第14章 残り香②
「面倒をかけてごめんねぇ。コレ連れて玄関側に回ってね。1・1に別れて1人は2階に上がって端から見ていて。
トランシーバーは響くから、ちょっと前から通話つなげてね。……大丈夫。コレ、一応凄腕の奪命者だから」
全身を黒のニットで覆ったB、と呼ばれた男は怪訝な顔をした。奪命者、と説明を受けると、Bは監視者についてくるようジェスチャーをして玄関側へ向かって行った。
……あれが邪魔だな。運転席の男は、青い車をちらり、と見た。
まあ、恐怖は植え付けられているから、抜け駆けして何かをする、なんてことはないでしょ。
C達と一緒に追いかけさせるかね。
そう言えば。この車にGPSをつけたと言っていたわね。ちらり、と隣の音環の車を見た。
運転席の男はタブレットを取り出すと、GPSのアドレスを入力した。すると。
「もう動いているわ……」
眉をしかめながら言った。念のため、組織で保管している別のタグのアドレスを入力すると、それらは組織の保管庫でおとなしくしていた。
少しは頭のいいのがいるようだね。
運転席の男は車の中にいる2人にタブレットを渡すと、監視人の車でGPSタグを回収するように、と言った。
そして、しくじりそうなときはタブレットを割るように、と念を押した。
運転席の男は窓を閉めると、時計を見ながらBの報告を待った。
――もうそろそろトランシーバーのスイッチを入れるかしらね。
運転席の男がトランシーバーに手を伸ばすと、スマホが鳴った。Bからだった。
「今、男女1・1で出てきました。モーアかモーアの格好をした女と兄、と言う奴です」
Bはそう言うと、どうします?と聞いてきた。
「その2人はこっちに向かってる?そうしたら、ちょっと待ってね」
Bの向かっている、の言葉に運転席の男はトランシーバーのスイッチを入れた。
「駐車場から1台車が出るだろうからついて行って。人気のないところで車をぶつけて停めたら女を確保して」
そしてトランシーバーを置くと、Bに言った。
「もう誰も出てこなさそう?」
ええ、と言おうとしたBはドアが開くのに気が付いた。
「もう1人出てきました。中に声をかけて外に出ました。カギはかけていない様子です」
「ふむ。じゃやっぱり4人じゃなく5、6人だったってことだね。
その男も駐車場に向かった?ボクが後をつけるからそのあと2人で踏み込んで。連絡するから。部屋の中は、女を含めて最大3人と見たほうがいい」
その時、駐車場に2人が現れた。1人は紺色の古ぼけたジャージを着ていた。そしてもう1人はつややかな黒髪に、フリルがたくさんついた黒のワンピースを来ていた。
アイマスクをした、派手な女だ、と運転席の男は思った。赤い口紅が毒々しい。
監視者の言う通りモーアに扮したのかモーアそのものか。いずれにしても女を確保すれば何とかなる。
軽トラに2人は乗り込むと、駐車場を出て行った。運転席の男は、ミラー越しにその後を同じ黒いワンボックスがついて行くのを見た。
少ししてもう1人が駐車場にやってきた。どうみても男だ。
その男は、隣のワンボックスに目もくれずエンジンをかけると、ゆっくりと駐車場を出て行った。
囮なのか何かの役割なのか。あるいはすでに女を隠していたのか。
まあ、これくらいなら僕1人で対応するのは可能でしょ。仮に中に女と数人いても、1人を動けなくすればいいのだから。
……人気のないところを走り出したら、捕まえて吐かせるのもありね。ちょっと、おいたが過ぎたのよ。
運転席の男はスマホでBに通話をつなげると、踏み込んで、と言い、自分は今出て言った男の後をつける、と言った。
終わったら青のスポーツカーで、そこから離れるように、と付け加えた。
踏み込みの指示が出た。Bは監視者を手招きした。
監視者は黙って階段を上がった。
少し前に監視者の目の前を通った女は、かりんだったのかモーアだったのか。考えあぐねていた。
まあ、いずれにしても中に残った女を確保すればいい。そう思いながら、監視者はポケットの中のナイフの感触を確認していた。
そして、ニットの帽子をポケットから取り出すと、深くかぶり込んだ。
監視者が2階に上がると、Bはカギがかかっている、とつぶやいた。
中からカギをかけたのだろう。Bは持っていた1mはあるかと言うバールを扉の隙間に当てた。そしてグイっと押し込むと、扉は簡単に開いた。
中から物音は聞こえなかった。息をひそめているのだろうか。もし隠れるなら、押し入れか。浅はかな策だ。監視者はナイフを取り出した。
先に入れ、と言うようにBはジェスチャーをした。監視者は言われるまま中へ入った。
ところが。
部屋に入った監視者とBは目を丸くした。部屋の中はたくさんの風船であふれかえっていた。ひざの高さまである風船が、様々なものを覆い隠していた。
そして。
足でかき分けて歩くと、途端に風船は跳ね上がり、視界を奪っていった。
奥に潜んでいるのか。それとも、もっと近くにいるのか。それすらもわからない状況だった。色とりどりのパステルカラーが思考を押さえていった。
風船の陰に隠れているのか。それとも誰もいないのか。監視者は汗がにじみ出てきた。確認が出来ない限り、ここから出ることはできない。
風船が足に絡みついた。おろした足の下に、風船が滑り込んだ。転びそうになると風船もさらに跳ね上がる。
……割るか?音がしてしまうが、これ以上は時間がかかりすぎてしまう。
監視者がナイフを握った時、パン、と音をさせて、Bは持っていたナイフで次々と風船を割り始めた。監視者も続いて風船を割った。
読んでくださりありがとうございます。
門亜たちの逃走が始まりました。
強大な力を持つ相手には相当な労力が必要なんだと……しみじみ思います。




