第12章 奸計①
カーテン越しに、空が白むのが分かった。
直前、門亜は少しだけ眠りに落ちていた。まぶたの裏に光が届くと、慌てて門亜は目を覚ました。
かりん!
振り向くと、かりんはまるで人形のように眠っていた。そっと、手をかりんの口元に持って行った。
規則正しく当たる息に、生きている!と胸をなでおろした。
自然に笑みが出た。
ざまあみろ!夜の闇に持って行かせるか!心の中で毒づいた。
何かお腹に入れておかないとな、と門亜は立ち上がった。そして、台所でトーストを焼いていると、ドアのチャイムが鳴った。
……このアパート、チャイムがあるんだ。音環もすべっタローもノックしかしないから気づかなかったよ。
“彼”が言っていた、キャストの人かな。門亜はドアスコープから外を覗いた。外には、よくうっかりメイクを忘れて”彼”に指摘されているキャストが立っていた。
「すみません。朝早くに来てもらって……」
「おはよ~」
女性キャストは滑り込むようにさっと入り込んだ。そして、
「門亜くん、素顔はそういう顔してるのね。さすが。凛々しい」
門亜の顔を覗き込むように言うと、そのままかりんの元へ行った。
「……知っていたんですか?」
あまりにも自然な態度に門亜は面食らった。モーアも門亜も、この人の前では同じなのか。本名は言っていなかったんだけどな。
「そりゃ……ね。後で昨日の人が話すと思うわ。それで?門亜くんはどうするの?」
「伯父さんのところに行こうと思います」
門亜はそう言うと、ドリップの終わったコーヒーをマグカップに注いだ。
「コーヒー、お嫌いでなければ……」
彼女はにっと笑った。
「門亜くんの声、そう言えば初めてのあいさつの時以来ね。きちんと聞くの。新鮮」
そう言われて門亜は気恥ずかしくなった。
「すみません。ちょっと連絡を取ろうと思います。お願いをしていいですか?あ、トースト食べます?」
女性キャストは、いいわ、と言うように手を振った。門亜は台所のテーブルで椅子に腰を掛けると、トーストにかじりついた。
そして、スマホを取り出すと音環にメッセージを送った。
『伯父さんと話をしたいんだけど、どこかいい場所知ってる?』
忙しい時間に、悪いな、と思いながら送信ボタンを押した。すると、少しして音環から返信が来た。
『商談で使っている喫茶店があるけど、周りに人がいたほうがいい?いない方がいい?時間によって違うんだ』
門亜は、ふいに音環の『少し引っかかれて来い!』と言う声がよみがえった。うん。この方法で行こう。
『適当にいたほうがいいな。あと……上手くいったら、追加で相談したいことがあるんだけど』
相談……相談だからね!来ちゃだめだよ、と門亜は指先に祈りを込めて送信ボタンを押した。
ほぅ。門亜は息を吐いた。とりあえず、伯父に保護の確約をさせる。その次の脱出、これが山場だ。
保護の確約が取れなかったら、今日のうちにかりんを連れて逃げるからね!多分、逃げるほうが浅はかだけど簡単な方法。
保護は確実な分、かなり難易度の高い方法なはずだ。
その時、OK、のスタンプと共に、喫茶店の場所が地図の共有でやってきた。そして
『お昼の後がおすすめだよ。あと、早めに教えてね。シュールストレミング、すべっタローに買って来てもらっておく?』
とメッセージが来たので門亜は噴き出してしまった。
うん。何だか大丈夫なような気がする。それにしても相変わらず勘が鋭い。
ありがとう、と返事を返すと、そのまま門亜は伯父にメッセージを送った。
『ご相談したいことがあります。今日の13時ころ、お時間いただけますか?』
タタタ、と打ち込むと、そのまま送信ボタンを押した。
少しして、伯父から返信が来た。みんな……朝早いなぁ。門亜は少しうんざりした。今日は、助かるけど。伯父からのメッセージには
『14時なら1時間くらい時間が取れる。それでいいなら』
とあった。着替えて準備して、電車で移動して……十分間に合うな。
『この喫茶店で会っていただけますか?あまり常連しか来ないようです』
門亜はそう打ち込むと、無事来てくれますように、と祈りを込めた。
伯父からは「わかった」とだけ返ってきた。
……さあ、準備だ。門亜は部屋に戻った。門亜はスマホをいじっていた彼女に声をかけた。
「今日の昼過ぎ、伯父に会うことになりました。もしかしたら、戻るのが夕方近くになりそうなんですけど……」
申し訳ない、と言う門亜に彼女はさらり、と言った。
「大丈夫よ。何だかね、うちが入っているビルでガス漏れ騒ぎがあったのよ。どうもうちが原因みたい。嫌よね。古いビルって。
きちんと調べるからって今日はうちのお店、お休みですって」
……仕掛けたな。“彼”かマスターか。いずれにしても、あの店そのものが舞台だったんだ。
門亜はくすり、と笑った。
「それで……どうするか決まった?正攻法は無理よ」
そう言う彼女に、門亜はスマホの画像を見せた。画像を見た彼女は大笑いした。
「OK。大丈夫よ。門亜くんがそれを使っているところを見たかったわね。安心して行ってきて。かりんちゃんは私が見ているから」
お店が休みなら、きっとここはもう1人どこかで見てくれているんだろう。
安心だ。門亜は眠ったままのかりんの顔をそっと見た。
ぴりっとした気持ちが門亜の背中を押した。
門亜はラックから服を引っ張ると、台所で着替えを始めた。
――14時になる少し前。伯父は駅に近い喫茶店に入って行った。
屋根から垂れ下がるネットにアイビーが絡まる壁が、レトロな雰囲気を出していた。やや重い扉を引くと、チリン、と鳴って少し毛の長い絨毯が出迎えた。
昔普通にあったような喫茶店だ、と伯父は思った。今のように固い床ではなく、冷たいビニールのような皮のソファではなく。
どうぞ、とウェイターに少し奥まった席を案内された。
伯父はメニューを開いた。
小さな色紙を重ねたようなメニューにはコーヒーと紅茶、食べ物はサンドイッチとナポリタン、とあった。
ナポリタン以外は隣にかっこ書きで「マスターにお任せ」と書かれていた。
ただ、それだけだった。
驚くほど、品数が少なかった。
だと言うのに、14時と言う時間にもかかわらずサラリーマンの姿がちらほら見えた。
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第12章 奸計 エピソード追加しました。
この章は長いエピソードが3つ続きます。
どうぞよろしくお願いいたします。




