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邂逅  作者: 群青 ひら
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第16章 哀歌①

2日後、門亜はVバーを訪れた。


髪は短く切りそろえて、スーツを来ていた。細いシルバーの縁の眼鏡をかけた姿は、どこかの銀行員のようだった。


「へえ、そうやってみると、普通の男の人に見えるね」


男性キャストは冷やかすように言った。


門亜は照れ臭そうに笑いながら、お世話になりました、とジークフリートで買ったスイーツを渡した。


「これ、マスターが好きなんだよね。今回は、なかなか青森市に行けなかったからマスター、喜ぶよ」


ありがとう、と男性キャストはそう言いながら袋を受け取った。


「隣のお店、閉店しちゃったからこっちにお客が流れてさ。しっかり稼がしてもらってるよ」


モーアちゃんも来てくれると嬉しいんだけどね。と冗談めかして言った。そして、あ、そうだ、と小さく言った。


「年が明けたら、この店も閉めるよ」


門亜はえ?と言うような顔をした。


「クリスマスはかきいれ時だからね。しっかり稼がせてもらうけど、年明けはほとぼりも覚めるころだから」


はい、どうぞ、とキャストはカウンター越しに紅茶を出した。


数日前は、奥の控室で温かい紅茶を飲んでいたな……ふいに門亜はなかなか冷めないマグカップを思い出した。


「彼女たちはもう少ししたら来るかな。弘前城の紅葉をマスターと見に行ってる。


これからどんどん忙しくなるからね。見に行っている余裕も無くなるかな。と言うよりもう、紅葉も終わりだけどね」


軽い口調で言う男性キャストに、門亜は改めてこんな声だったかな?と思い出してみた。多分、この声なんだろうけど……。少しだけ、砕けた感じだ。


隣の店が閉店して、もう、脅威は無くなったから……。ふい、と真っ暗な隣の店を見た。


淡いオレンジやピンクの照明が、可愛らしさを引き立てていた。それも、もう、点くことはない。


「まだしばらく営業はしているけど、もう、この店にも来ないんだよ。せっかく、元の世界に戻れたんだ。戻ってきちゃだめだよ」


急に、まじめな顔をして男性キャストは言った。門亜が慌てて顔を見ると、ふっと口を緩めていつも見ていた、キャストの顔に戻った。


「1つ聞いていいですか?あなたはどういう人なんです?」


門亜はじっと目を見て言った。一瞬、キャストはニッと笑いながら門亜を見ていたが、急に真面目な顔になると、電子タバコのスイッチを入れた。


「前に、君の警護で僕が付いていた話はしたよね」


はい、と門亜はうなずいた。


「詳しくは言えないんだけど、協力者。聞いたことないかな」


ドラマの中では聞いたことあるけど……実際に聞くのは初めてだ。


門亜は伯父が警察官以外の人間に仕事をさせると知って驚いた。と、同時に胸の中で何かがストン、と落ちる音がした。


都合よく潜入が出来る店があったり、この店に簡単に受け入れてもらえたりしたのは、事前に話がついていたからだろう。


「怪しまれないために、しばらく営業しなくちゃいけないし、お金も自分たちで稼がないといけないんだ。協力金は出るけど、多額じゃないし、それ以上は使途不明金になるからね」


彼はエアロゾルを吐き出すと、冗談めかして言った。


「採算取れるようにするのは、なかなか大変だけど……君の伯父さんや、他の人に恩義があるからね。出来る限り返したいんだ」


まあ、足を突っ込んじゃったから、水も合うしなかなか抜けられないんだけどさ。


と続けた。


……彼も新しい戸籍をもらった人なのだろうか。門亜は聞きそうになったが、言葉を飲み込んだ。


「門亜くんは、事故処理とかでそれなりに凄惨なものは見ていると思うんだ。でも、どうしようもない絶望や怨嗟の表情をした人の顔、見たことないでしょう」


彼は再び電子タバコをくわえた。そして、味わうように深く吸い込むとふぅ、と長く吐き出した。


「ああいうのを見ると、ひどいときには心が壊れる。壊れない人もいるし、治ることもあるんだけどさ。でも、見たときはすでに心の奥に種を植え付けられているんだ。


そして何かの瞬間、一気に育って心を覆いつくす。食い破られないように戦うしかないんだ」


彼は電子タバコをポケットに入れると、門亜をじっと見た。


「いいかい。そう言った精神の状態は知らないほうがいい。市民を守るには普通の感覚を持った人が必要なんだ。ここのことはもう忘れるんだよ。来ないんだよ」


門亜の心に、彼の言葉が響いた。普通の感覚。ボクは裏側の人のことを知ってしまったけど、普通の感覚に戻れるのだろうか。


……それでも、戻らないといけない。


門亜は紅茶を飲み干すと、ごちそうさまでした、と立ち上がった。すると、男性キャストは思い出したように言った。


「そうだ、君の伯父さんから伝言があったんだ。今日から1週間の間に、とんでもないニュースが出るけど、気にするなって。信じろって伝えてと言ってたよ」


門亜は分かりました、と言うと扉を開けた。そして、頭を再び下げると、静かに扉を閉めた。


――彼の言う通り、新聞に1つの記事が載った。


薬機法違反の疑いの被疑者女性、逃走後に死亡――。


検察庁に送検の際に隙を見て逃亡し、青森港へ飛び込んだ、と言うものだった。そして、翌日に遺体が上がり、家族が確認した、とあった。


記事は警察の不手際を追求する内容だった。


ただ、幸いなことに、既に証拠は押さえてあることから犯人グループへの追及には影響しないだろう……という論調で締めくくられていた。


門亜はおじさんの「信じろ」と言う言葉を繰り返し反芻した。


……新しい戸籍のために、仕方のないことなのだろう。無事だ、記事はフェイクだ、と門亜は何度も自分の中で反芻した。


そして、反芻するたび、自分の中で何かが乾いていくような気がした。




東京で桜が咲いた、とニュースが言っているのを門亜は聞いた。


じゃ、こっちは後一月だな……。門亜は桜の木を見上げると、やや緑がかったつぼみが少し膨らみ始めていた。


本隊に戻ると、予想通り同僚はよそよそしかった。仕方ない。試験的に行った、再キャリアのための研修、と言って出掛けたのだから。


嫉妬のような、隊を離れようとする裏切者を見るような目線が門亜には煩わしく感じた。


言葉に出さない、目線だけで語る言葉が、かりんを失った痛みを消し去っていく一方で、新たに自分を切り刻んでいくようだった。


その痛みも、毎日の忙しさの中で薄れて行った。


読んでくださりありがとうございます。

それぞれの旅立ちの章です。

この章も長めのエピソードが4つ続きます。

どうぞよろしくお願いいたします。

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