第14章 残り香①
「結構風船、膨らませるの時間かかったよね」
音環はそう言うと腕をさすった。色とりどりの風船は、門亜たちが座っている部屋まで押し寄せていた。
「600個、1人200かぁ。ポンプが無かったら、過呼吸でやられてたよね」
どうぞ、と音環は残ったケーキを紙皿に乗せてかりんと門亜に渡した。
門亜はうんざりしたような怪訝そうな顔をした。
「腹ごしらえ腹ごしらえ」
音環はイチゴをつつくとぱくり、と口の中に入れた。
ちょっとぬるくなってしまった。すべっタロー、おいしいお店良く見つけてくるよな。無事にこれが済んだら、改めてここのケーキ買ってくるかな。
その時、すべっタローからメッセージが来た。
「伯父さん、部屋掃除ひと段落したって。こっちに来てお祝いしてくれるっていうから、モーア、着替えて」
そう言うと、音環は袋の中から紺色のジャージを取り出した。
「これ……高校の時の?」
門亜は声を潜めて言った。音環はうなずいた。
「すべっタローのふりして軽トラに乗って。
かりんちゃんがモーアなのかモーアに扮したかりんちゃんなのか、門亜がすべっタローに扮したら判断つきにくいだろ。相手の戦力を分散できるかなと思ってさ」
音環は声を落として言うと、タブレットで地図を開いた。
「多分、終業や帰宅で混みだす時間だから、人目が多くて手を出さないと思う。だから、勝負をかけてくるとしたらここ」
そう言うと、音環は国道沿いの両側に畑が広がる地域を指さした。
「門亜の方が土地勘あると思うんだけど。もし、相手が普通乗用だったら、軽トラが走れる幅のあぜ道を抜けて撒くとか……」
そう言うと、音環は口ごもった。
確かに、私有地だもんな。門亜は音環の横顔を見ながら思った。脱輪。それは最終手段だろう。最もありそうな。
「俺はこっちに行く」
音環はそう言うと、警察署を指さした。
「上手くすませたら、このあたりまでまっすぐ行くから、門亜たちは普通に走って合流して。
渋滞に巻き込まれたらある意味ラッキーだ。なにせ、誰もいないところで止められたらおしまい。せめて、俺と合流してから山間のバイパスを超えたいな」
音環の指は地図の上をせわしなく動かした。
そして、
「門亜、かりんちゃんも。決してあきらめないで。ここまでは上手く行っているから」
そう言うと、音環ははい、と冷えたピザを渡した。
監視人が門亜のアパートに着くと、黒のワンボックスが停まっていた。
アパートの住人の物かと思ったが、今まで見たことはない車だった。そして、不自然なくらい全面に貼ったスモークが、普通ではないことを示していた。
まるで霊きゅう車だ。
監視人は少し離れたところできょろきょろと同居人の青いスポーツカーを探すと、のたのたと通りからやってくるところだった。
あいつはいつもやることが遅い。普通ならとっくに来て人の出入りを見ているところだ。
監視人は車を動かすと、青いスポーツカーの前に進路をふさぐように止めた。そして、運転席から降りると、窓をたたいた。
「組織から応援を貰った。指示をするからここで待機してろ」
そしてそのまま黒のワンボックスの所へ歩いて行った。
「お世話になります」
監視人が頭を下げると運転席の窓が開いた。
「ずいぶんと頭の悪いのを引き入れたようだね。今のところ、アパートの出入りはどの部屋もない。部屋には何人いる?」
「4人のはずです。モーアと言う女、そしてその兄が2人、あと倉庫の女です」
ふむ。運転席の男はあごに手をあてた。
「もしかしたらそれより1人2人は多いかもしれない、と言うことだね?」
確かに。最初からいるのはモーアとかりんだけと思い込んでいた。
「はい。その可能性は否めません。インスタに4人、とあったので」
監視人は頭を下げたまま言った。監視人からは、運転席の男の表情は見えなかった。
ただ、男性にしては少し高めの声でいう物静かな言い方が、かえって監視人の心臓を跳ね上げていた。
「あの部屋で6人いたら嫌だよねぇ。動きづらい。
4人だったら踏み込むのは2人がちょうどってところかな。別に女を1人連れてくるだけだからね」
運転席の男の言葉に、監視者は静かに言った。
「なんですぐに逃げなかったのかがよく分からないのですが、部屋の住人、モーアが出勤する時間に何かしらのアクションがあるとみて、動く予定でした」
ほう、と運転席の男が言ったように聞こえた。
「モーアに扮した女ががモーアの兄と一緒に出勤を装って逃げ出す、もしくは応援が来るまでかくまう予定で、怪しまれないようにモーアが出勤する、と見ていました」
ははっ。運転席の男は笑ったように思えた。
「確かに、素人ならやりそうだねぇ。
応援が来るにしても、この時間まで動かないなんてホントに素人だ。襲ってくれと言っているようなもんだ。よし、こうしよう」
そう言うと、運転席の男は通話を始めた。
「Bは監視人を連れて、16時くらいまで玄関側で待機。あ、金物忘れないでよ。僕たちは駐車場でそのまま待っているから。
誰か出てきたら教えて。絶対手を出さないでよ。で、車はどこにあるの?車が出たらCとDで追いかけて。それも指示するから」
そう言うと、運転席の男は監視者の方を向いた。
「16時になって誰も出てこなかったら、指示をするからアナタとBで踏み込んで。僕たちはベランダ側から押し込むから。
まあ、乱戦だねぇ。その時は女を確保したら、青い車にすべて擦り付けて逃走だね。組織から送り込まれるまで黙秘ぐらいはできるでしょ」
その時、コツ、コツと助手席をたたく音がした。
読んでくださりありがとうございます。
第14章 残り香は4つに分かれます。
いよいよ逃走開始です。




