第10章 閑話休題・凝集②独白etぼやき
突然、かりんの叫び声がスピーカーから響いた。冷蔵庫から冷えた炭酸水を取り出そうと、席を外していた男は慌ててスピーカーの前に戻った。
とうとう……やったか?男の脳裏に、血まみれになって倒れたかりんの姿が浮かんだ。
あわてて男は部屋のカギを持った。そして、かりんの部屋に行こうと玄関に足を向けたとき
『くっさ!』
と言うかりんの声が聞こえてきた。
男は眉間にしわを寄せた。どうも、深刻な話ではないようだ。
……もう少し、様子を聞いてみよう。男は怪訝な面持ちで椅子に座った。
誰かに向かって言っているかりんの声が続いた。
『やだ!入らないでよ!もう……くっさい!何て臭いなの!どぶ川にでも落ちたの?部屋に臭いが付くから入らないで!早く出て行って!』
なんだなんだ?かりんの同居の男がそこまで罵られるなんて、一体何をやらかしたんだ?
男は煙草をくわえると、ライターで火をつけた。ほんの僅かに漂ったオイルの香りが、気持ちを落ち着かせた。
『あんた出て行かないなら私出ていくから!その時はあんた、巻き添えだからね!』
かりんは相当頭に来ているようだった。
……これはヤバい。薬物たばこはクリスマスまで稼ぐ予定だ。消すだの埋めるだの、余計な仕事はしたくない。
男はポケットからスマホを取り出すと、同居人の男に電話をした。2コールもしないうちに同居人の男は出た。
「とりあえず、女の言う通りに外に出ろ。一体何があったんだ」
低い、呪文を唱えるような抑揚のない声が、有無を言わせなかった。同居人の男は外に出ると、話を始めた。
「昼、モーアの所に行ったじゃないですか。それで、やつの兄貴、と言うやつからクーラーバッグ渡された話、したと思うんですけど……」
同居人の男は言葉を切ると、周りをきょろきょろ見回して、聞いている者がいないか確認をした。
「開けて確認した方がいいか、それともどこかに捨てたほうがいいか、相談させていただいたじゃないですか。それで開けたら中に大きめの瓶が入っていたんですけど緩めた途端、そいつが噴き出して……。
俺も車の中もそれだらけになってしまって……一応、洗車場で洗ってはみたんですけど、ニオイが取れないんですよ」
ふたを緩めるだけで噴き出す……一体、何をこしらえたんだ?やつらは?
男は煙草の灰が落ちるのに気づかず、唖然としたまま話を聞いていた。
「俺もバケツに水を汲んでかぶって引っ付いたものを流したんですけど、ホントひどいニオイで……」
そう言うと、同居人の男は大きなくしゃみを1つした。
「一応、食べ物みたいだったんで、そのままそこらへんに捨ててきましたけど……すみません。シャワー浴びたいんですけど、入れてもらえませんか?』
同居人の男が懇願するように言った。
気が狂ったのか?部屋の中を見せろ、と言っているようなものだ。
男はこぶしを握った。そこまで判断が出来なくなったのか。
「……1階の、別の奴の部屋に行け」
そう言うと、男は電話を切った。そして、1階に住んでいる組織の男に電話をすると、同居人の男にシャワーを貸してやれ、と一言言って切った。
全く……騒々しい。食べ物で噴出するってメントスコーラぐらいしか思いつかないが。
男は2本目の煙草に火をつけるとゆっくりと煙を吸い込んだ。
まあ、手の込んだ嫌がらせをするあたり、こっちの存在に気づいたか……それとも、かりんを叩いたところを見られた、と言っていたから個人的な仕返しか……。
いずれにしても、モーアと兄、と言う奴のほかに、宮城ナンバーの奴の監視が必要だな。
今度は1階のやつを行かせるか……似たり寄ったりだが、少しはましだろう。
男は深く息を吐き出すと、椅子に身を沈めた。そしてその時、1階に仕掛けた盗聴器のスピーカーから
『くさっ!』
と言う声が聞こえた。
第10章 閑話休題・凝集 はこのエピソードで終わりです。
シュールストレミング、洗ったくらいでは臭いが落ちないんですね。
この話を書いて初めて知りました。
読んでくださりありがとうございます。




