第1章 プロローグ 突然の来客②
すると、伯父は言った。
「巣になっている店の目星はつけている。
お前はその隣のVバーにキャストとして入って、様子を見てほしいんだ。
騒ぎになった時にいつも出入りしている人物だとか、まあ、テラスで渡す馬鹿はいないだろうが……そんなのがいたら写真でも撮ってくれるとありがたい」
???キャストとして勤める?Vバーに?しかも写真を撮る?
「オレオレ詐欺の時、コンビニに停まっている犯人の車の中の写真を撮っただろう」
伯父は静かに言った。
門亜は音環とカズヤが自撮りをする風にして、写真を撮ったことを思い出し、ぎゅっと心が痛くなった。
あの時、僕が怒ったせいで、音環が青森を出ようとした話を聞いた。もう、そんな気持ちはないみたいだけど……。
門亜は思い出すだけで、ズキリ、なんて生易しいものではない、心臓がわしづかみにされたような衝撃を感じていた。
「あれは、友人が機転を利かせて写してくれただけです」
門亜が言うと、伯父は
「真似をすればいい」
と言った。押し問答のような会話に小隊長は口を開いた。
「Vバーで工藤に適任のキャラクターがいるらしい。SAKIOTTEとかいうバンドの、トワ・エ・モアのモアだ」
トワ・エ・モアのモア。その名前を聞いた門亜は赤面した。そして、一瞬にして青くなった。
……無償とはいえ、副業がばれた。あの衣装じゃ……始末書で済むかどうか……。
門亜の顔色を見た伯父は続けた。
「大丈夫だ。小隊長と俺は高校の同級でな。警察学校も一緒に入った仲だ。知っておいてもらった方が、今後何かといいだろう」
……ボクを売ったな!門亜は今日だけは呪いをかけたい気分になった。
「他の隊員には、キャリアプランを広げる目的で試験的に行っている、と説明する。実事故やケガで白バイを下りる隊員もいるから信じるだろう」
小隊長はさらり、と言った。
ああ、呼びに来た隊員の何か言いたげな目線はこれだったのか。事前に周りに言い触れたな!門亜は両こぶしに力が入った。
「じゃ、来週月曜日、県警本部で待っているから」
と伯父は言った。
抗えないってやつか!目線が強くなった門亜に、小隊長がそう言えば、と言った。
「娘がトワ・エ・モア推し、とか言っていたんだが、君ともう一人のサインを貰うことは出来ないか?」
「聞いておきます……」
門亜は力なく答えると、一礼をして、応接室を出た。そして、廊下でガンガン、と床を蹴飛ばすと、音環にどう言ったものか、と考えた。
月曜日、門亜は少し早く出て交通機動隊の庁舎に向かうと、まっすぐ小隊長の所へ向かった。そして、口早に
「身バレしたから口留めに助けると思ってサインを頂戴、と言いました。絶対に公開しないでくださいね」
そう言うと、小さな色紙の入った袋を渡した。そして、一礼すると門亜は県警本部に向かった。
門亜は運転をしながら、数週間前にあった薬物の研修の内容を思い出していた。
ゾンビたばこ……。その正体は、導入麻酔薬であるエトミデートをリキッドに混入し、電子タバコで摂取可能にしたものだ。
吸引すれば意識は混濁し、多幸感とともに深い昏睡に陥る。
だがその間、肉体は激しい不随意運動を起こし、意志とは無関係に痙攣や徘徊を繰り返す。
過剰摂取すれば、呼吸抑制から死に至ることもある猛毒だ。
外見は市販のフレーバーリキッドと見分けがつかず、一見しただけでは摘発の決定打に欠けるのが現場の泣き所だ、と言っていた……。
県警本部にはすんなり到着した。そして門亜は駐車場に車を止めると、まっすぐ伯父の所に向かった。
伯父は門亜の姿を見つけると、世間話をするように自動販売機の前へ連れ出した。そして、メモをそっと渡すと
「弘前のアパートと勤め先だ。勤め先のマスターは俺の知り合いでな。
うすうすは感づいているだろうが……。誰がつながっているのかわからないから、同じ警察官でも秘密だ」
……最悪だ。門亜の心はひどく冷えた。ボクの情報1つで、捜査の失敗はおろか命を落とすことにもなりかねない、と言うことだ。
疑心暗鬼。伯父さんはこういう世界にいるのか。
「アパートには生活の物のほか、仕事に必要なものもそろえている。足りなかったら連絡をくれ」
伯父はそう言うと、ポン、と背中をたたいた。まるで『よろしく頼むぞ』と言うかのような仕草に、急に肌寒さを感じた。
その頃。小隊長は色紙を渡したときの門亜の様子に言いようのない気持ちの悪さを感じていた。
SNSにアップするな、とは当然だ。そして仮に載せて騒ぎになったら俺のキャリアにも影響が出る。
そっと、小隊長は色紙の入った袋を開けてみた。
中には一枚、ポップなキューブ状の模様が入った小さな色紙に、新曲の名前とトワ・エ・モアのサインが書かれていた。
そして、片隅にQRコードが付いているのに気が付いた。
小隊長は自分のスマホを取り出すと、QRコードをカメラに写した。すると……。
赤、とも赤黒とも言えない色が色紙を覆った。
もしや?と思ってコピー機にかけると、出てきたものは細かく『コピー』の文字が浮き上がって色紙のサインを台無しにした。
よく見ると、色紙の模様のように見えたキューブ状のものはすべてQRコードだった。
鉄壁だ……完璧だ。工藤、あいつは一体何者なんだ?
それにしても。血を思わせるような赤黒い色に、小隊長は一日気分の悪い思いをした。
第1章はここで終わりです。
これからもどうぞよろしくお願いします。




