第12章 奸計③
伯父はウェイターを呼ぶと、追加でコーヒーを頼んだ。そして、その時傍らにある写真のようなものに手が触れた。
そう言えば、門亜が見ろ、と言って置いて行ったな。
くるり、と裏返してあった紙を返した。すると、そこには黒とピンクのロリィタ服を着た若い二人が手でハートマークを作りながら自撮りをしていた。
これは……門亜と、もう1人は誰だ?この目つきの悪いのは。
まるで猛禽類の目を思わせる「彼」の目はしっかりと伯父を捉えていた。
裏切ったら、許さない。とでもいうかのようだった。
一瞬、伯父の背筋に冷たいものが走った。そして、ふと気が付くと上からも冷たい目線が注がれていた。
ウェイターに見られた。これじゃ、若い女に手を出し、そして、若い子がいる店で遊んでいるどうしようもないオヤジにしか見えない。
参ったな……。この事件が解決したら、もう、門亜には刑事の仕事は誘わないと思ってはいたが……早々に開放するしかないな。
写真の中の音環の目線が、暗く、伯父の中に刺しこまれていた。
『音環、明日彼女を送るよ』
門亜は喫茶店を出ると、音環にメッセージを送った。
『申し訳ないけど、車、貸してね』
そう、送信ボタンを押すと、音環から返事が来た。
『分かったよ。明日だね。じゃ、風船100均で2-300個買っておいて。風船に空気を送るポンプも3つね』
風船……?門亜は焦った。音環は来る気だ。
『ボクの仕事だから、音環は来ないで。危険な目に合って欲しくないんだ』
慌てて門亜はそう送ると、すぐに音環から返事が戻ってきた。
『じゃ、今日中に俺、車引き揚げるけど』
……それは困る。足だけの問題じゃない。置きっぱなしにしているから、GPSタグだってどれだけ付けられているか分かったもんじゃない。
『危険な目に合って欲しくないんだ。知ってるでしょ。音環が危険な目に合うなんて、耐えられないんだ』
『それは俺も同じだ』
まるで、叱られているかのようだった。門亜のメッセージを打つ手が止まった。
『直接対決するような危険なことをしようとしているんじゃない。みんなで逃げよう。それだけだ。
1日、相手に時間を与えてしまった。どれだけリスクが高くなったと思う?俺たちは相手の戦力をそぐ、その手伝いをするだけだよ』
ん……?俺たち?門亜は「俺たちって?」と打ち込んだ。
『すべっタロー、明日門亜の所に行くって言っていたよ。なんか、おいしいケーキ見つけたんだって。漬物の汁、かかっていないといいな』
ぷっ。買ったケーキに漬物の汁がかかるなんて、もう、運命としか言いようがないじゃないか。
『お願いだから、2人とも危険なことはしないで。止めても来るだろうから、かりんを連れて逃げるのはボクだけにして。お願いだよ』
門亜は祈るように送信ボタンを押した。
音環からの返事は少ししてからやってきた。
『分かってるよ。1つ提案がある。逃走開始は、門亜が通勤をする時間に合わせられないか?その方が、相手が動くタイミングをちょっとでも遅らせられそうなんだ』
ああ……音環はもう、逃げる手立てを考えていたんだ。そして、時間をかけて練るほど、音環の計画は隙が無くなっていく。
確実にかりんを逃がすなら、音環の言うとおりにするしかないな……。
『巻き込んでゴメンね。あと、ありがとう。ほかにすることはない?』
門亜は送った。すると、音環からは
『とりあえず、2人ともしっかり休んで体力をつけておいて。特に門亜、明日の朝ごはんは豆大福は禁止な』
と返ってきた。
もう。いつもの音環だ。毎日のルーティンをこなす感覚で逃走までするんだから……。
底の深さが計り知れないよ。
門亜は泣き笑いしたかのような顔で「了解」とだけ送った。
――門亜が食パンと卵を買ってアパートに戻ると、かりんは起きて、ベッドに座っていた。そして、その隣で女性キャストがかりんの髪をブラシで梳かしていた。
「明日、かりんを連れて伯父の所に行きます。話したら……やってくれる、と言ってくれました。ありがとうございました」
門亜は女性キャストに頭を下げた。
「いいのよ。彼が門亜くんを気に入っていたから、私たちも協力しただけ。無事にかりんちゃんを送り届けてね。それで、何時頃出るの?」
「ボクが出勤する、16時ころを考えています。あの……GPSタグが付いているかどうか調べる方法ってありますか?」
門亜の言葉に女性キャストは首をかしげた。そして
「出るまでに取れていればOK?彼に言っておいてあげる。あ、そうそう……」
彼女はバッグをごそごそと漁ると、1㎝四方の盗聴器を見せた。
「玄関のチャイムの脇に埋め込まれていたわよ。チャイムから配線を引っ張っていたみたいね。くりぬくように家側の壁に穴が開いていたわ」
盗聴器か!いったいいつから……。
「チャイムが鳴らなかったり、接触不良みたいなことはなかったかしら。その頃だと思うのよね。
少し前に彼が門亜くんの家に行った時に気が付いたみたい。配線を切ってつなぎ直したって言っていたわ」
それで音環やすべっタローがノックをしていたのか。うかつだった。
「大丈夫。今日した会話は向こうには聞こえていないわ。でも、念のため、打ち合わせはLINEでした方がいいわね」
そう言うと、彼女は立ち上がった。
「ガス漏れの原因が分かったから。明日はお店開くって連絡があったわ。じゃ、モーア、明日ね」
さりげなく、そして外に聞こえるように言うと女性キャストは玄関に向かった。そして
「またね」
と言うと玄関を出て行った。
第12章 奸計はこのエピソードで終わりです。
ずっと後のエピソードになりますが、音環から伯父への「そのつもりがないのにお仕置き」
は続きます。
読んでくださりありがとうございます。




