第13章 Happy Birthday!②
門亜がパタパタ歩く音でかりんは目を覚ました。
「おはよう」
かりんが起き上ったので、門亜は声をかけた。
「9時くらいに音環が来る。忙しくなるだろうから、今のうちに食べられるものをお腹に入れておいて」
そう言うと、門亜はトーストとコーヒーを部屋に持ってきた。かりんはベッドを降りて顔を洗いに行った後、ミニテーブルの前に座った。
目玉焼きが焼き上がると、門亜は皿に盛って再び部屋に戻ってきた。
「朝はきちんと食べるのね」
偉いね、と言うようにかりんは言った。すると、トーストにバターを塗っていた門亜は軽く横に首を振った。
「ううん。今日は音環に言われたからきちんと食べてる。いつもは豆大福とかそんなのばっかだよ」
かりんは、豆大福、の言葉に噴き出した。やだ、高校生みたい、と言った。
「音環にばれると怒られるんだ。たまに音環の家に連れていかれてきちんとしたご飯を取らされる。まるで『おかん』みたいだ」
門亜はぶつぶつ言いながらバターを塗ると、はい、とかりんに渡した。
「私は朝はあまり食べないかな。本当は食べたほうがいいのは分かってるんだけど。何か、朝からトーストを食べるって新鮮」
いただきます、と言うとかりんはトーストをちぎって口にした。
ん。おいしい!と言う声が聞こえた。門亜も自分のトーストにバターを塗ると、かじりついた。
「そうだ。音環から、ボクは簡単に脱ぎ着できる女子服に着替えておいて、って言われたんだ。でもメイクはいらないんだって。
かりんはボクが店で着ている服を着てって。一応選んだんだけど、見て見て」
門亜の説明に、かりんは何度もうなずいた。
「私は早いうちに着替えておいた方がいいの?」
かりんは聞いた。門亜はうーん、と言うと「音環に聞いてみる」といいスマホを取りに行った。
音環からは返事がすぐに来た。門亜はかりんに伝えた。
「急がないらしいけど、隠れて着替えるにしても男性が3人も近くにいたら嫌だろうから、先に着替えておいて、だって」
確かにそうだ。ボク、配慮が足りなかった。
「ごめんね。ボク、配慮が足りなかった」
門亜はそう言うと、かりんは笑って
「ううん。この2日間、私のために動いてくれたじゃない。本当にありがとう」
と言った。
「私がモーアちゃ……あなたの振りをして逃げる、と言うのは想像できるんだけど……」
「門亜」
かりんはえ?と戸惑った。
「門亜。ボクの名前」
「門亜?素敵な響きね」
素敵な響き……初めて言われた。なんだかくすぐったい。
「音環は凄く頭がいいんだ。策を練り出したら、いろんな方向から隙を探していくからどんどん隙が無くなっていく。
直前まで万が一の時の逃げ道も作っていくから、当日まで説明がない、なんてこともざらなんだ」
だから、今日の作戦はボクも分かっていないんだ、と門亜は言った。
「いろんな人が私のために動いてくれているのね……ホントにごめんなさい……」
かりんはうつむいた。
「ありがとう、でいいと思うよ」
え?とかりんは小さく言うと顔をあげた。
「ありがとう。まだ始まっていないけどさ、新しい人生を迎えるのに、ごめんなさい、なんて後ろ向きすぎるでしょ」
「だって、私……」
かりんは再び下を向いた。
「グループの仕事にしっかり浸かっていたら、列車に飛び込もうなんてしないでしょ。
それよりも、危険が迫っているなら仲間と一緒にさっさとどこかに消えるんじゃない?普通は。暴力で言い聞かされていた。ボクはそう思っているよ」
門亜はそう言うと、食べちゃって、と二枚目のトーストを勧めた。
かりんが持っている真実は、伯父さんの所で話すでしょ。今ここで聞いても、かりんは自分のことを悪く言うだろうから、止めておくよ。計画が崩れるだろうからね。
黙々と食べ続けていると、時計は8時を過ぎていた。慌てた門亜たちが、食べ終えて着替えていると、ドアのチャイムが鳴った。
着替え終わった門亜がドアスコープを覗くと音環が立っていた。
「おはよう。入るよ」
音環は扉が開くと忙しそうに入ってきた。
「はい、門亜、ハンギングオーナメント。これ、天井からぶら下げといて。
かりんちゃんだよね。初めまして。早速だけど、風船膨らませてくれない?門亜、風船とポンプどこ?」
門亜は音環からオーナメントを受け取ると、部屋の隅の袋を指さした。音環は袋からポンプを取り出すと風船とポンプをかりんに渡した。
「すべっタローはあと1時間くらいしたら来るよ。ケーキ買ってくるって。……漬物の汁かかってなくてよかったね」
ぶっ。突然の音環の冗談に門亜は噴き出した。買ってきたケーキにかかっていたら、それは確信犯だろう!
門亜はちらり、と音環を見るとすでに音環はポンプに風船をはめて膨らませ始めていた。そして、手際よく風船の端を縛るとぽん、とベッドに乗せて行った。
かりんも音環の動きをまねて風船を膨らませ始めた。門亜がオーナメントを飾り終えるころ、門亜のベッドの上は風船がいくつも重なって山になっていた。
「やっぱり300じゃ足りないな。すべっタローにあと2-300買って来てもらおう」
音環はそう言うと、すべっタローにメッセージを送った。すべっタローからは、風船をつららエクスカリバーでつつくスタンプが送られてきた。
いや、タイミングが良すぎるから。このスタンプ。
音環は顔をしかめた。そして、すべっタローからは
『何だかちょっと混んでいて、買い物もあるし後1時間くらい後に着くよ』
と返ってきた。
ふむ。
音環は少し考えると門亜とかりんに向かって言った。
「門亜、ベッドに座って風船をいくつか抱えてくれる?」
門亜が座ると、その周りに風船を寄せた。いくつかはそのはずみで足元に転がり落ちた。
「かりんちゃん、門亜の胸から下を撮ってインスタに上げてくれない?『今日はモーアの誕生日でお兄ちゃんが来てバースデーパーティの準備中』って感じのコメント入れてさ」
次々と指示を出す音環に、門亜はかなわないや、と苦笑した。でもさ、風船600個ってなにをするの?
門亜がむぅ、とした顔をしているとカメラのシャッター音が聞こえた。しまった。作戦に集中しなくちゃ。
その時、かりんの口からヒィッと言う声が漏れた。慌てて音環と門亜が近寄ると、かりんのスマホには無数の連絡を求める通知が見えた。
「それ、無視しちゃって。うーわ、気持ち悪い奴だな。俺でも引くわ。かりんちゃんのインスタが動けば黙るでしょ」
まったく、どうやって生きて来たんだか……とぶつぶつ言う音環に、かりんはくすくす、と涙を流しながら笑い出した。
「こんなのがいるから、経済が回らないんだよ。どうせ、借金踏み倒し系でしょ。こんなやつ」
どうせこいつも間抜け面だよ、と言うと門亜は噴き出した。この犯人グループ、どれだけ間抜け面がいるんだよ。
第13章②です。
緊張した時ほど笑うといい、と聞くのですが、音環はその才能がありそうですね。
具体的なモデルはいないのですが、よく見かける危機に強い人を参考にしました。




