第12章 奸計②
……門亜は何でこんなところを知っているんだ妙に関心をした。
伯父はコーヒーをホットで頼むと、ゆっくり背もたれに体を預けた。
店に着く直前、門亜から、5分ほど遅れる、とメッセージがあった。まあ、弘前から電車じゃ、そんなこともあるだろう。
部下だったら叱り飛ばすところだ、と伯父はソファーに座りながら思った。
14時を少しだけ過ぎた。伯父はそわそわしだした。
捜査なら、何時間でも待てるのに、どうして俺は人を待つのはこんなにもそわそわするんだろう。予測できるものと予測できないものの差か。
おおよそ、かりんとか言う女のことだろうが、甥の願いとはいえ私情は挟むわけにはいかない。
その時、チリン、と言う音が鳴って扉が開いた。伯父は入り口に顔を向けた。
まあ……派手な女だ。黒のニットの上下、膝までのスカート。
入り口でコートを脱ぐ当たり育ちはいいのだろうが……大きめのブラウンの眼鏡と真っ赤な口紅が派手、と言う印象を与えてくる。
例えていうなら、スナックのママとかだろう。こんなに若いのにママか。一体どうやって生きてくればこうなるんだ?
伯父は目をそらした。人を観察する、俺の悪い癖だ。
その女性は、喫茶店にいるほかの客の目を引いたようだった。ゆっくり喫茶店の奥まで席を探しながら進んでいった。
……門亜はまだか。なんでこんなに心がざわつくんだ。
再び目線を女に戻して伯父は座りなおした。丁度その時、その女はすっと伯父の向かいの席に座った。一瞬、思考が止まった。
……俺に何の用だ?門亜がよこしたのか?
怪訝そうに女を見つめた時だった。
「お待たせしちゃって」
その声に伯父の中で1つの人物に符号が合った。ハスキーな声を出しているが、こいつは門亜だ!
「飲み物を頼んでも?」
伯父は頭を抱えたままうなずいた。そして、伯父の耳には門亜の小さく紅茶を頼む声が聞こえた。
コーヒーと紅茶が一緒に運ばれてきた。門亜は角砂糖の個数を聞いてきたが、伯父はいい、と手を振った。
弘前で本来の姿が出来ないとはいえ………青森駅で着替えるとかできただろう!
何でこんな格好で……課のやつに見られたらなんといわれるか……。伯父は腕を組んでうなだれた。
ウェイターが席を離れると、門亜はそっと顔を寄せて伯父に言った。
「かりんを、保護してください。キャストの人から聞きました。ただの保護じゃない、安心して暮らせるまでの……保護をお願いします」
周りに聞こえないよう、静かに門亜は伝えた。すると、伯父は軽く首を振りながら
「そんなのあるわけないだろう」
と言った。
その時だった。
「ひどい……あなたと私の関係ってそんなに薄っぺらいものだったのね」
門亜は少しトーンを上げて周りに聞こえるように言った。そして、ハンカチを取り出すと、眼鏡を軽く上に上げ、目元に当てた。
さっと、店内の客が伯父の方を向いた。
「わたし……あなたに頼まれたから……。あなたのことを思って我慢してたのに……」
門亜は客の目線が自分たちに向けられているのをヒリヒリと感じた。逃がしはしないよ。なんなら、捜査そのものもぶち壊してやる。
「私と……私の子、守ってくれないの」
そう言うと、門亜は下を向いた。伯父の表情は見えないが、困惑している様子だけは感じていた。
一方で、伯父は門亜の演技に困惑していた。これじゃ、若い子に手を出して今まさに捨てようとしているとんでもない男になっている。
もし、この後職務上関わることがあったらマイナスだ。
それに、ただの保護じゃない保護があると言うことをキャストから聞いた、と言っている。あいつらがここまで肩入れするのは珍しい。
門亜1人だけだったら丸め込めたが……。
喫茶店の中の温度は冷え切っていた。チラチラと見る冷たい視線が伯父を刺していた。
……覚悟を決めるか。
「真凛、桜花、菜摘……どれがいい」
伯父はつぶやくように言った。
「持っている情報をすべて出すことが条件だ」
低い声で……門亜の目をじっと見つめて言った。門亜は一瞬、何を言われているのか分からなかった。
「どの名前も、安全であることは調べている。日本にどれだけ、戸籍を残したまま行方が分からなくなっているのがいると思うんだ」
本当は……かりんの持っている情報だけでは不十分だ。まだ調べは進めるようだろう。
だが……キャストの連中の信頼を失うわけにはいかない。それに、門亜にはキャリアを中断させた負い目もある。これでチャラだろう。
「新しい名前を持った彼女がどこに行くかはお前は知ることは出来ない。せめて、新しい人生の名付け親になってやれ」
門亜はすっと立ち上がると深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」
「礼は無事に彼女を連れてきてからだ。あと2日。規制線が解除されるまでに連れて来い」
門亜は再度深々と頭を下げた。
喫茶店の雰囲気は相変わらず冷たかったが、門亜の礼に空気は和らいだようだった。
「出発する際、連絡を入れます。県警本部でよろしいですよね?」
門亜の言葉に伯父は、ああ、と言った。
一歩前進だ。後は……音環の車を借りよう。一言、伝えておかなくちゃな。
……かりんに会いたい。門亜は弘前に帰りたくなった。
帰ります、と言う門亜に伯父は「ここは払っておく」と言った。
門亜はコートを着たその時だった。ポケットからひらり、と写真のようなものが落ちた。
門亜はかがんでそれを拾い上げると、裏側にしてそっと伯父の手元に置いた。そして、目線で後で見て、と言うようにじっと伯父の目を見つめた。
門亜は立ち上がると、そのまま出口まで歩いて行った。軽くウェイターとマスターに会釈をすると扉を開けて出て行った。
その後ろ姿を伯父は見つめていた。
捜査が始まったばかりの、文句ばかり言っていた門亜が、強くなったものだ。
無事に……連れて来いよ。
伯父は祈るような気持ちを後ろ姿に込めると、冷めてしまったコーヒーをグイっと飲んだ。……もう一杯飲んでから行こうか。
読んでくださりありがとうございます。
この喫茶店は、特にモデルとしたお店はありません。
ですが、個人的にはこういったお店に行きたいなと……。
古い喫茶店はきっと、いろんな人生模様を見て来たんでしょうね。




