第11章 木枯らし①
門亜はかりんにもらった津軽びいどろを、窓から入ってくる光に当ててみた。柔らかな日差しが、ガラスを通り抜けてうっすらと影を作っていた。
うん。この位置だ。門亜はスマホのシャッターをタップした。そして、ありがとう、とのメッセージをつけてかりんに送った。
少しして、既読のマークがついたが、返事は来なかった。
生きているなら……いい。どうか、お店が再開したら、元気な姿を見せて。門亜はグラスを両手でそっと包むと、祈るように胸の前へ持ってきた。
――ハロウィンが終わって、11月に入った。
門亜は時間があると、かりんのインスタグラムを見ては元気でいるかの確認をした。
更新はされていなかったが、時折オンラインのマークがつくのを見て、ほんの少しだけ胸をなでおろした。
隣の店は、3、4日に一度夕方にいくつかの灯りをつけては、少しして消してカギ締まりをして帰った。掃除をしに来ているようだった。
予定通り、11月半ばには再開するのだろう。
会いたい。今、どうしているのか……元気な姿を見たい。門亜は空を見上げた。
数日たち、かりんのインスタグラムが更新された。
弘前城の紅葉が写っていた。門亜と一緒に行った時より、さらに赤の深みが増していた。そして、キャプションには#紅葉と書かれた後に
『お店が休みなので充電しています。来週には再開するので来てね』
と再開のお知らせが記載されていた。
来週か……。長かったな……。
門亜はベッドから立ち上がると、通勤の服に着替えた。そして、窓からそっと外を眺めて、青いスポーツカーがいないことを確認した。
音環とすべっタローが来た日に見たきり、青いスポーツカーは見かけなかった。
すべっタローが渡したシュールストレミングに隠した「怪しんでいるぞ」と言う言葉が伝わったのか。それとも別の奴が監視しているのか。
後者だったら、かなり手慣れている奴だろう。外に出るたび、周りを見回しているがそれらしい車も人も見当たらない。
最も、青いスポーツカーで監視をするなんて一番頭の悪い方法だ。目立ちすぎる。
目立たせておいて、実は別の車で監視をしていた、と言うなら理解できるが……。すべっタローがシュールストレミングを渡しながら挨拶をしたときに顔を見たらしいけど
『間抜け面だったよ』
と言っていた。すべっタローに間抜け面、と言われるなんて、どれだけ間抜けなんだろう。ボクも見て見たい。
門亜は靴を履いた。そして、外に出るとほう、と白い息を吐き出した。
数日たった。
門亜がタクシーを降りて、横断歩道を渡ろうとした時、かりんの後ろ姿を見つけた。
……かりん!
無事だった!門亜の鼓動がほんの少し早くなった。思わず声をかけようと、横断歩道を渡ったその時だった。
かりんは隣の男と口論をしていた。門亜はその男に見覚えがあった。
喫茶店を出た先で、かりんを叩いた男だった。
男がかりんの腕をつかんだ直後、かりんの頬に手を挙げたのが見えた。瞬間、門亜は駆け出した。
そして、二発目が振り下ろされようとした時、男の手は門亜の頬にあたった。
……ッ!
「モーアちゃん!」
かりんの叫ぶような声が響いた。そして、
「なんだぁ、お前!」
男は怒鳴ると、門亜に向かって言った。門亜はサングラスを直すと、無言のまま男をにらんだ。
「モーアちゃん!」
外の騒ぎに、Vバーのドアが開いた。そして、前合わせを乱しながら男性キャストが降りてくると門亜の脇に立って
「うちのキャストに何か用ですか?」
と、男に向かって冷静に言った。
少しずつ、通行人も集まってきた。男は、周りを見回した後ちっと舌打ちをすると、階段を上ってガールズバーに入っていった。
「モーアちゃんどうして……痛いでしょう」
ごめんなさい、と泣きながらかりんは言った。平手打ちをされたかりんの頬は赤く腫れていた。
男性キャストはかりんに言った。
「少しうちで休んだら。頬もひやそう」
モーアちゃんもね、と男性キャストは門亜に声をかけた。そして、門亜はかりんの肩を支えるように2階へ上がって行った。
かりん……やせた?こんなに細かったっけ?
「ごめん。ちょっとこの2人奥で休ませるから」
男性キャストは、掃除中の他のキャストに言った。そして、バックヤードの休憩スペースに入るとかりんに奥のソファを勧めた。
門亜は小さな電気ケトルに水を入れるとスイッチを入れた。そして、棚からマグカップを3つ取り出すと、ティーバッグを入れてお湯が沸くのを待った。
ジー、と言うケトルが水を沸かす音が狭いバックヤードに流れた。
男性キャストが、氷を入れた袋を2つ持って、キッチンから戻ってきた。門亜とかりんにタオルを渡し、その上から冷やすように言った。
「この仕事は残念なくらい、顔が命だからね」
さらり、と男性キャストは言った。そして、門亜にも座るよう勧めた。
かりんは黙って、頬に氷を当てた。氷の位置が少しだけ上だった。男の手が、目の近くに当たったのだろうか。
失明したらどうするんだ!門亜はいらっとした。そして、それでも戻らなくてはいけないのか、そう聞きそうになった。
カチリ、とスイッチが戻る音がして、お湯が沸いた。男性キャストはマグカップにお湯を入れると、そのまま門亜たちの元へ持ってきた。
そして、ティーバッグを傍らのごみ箱にいれると、トン、トンと2人の前に置いた。
「いつも、ああなの?」
男性キャストは開いている椅子に座るとかりんに向かって言った。
「悪いけど……あの男、DVだよね。離れたほうがいいんじゃない?」
良ければ相談に乗るよ、と言う男性キャストに、かりんはさらにうつむいた。
何も言わないでただうつむくかりんを見て、男性キャストはちょっとごめん、と言って席を外した。少しして、店のドアが開く音がした。
門亜は棚からシュガースティックの入った紙コップを出すと、かりんに紅茶をすすめた。
かりんは、氷の入った袋をテーブルに置くと、冷えた指をマグカップで温めだした。
かりんの頬の赤みは、少しだけ落ち着いていた。
「向かいのお店に、落ち着いてから送りますって声をかけておいたよ」
そう言いながら、男性キャストが戻ってきた。そして、ふたたび開いている椅子に座った。
「今日、マスターが休みなんだよね。まあ、隣が何か言って来たら明日マスターに対応してもらうさ。あの男、黒服でもなかったのか……」
男性キャストはそう言うと、紅茶に口をつけた。かりんはだまったまま小さく首を振った。そして、
「あの男、バイヤーよ」
小さく、はっきりとした声でかりんは言った。
「……私は共犯者なの」
そう言うと、かりんは肩を震わせた。
読んでくださりありがとうございます。
更新がちょっと遅れ気味なので、第11章もエピソードを追加しました。
この章は3つに分かれます。
ちょっと長いエピソードが続きますが、どうぞよろしくお願いいたします。




