第11章 木枯らし③
列車が来るのはまだか?踏切はどこだ?いや、フェンスを乗り越えれば入れないこともない!
門亜フェンス沿いに人影を探した。思い過ごしであってくれ……!
ふいに、踏切の警報音が鳴った。門亜は踏切の周囲を目を凝らすようにして見た。
……いた!踏切の手前に、何度も見た人影が立っているのが見えた。
「かりんー!!」
門亜は叫んだ。届け!届け!なんでもいいから、彼女を引き留めて!
門亜の声が届かなかったのか、かりんが遮断機をくぐりかけた。あと一歩……。間に合え!ボクの足!
門亜の目に、貨物列車のライトで照らされるかりんの影が見えた。そして、警笛が鳴った。
門亜は手を伸ばした。
届いた!門亜の手に温かいものが触れた。そして、手を握ると引き寄せた。
離れないよう、かりんを両手で抱きしめると、その衝動で門亜とかりんは後ろに倒れこんだ。
その脇を貨物列車が轟音を立てて通り抜けていった。かりんは何か叫んでいたが、轟音がすべてかき消していった。
間に合った……。門亜はかりんを抱きしめながら
「生きろ、生きてくれ……」
何回も繰り返し言い続けた。
背中に鈍い痛みを感じたころ、門亜は我に返った。
やばい。この場を離れよう。ゆっくり門亜は起き上がるとかりんを見た。かりんはぼうっとしていた。目線はどこも見ていないようだった。
門亜はそっとかりんを抱きかかえると立ち上がった。そして踏切を出たとき、前をふさぐように一台の車が停まった。
とっさに門亜はかりんをかばうように背を向けた。顔だけ車に向けていると、助手席の窓が開いた。
「乗って!」
運転席から覗き込むように顔を出したのは、男性キャストだった。
門亜は慌てて後部座席に乗り込んだ。ドアが閉まったのを確認すると、車は滑るように走り出した。
「間に合ってよかったよ。大体、自分でけりをつける、と言う場合は警察に駆け込むか自害するかどちらかだからね」
男性キャストは淡々と言った。
かりんを抱える門亜の腕に力が入った。そうだったんだ……。
門亜はちら、とかりんの顔を見た。かりんは放心したまま、門亜に体を預けていた。
このまま、帰すわけにはいかない。落ち着くまで、見ていないと……もう一度飛び出したら……。門亜は身震いした。
「それにしても、よくボクの居場所が分かりましたね」
門亜の言葉に、男性キャストはにや、と笑った。
「君の伯父さんから聞いていないかな?君についていたのは僕だったんだよ。君の捜査連絡用のスマホからGPSを発信させていたから、すぐに追えたんだ」
またGPSか!門亜はうんざりした。
すべっタローと言い、捜査用スマホと言い……行動を監視されているようなものだ。
今回は結果として助かったけど……。
門亜が押し黙っていると、男性キャストは淡々と話し始めた。
「いいかい。これから言うことをよく聞いて。今日はこのまま君のアパートに送る。どちらにしろ、かりんちゃんは今日は帰れない。
かりんちゃんの住んでいるアパートの一室で覚せい剤が見つかった。家宅捜査が入って規制線が張られているからね」
えっ?こんなに都合よく?
「警察官が見張っているから、かりんちゃんの部屋にも2人以外入れない。もちろん、持ち出すなんてリスクでしかない。今頃どうするか集まっているだろうね」
ははっ。男性キャストは軽く笑いを立てた。
門亜は頭が追い付かなかった。なんで知っているんだろう。まるですべて見て来たかのように……。
すべて見て来たかのように。いいや、仕掛けたのか?
「今日はマスターは休みだって言っただろう?」
男性キャストの言葉は謎解きのようだった。
「そう。置いてきたんだ。かりんちゃんの部屋の近くにお仲間の部屋があったの知っていたからね。密林配達を装ってポストに入れた後すぐにTEL」
大したことはない、と言うように男性キャストは続けた。
「詳しくは時間のあるときに話すけど……。明日、朝、女性キャストを送るから彼女にかりんちゃんの面倒を見てもらって。……キミは彼女を守るために、することがあるよね」
すること……彼女を連れて逃げることではなく、保護を願うことか。
伯父に頼んで、叶うことなのだろうか。でも、連れて逃げても、手にする安全は一時的なものだ。
なら、恒久的ではない保護、の方がより安全かもしれない……。門亜は口を開いた。
「保護……ですか?」
「そう。それも超法規的な。君の伯父さんなら知ってるんじゃないか?」
“彼”はそう言うと門亜のアパートの駐車場に滑り込んだ。
ドアを開けて、降りようとする門亜に男性キャストは言った。
「2,3日お店に来なくていいよ。その間になんとかして。それ以上かかると誰も守れなくなると思うよ」
じゃ。そう言うと“彼”は去って行った。
門亜はかりんを抱きかかえたまま、そっと頭を下げた。そして、静かに2階へ階段を上がって行った。
バッグから鍵を取り出すと、ゆっくりとまわした。こんなドア、襲われたらひとたまりもないけど……。“彼”の言い方だと、2、3日は大丈夫なんだろう。
念のため、ドアチェーンをかけておいた。
そして、門亜はかりんを自分のベッドにそっとおろして横たわらせると、布団をかけた。
「お休み」
柔らかな声が届いたのか、かりんは目を閉じた。
門亜はさっとシャワーを浴びた。台所でスウェットに着替えたあと、靴箱を開けて、走りやすい靴を玄関に並べた。
間に合ったからよかったものの……。
逃げていくかりんに追いつくことが出来なかった、パンプスを恨めしくにらんだ。この靴なら、万が一何かあってもかりんを抱えて走ることが出来る。
電気を消すと、門亜はベッドによりかかりながら床に座った。
かりんの寝息が背中から聞こえてきた。
……生きている。それだけで嬉しいなんて……。
時折、車が出入りする音がした。耳を澄ませ、別の部屋のドアの開く音がするたび軽くほっとした。
それにしても……。超法規的な保護、なんて本当にあるんだ。映画の中だけだと思っていた。きっと“彼”から聞いた、と言えば、分かってくれるだろう。
伯父さんはいったい、何者なんだ?“彼”たちとどういった関係なんだ?
潜入先として選んだり、すぐに働かせてもらえたり、と利便を図ってもらえる辺り、親密な知り合い、としか思っていなかったけど……。
……やめよう。これは後で聞けばいい。とりあえず、店の人たちが味方だって言うのだけわかれば、それだけでも心強い。
朝が……朝が待ち遠しかった。
読んでくださりありがとうございます。
第11章はこのエピソードで終わりです。
次の章からは目まぐるしく動きます。
丁寧に描いたつもりですが……よろしくお願いいたします。




