媒体にその特性を与えればいい。カズヤはまるで文章を読み上げるように淡々と言った。
カメラならQRを読み込ませて画面を覆えばいいし、コピーは偽造防止の表示をコードに入れておけばいい。そう、音環とカズヤで打ち合わせていたそうだ。
それを実際に作り上げたカズヤは天才だ。
急いでいたから、どのように表示されるかまでは見なかったけど……データは残っているから今度見てみよう。
そんなことを考えながら門亜が車を走らせていると、小一時間ほどで弘前市に到着した。城下町でありながら、明治、大正、昭和の街並みが混在している街。
特に明治、大正のころの建物は西洋文化を積極的に取り入れて独自の文化をはぐくんでいたから、時間があるときに見に行きたいと思っていたんだよな……。
大学の近くを通った時、門亜の目に『旧藤田住宅』の文字が入ってきた。太宰治まなびの家……ここにも太宰治か。
結構青森県内をうろうろしたんだな。太宰治、確か金木町の出身だったんじゃなかったかな……。実家は仕送り大変だっただろうな。
ふぅ。門亜の脳裏に、吹雪の中嫌と言うほど見た「太宰治 文学碑」の文字が浮かんできた。いや……本は読まないから、どんな話を書いたのかよくわからないけど。
本なら、大河に聞けばいい。大学在学中に本を読みたいから、と教職を目指したよく分からないやつだ。
門亜は、高校生の時、あまりにも国語の成績が悪くて教科の先生からいびられていたことを思い出した。
ある日、いつものように国語の教諭が皮肉の雨を門亜に浴びせていると、怖い顔をした大河が門亜の元にやってきた。
そして教諭に低い声で一言「浮雲」と言うと、皮肉はピタリ、とやみ、次第に顔色が真っ青になって行った。
門亜は、国語の教諭が去ったのを見ると、大河に
「なんか呪文みたいなのを唱えたけど、なんか凄いね。なんて言ったの?」
と聞いた。すると、涼しそうな顔をして大河は言った。
「浮雲な。あれ、作者が二葉亭四迷って言うんだ。名前の由来がさ……」
にやり。意味が通じたな、と言いたげな顔をして笑った。そして、門亜に名前の由来を説明した。
「父親から『くたばってしまえ』と言われた経験からその名前をつけた、というのが定説だ。
あの顔は、俺に『くたばってしまえ』と言われた気持ちになったんだろう。まあ、腐っても国語の教師だな。本を読まないやつも結構いるようなんだが」
ふん。と廊下の奥に向けて、小ばかにしたような顔を大河はした。
……あ、大河と空河が通っていた大学、ここだった。信号待ちで回想をしていた門亜は大学の案内の表示に、はっと気が付いた。
すべっタローも確か大河と同じ大学だったはずだけど、ボクが通っていた大学の授業もちょいちょい受けていた気がするぞ。あいつが一番よくわからない。
信号が青に変わった。門亜は前の車に続いて走り出した。
しばらくみんなに会えないな。せっかくSAKIOTTE活動を再開したのにな……。
無事にこの任務が終わったら。伯父に仕返ししよう。
そう思った瞬間、口の端が上がるのを門亜は感じた。
――住所にあったアパートに着くと、門亜は車を自分の部屋番号が書いてある場所に停めた。運転席から2階の自分の部屋を見上げると、部屋の中が丸見えだった。
これ、ターゲットが来たら丸見えじゃないか。――カーテンはあるのか?無かったら今日中に買ってきて目隠ししないと……。
門亜は慌てて、車を降りると、裏に回って階段を駆け上った。そして、預かったカギで扉を開けると、がらんとした部屋に飛び込んだ。
ダイニング、と言うにはこじんまりとした台所を通り抜けると、和室が二間続いていた。
そして部屋の真ん中には庶民的家具店で買ったようなカーテンと布団といくつかの段ボールが積まれていた。
そのうち、大きな段ボールを見た門亜は愕然とした。
ベッドも組み立てからかよ!
もういいや、とりあえずカーテンをつけるところから始めよう……のろのろと、門亜はカーテンの入っている袋を開けて、広げると、フックをつけ始めた。
住めるようになるまでの準備、どれくらいかかるんだろう……せめて、最低限の組み立てくらいしておいてよ……。
自衛隊みたいに訓練されているわけじゃないんだからさ。
夕方の潜入に間に合わないじゃないか。
続いて、門亜は袋の中を次々と確認した。
便座カバーとトイレ掃除道具一式。やかんと鍋、ちょっとした食器。そして。やや大きめの袋を開けたとき、門亜はがっくりとうなだれた。
中からは、ひざ丈のメイド服とアイマスクが2セット出てきた。
……トワ・エ・モアのモアの服装って、革パンツじゃないの?!まさか、女性の服?しかも……とてつもなくダサい。
フリルなんて、ちゃっちいのがちょっとだけついているだけだし。大河のばあちゃんを見習ってよ!
これを着るのか……。門亜は脱力した。そして、精神がゴリゴリと削られていくのを感じた。
その時だった。伯父からメッセージが入った。
『朝言い忘れたが、車は弘前に持っていくなよ。車で行ってしまったなら、家に戻しておけ。面割れするからな』
そのメッセージを読んだ門亜は、危うくスマホを壁に投げつけるところだった。
先に言ってよ!
第2章 門亜の章です。3つに分かれます。
自分で書いていて思いましたが、実際にやられたら堪えますね。
現実はどうでしょう……お忙しい部署でしょうから、ありそうです。




