第13章 Happy Birthday!④
音環は瞬時に表情を変えると言った。
「そうなんですよー。置きっぱなしにしておいたら上がっちゃって!すみません。見てもらっていいですか?」
そう言うと、音環は運転席を開けてボンネットのロックを解除した。そして、手に持っていたものを一旦後部座席に置くと、
「ちょっと、しばらく駐車場にいるって家の者に言ってきます」
と作業員に鍵を渡しながら言って部屋に戻った。
……合言葉、便利だな。階段をのぼりながら音環は思った。そして部屋に入ると声を潜めて門亜とかりんに言った。
「GPSタグの確認をしてくれる人、来た」
そう言うと、音環は未開封のペットボトルを2つ、箱から出すと再び駐車場に降りて行った。
「すみません。助かります」
そう言って音環は作業員の所へ近寄ると
「どうです?」
と聞いた。見ると、音環の車はバッテリーにつながれてエンジンがかけられていた。……よく見ると、バッテリーにつながっているように見せかけているだけだった。
「3つだね」
こともなげに作業員は答えた。
「磁石で下から投げるようにして前後で3つ」
そう作業員は声を潜めて言うと、少し声を大きくして言った。
「マフラーから変な音がするから、ちょっと見てもらった方がいいよ」
そして、目線で「合わせろ」と言うかのように音環に合図を送った。
「えー。車検まで持ちます?出来れば一度にやっちゃいたいんですけど……」
音環の言葉に作業員は続けた。
「ん-。まあ、変なランプがつかなければ車検まで待ってもいいかな。ただ、バッテリーだけは交換しておいた方がいいですよ。
どうせひと月程度、ずらしたところで何もいいことありませんからね」
そう言うと、作業員はエンジンを切って片づけを始めた。
その様子を見ていた音環は「ありがとうございます」と言うと持っていたペットボトルを作業員に渡した。
作業員は驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になると
「じゃ。武運を祈っているよ」
と言って、車を出した。
何だか胸騒ぎがする。
同居人の男とメッセージをやり取りした後、監視人の男は直感的に思った。
とりあえず、頭の悪い同居人が無理やり突入するのだけは止められたが……。手駒が少ない。1階の男はクスリを受け取った件で連れていかれた。
しかも運の悪いことに、もう1人の手駒がいる時に踏み込まれたから、そいつも参考人と言うことで連れていかれた。
録音で様子を聞く限り、薬物タバコに関する会話は警察の方では言っていなかったから、純粋にクスリなのだろう。
ただ、結果としてすぐに動かせる手駒があの頭の悪い男しか残っていない。
そして、かりんは逃げようとしていると見ていい。
警察に逃げ込まなかっただけ、よしとするが、店にはもう出せないな。監視人の男はタバコに火をつけると深く煙を吸い込んだ。
あの男だけでどれだけ売りさばけるか……。
かりんがいたから、店の中で当たり前のように存在出来たんだ。あの店の店主が仲間とは言え、頭の悪い男が座っていたら……営業妨害でしかない。悪目立ちすぎる。
ふぅ、と煙を吐き出すと、少しだけ不安が和らいだ。
とりあえず、頭の悪い男だけでかりんは連れ帰れないだろうから、俺も出るようか……?
その時、タブレットの画面にインスタの更新の通知が出た。そして、監視人の男はかりんのインスタを開くと、ケーキを持つ門亜の画像が上がっていた。そして、
『紙皿を買い忘れたお兄ちゃんが到着』
のキャプションに和らいでいた胸騒ぎが、再びざわつき出したことに気が付いた。
……どうも、もう1人の兄は間抜けなようだな。或いは、罠か。
ケーキを持つ門亜の写真を、煙を吐き出しながら見つめていた。
行くか。嫌な予感がする。
その時だった。かりんの部屋につながるスピーカーから、ドアのカギを開ける音がした。
あの頭の悪い男か?まだ警察がいると言うのに?
苛立ちを押さえながら立ち上がると、中年くらいのくぐもった男の声がスピーカーから聞こえて来た。
その男の声が捜査令状を読み上げると、ドカドカと複数の足音がかりんの部屋になだれ込んできた。
まずい。ここが割れた。
監視人の男は、スピーカーのスイッチを切ると、組織に関わるものをすべて持って外に出た。
そして、何が起きたのだろう、と言う風を装って外に出ると、車のエンジンをかけてそっとその場を離れた。
――どうも分からない。手際が良すぎる。
男は近くのスーパーの駐車場に車を止めると、直属のボスにかりんの部屋に警察が踏み込んだことをメッセージで伝えた。
そして、手駒がかりんの同居人だけになったので、かりんを回収するための応援を6人ほど欲しい、と伝えると
『お前さんにしてはずいぶんと無様じゃないか』
と返信が返ってきた。
男はボスの言葉にぐっと言葉を飲み込んだ。まあ、言われても仕方ない。2回もガールズバーのキャストを過剰摂取で病院に送った。警察の目をこっちに向けてしまった。
あの頭の悪い男を引き入れたのは俺の手落ちだ。
倉庫を作るところまでは上々だったが……。ただ、このままかりんを警察に渡したら、どこまで手が伸びるか分からない。
組織に消されるのはよいとして……あの頭の悪い男との心中だけは避けたい。
『かりんは倉庫の女か?こっちに護送されないと消すのに時間がかかるからな。分かった。応援をやる。何としても警察に渡すな』
男はスマホを祈るように額に当てた。ここを切り抜けることが先決だ。そして、男は地図アプリを開くと、門亜のアパートの駐車場を共有した。そして、
『インスタの更新から、ここにいます。捕まった観察者の報告だと16時ころ、いつも出勤しているそうです。動くとしたらその頃と見ています」
と打ち込み、念のためかりんのインスタのアドレスを入れて送信した。
すると、すぐに返事が来た。
『分かった。1時間くらいで到着できるだろう。状況が変わったらこのアドレスに直接送ってくれ』
アドレスを見た男はあっ、と声を上げそうになった。見たことのないアドレスだ。
応援の中でも……かなり上だろう。
俺も、回収作業のさなかに消されるかもしれないな。
男は一瞬目を閉じると、すぐに同居人の男に、門亜のアパートに行くように指示をし、駐車場で待機をするようメッセージを送った。
そして、組織直属の応援が来るから下手に動かないように、と指示をした。
第13章はこのエピソードで終わりです。
次の章では、門亜とかりんの逃走が始まります。
読んでくださりありがとうございます。




